第十七話 まひるの場合、練習の頃
というわけで、水曜日、ゆうの方から連絡が来て、やってきたのは近くのコミュニティセンターの音楽室。そういや、昔はこういうとこで結構練習してたなあ、なんて、ちょっと懐かしい気分にもなる。
「ね、ねえ、まひるちゃん。私、ほんとに来て良かったのかな……?」
「ん、いいんじゃない? ゆうも『仲間外れはよくないよ』って言ってたし。」
コミュニティセンターの静かな廊下を歩きながら、そんな会話を隣でおっかなびっくりついてきてるあさひとしてた。
程なくして、連絡された部屋番を見つけて、その前でふぅと一つ息をつく。
中から、少しだけギターを鳴らす音がする。もうどっちかは既に来てる。
そしたら、どの面下げて、顔出すの? って頭の裏で意地悪な自分が声をかけてくる。
ちょっと前までなら、その声に負けてたけれど。今は多少吹っ切れてるから、そのまま勢いに任せてドアをノブを捻った。
どの面下げて、って、この面だよこんちくしょう。
「おっひさしぶりでーす!!」
あえて、眼を閉じて、勢いのまま、震える指を抱えたまんま、あらんかぎりの声を出して扉を開けた。
……………………反応、なし。
恐る恐る瞼を開くと、少しぽけーっとした表情の、佑哉さんと文音さんがそこにいた、二人とも既にギターを肩にかけて、音合わせをしてたみたいだ。
コミケの日以来の、久しぶりの邂逅。でも本当の意味では多分、バンドが解散したあの日以来の気もしてくる。さて、何から話したもんですかね。
ちょっと怯みそうになったけど、となりで私の服の裾をぎゅっと指先でつまんでるあさひの気配を感じて必死に前を向く。
びびるな、ここでびびってちゃ何も進まない。
「えと、今日は、ほんと、すいません! あと、今週一曲だけ披露するので、よろしくお願いします!!」
そうわざとらしく大声で告げてみるけれど、二人はただ茫然としたままだ。う……やっぱこういう感じじゃないかなあ。土下座でもしたほうがいいのかも……。
ただ、そうやってぼーっとしていたら、気付けば後ろでドアがバタンとしまった。
ふと振り返ると、ゆう……はまだわかるけど、何故かよぞらもそこにいた。二人とも、妙に神妙な表情でドアの横に立っている。
…………重い、空気が。一体どうしたらいいんだ。
やはり土下座か……? と私が体勢をかがめ始めたところで、長らく沈黙を保っていた文音さんは、すっとこっちを指さしてきた。
う……、と怯みながらその指先を眺めていたら、その指先がゆっくり下を向く。
地面を指さすように、指が向けられる。くそ、土下座かやはり。誠意をみせるのが何より先か。一年半も放置して今更ごめんなさいか。
とりあえず膝を落として、そっと地面に両手をつく。
まず、第一声はごめんなさい。後は、流れで、あらんかぎり謝るしかない。
そう一人覚悟をそっと決めていたら。
「まひちゃん、なにしてんの、こっち」
低く、静かに、文音さんの少し尖った声がする。
「こっちおいでってさ、まひる」
続けざまに、いつも通り落ち着いてる佑哉さんの声。
どうやら土下座の場所が違うらしい。私はすごすごと、落としかけた膝を戻して、二人の目の前まで歩みを進める。
気まずくて目線をそらしているから、二人の表情は窺えないけど、うう、怒ってるかな、怒ってるよね。思わず肩が縮こまりそうになるのを必死に堪えながら、どうにか二人の近くまでやってくる。
恐る恐る視線をあげたら、文音さんは視線をじっと下げたまま、まだ黙っていて、佑哉さんは口元を抑えて、表情がうかがえない。
ふーと一息吐いて、改めて、膝を落とそうと腰をかがめた。
すると。
ぼふっと。
私の身体が、私より幾ばく小さい、文音さんに受け止められた。
あれ、このまま土下座コースでは―――。
「お゛がぇり゛ぃい゛!!!! ま゛ひぢゃぁん!!!!!!」
……………………。
そこには目線をそらしていたからわからなかったけど、どうしてか、だびだびに涙に濡れた文音さんの顔があった。
……………………?
「あれ、土下座は?」
おかしい、さっきまでの神妙な流れはどこへ。
なんて唖然としていたら、向かいの佑哉さんが押し殺していたものをようやく漏らすように、お腹を抱えながら笑い出していた。……what?
「っぷぁっはっはっは!!」
「説明を、誰か説明をプリーズ…………」
そうぼやくけれど、どうしてか文音さんはずっと泣き崩れてるし、佑哉さんは笑ってるし、友人ズは優しい笑みで微笑んどる。
「よぐ、よぐかえっできでくれたよぉぉ!! わだし、わだしほんとに、連絡来た時うれじくでぇ!! ごべんねぇぇぇ!! ずっとずっときづいてあげれなくっでぇぇ!!」
「ぷっぁはっはっはっはっはっはっは!!」
とりあえず、その後、文音さんと佑哉さんが落ち着くまでにおよそ五分を要したのでしたとさ。
三十分くらいは土下座する覚悟決めてきた私の心の置き場所が、ちょっと行方不明になったりしたのはまた別のお話。
※
「え? 私達がまひちゃんに怒ってる? んなわけあるかぁ、むしろ土下座とか私らが先にやるべきことじゃん? やるか? 土下座勝負するか? 私の土下座は地面を割るぞ? まひちゃんのそのやわらかヘッドで私の石頭に勝てるかな?」
「あやね、脱線してる、話が脱線してるよ」
「…………はは、なんか変わんないですね、お二人は」
結局色々あった末に、私と文音さんと佑哉さんはどうしてか、ひざを突き合わせて正座で向かい合うことになっていた。ちなみにさっきまで、お互い土下座しようとしては、それを阻止してを文音さんと三回ばかり繰り返してた。
ただ、そうやって少しじゃれたあと、文音さんとふっと視線を細めるとゆっくりと首を横に振った。
「ま、真面目な話。あの一件はどう考えても、年上の私らが間を取り持たなきゃいけなかったよ。まひちゃんもまよちゃんも、ずっとしんどいってサインは発してくれたんだからさ、あそこまで決裂する前に、私らがなんとかしなきゃいけなかった」
「……正直、あの一件が怒る前に、まよいが追い込まれてるものなんとなく見えてたんだ。どうにかしようって想ってたけど、うまく話を聞いてあげられなかった。まひるもそうだよ、一番辛い決断したのはまひるなんだから、そこをちゃんとくみ取ってあげなきゃいけなかった……だけど、あの時は俺らもずっと流れに動揺したまんまでさ、ごめんな」
「いえ……その、はい」
……………………。
上手く言葉が出てこない。
「そして、えらい!! ちゃんと自分でまよちゃんと向き合うって決めたんでしょ! ちょーえらい!! 文音さんポイント一万点あげちゃうぜ!!」
「頼ってくれて、ありがと、まひる。俺たちに償いの機会をくれて。……ま、頼ってくれなかったら、ゆうに無理言って、飛び入り参加する予定だったんだけどね、実は」
「………………あの、でも私」
文音さんも佑哉さんも、どうしてか私のことを怒っていない。それどころか、二人は悪くないのに謝ってくる。
その事実が、不思議で、だって私はそれだけのことをしたはずなのに。
「まひちゃんがちょっと間違えたからって、全部、独りで背負わないでよ。ちゃんと私らにも背負わせて?」
「三年間、なんだかんだ一緒にやってきたんだ。こんな大事なときくらい、心置きなく頼ってほしいさ。それくらいの情と義理は積み重ねてきたと想ってるんだけど?」
「………………」
二人の表情を見る。
あやねさんは、泣きながら。
ゆうやさんは、仕方ないなあって笑いながら。
二人とも優しい眼で私を見ていた。
…………おかしいな。
私はずっと独りで間違えてきたと想ってて、それを誰にも告げられなくって、告げたらみんな私のこと嫌いになっちゃうって想ってて、ずっとずっと隠してきていたはずなのに。
あやねさんは泣き笑って。ゆうやさんは微笑んで。
後ろを振り返ると、なんでかあさひはあやねさんと同じように泣き笑ってて、ゆうはいつもの無表情だけれど、どうしてか満足そうで、よぞらはちょっとおかしそうに笑いながら、目が合うと頷いてくれた。
どうしてか、誰一人も私のことを責めてこない。
どうしてだろ、運がいいのかな。
少なくとも、出会いには恵まれた気がする。
弱さを、愚かさを、どうしようないはずの罪を抱えてきたはずの私なのに。
こうして一緒に向き合ってくれる誰かがいる。
とても、とても運がいいとそう想う。
だから、きっと私はそれに報いないといけなくて。
ふぅと短く息を吐いた。
それから改めて、二人にじっと視線を送る。
「あやねさん、ゆうやさん」
「たくさん、たくさん心配かけてごめんなさい」
「ごめんなさいついでに、もう一回だけ手伝ってください」
「あいつに聞かせる曲を、もう一回だけ」
そう告げた。
私の言葉に、あやねさんは涙を抑えながら、もろ手を挙げて。
ゆうやさんは、ゆっくりと静かに頷いた。
さあ、もう一度、始めよう。
一年と半年ぶりに、もう一度だけ歌を唄おう。
私の想いを形にするために。
※
本日のリザルト
なし




