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第一話 まひるの場合— ②


 『で、どういう心境の変化なの?』


 昼間に言われた、そんなよぞらの言葉が、頭の中をリフレインする。


 やられっぱなしは、どうかと思ったって言うのもまあ、ほんとだよ。


 このまま、さっさとあさひに10勝稼がれても、あさひのことだからそんな無茶なお願いはしないと思うけど。さすがに3連敗だけして、指を咥えてみてるってのも少しもどかしい。


 あとあんまり負けが込むと、さすがに、あさひにだけ弱いってのがバレてしまいそうではある。


 そしてまあ、それ以上に、少しどうにかしないといけない問題もあったりする。


 その問題ってのが―――。


 愛してるゲーム一回目のあさひは、少し恥ずかし気に三歩くらい離れた距離で、愛してるを告げてきた。可愛かった。


 二回目のあさひは少し手が触れるかどうかくらいの距離で、頬を赤らめながら愛してるを告げてきた。ただの天使だった。


 三回目のあさひは、段々と味を占めてきたのか、耳元で囁くように愛してるを告げてきた。ご褒美……じゃねえ、かなり危なかった。



 つまり。



 ―――段々、距離が近づいてる。



 ていうか、もうほぼゼロ距離なんだけど。これ以上近づくってなると、肌をすり合わせるようなことになって……あー、もー、あー、と考えて一昨日の夜は眠れなかった。


 何がまずいって、私の理性が非常にまずい。


 このまま行くと、あさひが10勝するまで耐えられる気がしない。ていうか3勝の時点でこの距離だったら、10勝するときはどこまで近寄っているって言うんだ。あそこが触れあうのか、どこが触れあうのか、どう触れあっちゃうって言うのか。


 なんて頭の中をピンクな妄想が埋め尽くし始めて、いい加減、危機感を感じた。


 なにがやばいって、あさひの危機感のなさに危機感を感じた。もちろん、私の理性も危ないけれど。


 今のあさひは、言ってしまえば、相手を誘惑する仕方も知らないサキュバスのようなもの。どこまでやってよくて、どこまでやっちゃだめかを知らない。身体のふれあい、距離の近づき方、そういう何かしらの意図を持った触り方の限度を知らない。なのに誘惑パワーだけは溢れてる。


 一応、愛してるゲームにも、そこらへんのルールはあって、ルールその4「触れ合いは相手が嫌がらない範囲ですること、やりすぎればファールとする」。


 ……つまり、まあ、あんまり過剰な触れ合いは物言いが入るということ。


 だけど、今のところ、私は一切嫌がれていないので、このルールが適用されることはない。


 そして問題なのは、あさひがこのままだと、勝利に味を占めて、過剰なスキンシップに走ってしまうかもしれないということ。


 それはさすがに、防がねないといけない。私にだけするなら百歩譲っていいけれど、このスキンシップゆうやよぞらに向いたら、私の情緒が耐えられる気がしない。


 …………とまあ、長々と考えて、昨日は私から攻めにいったわけですね。


 スキンシップをやられる側に立ったら、あさひもさすがにまずいと思って自重するかなーなんて想ったんだけど…………。


 想ったとこまではよかったんだけどねえ。





 「ねえ、あさひ」


 「なに、まひるちゃん」


 「もしかして、今、ゲーム始まってる?」


 「ふふふ、さてどーでしょう。私はまだ何も言ってないよ?」


 シェアルームのリビングでこてっと横になって、スマホを触っていたら、何を思ったかあさひも隣で横になって、そのままこてんとくっつきだした。


 大きめのネコ型クッションの上で二人くっついて、一緒に寝ころぶような形で。


 当然、ゼロ距離、今や首元であさひの吐息が感じられるくらいにはなっている。


 おかしいな、この前、近づくことで痛い目をみたはずでは……?


 むしろ逆効果だったってことか? 負けず嫌いの心に火をつけた?


 なんて思考をしてみるけれど、首元にかすかに当たる熱くて湿った吐息のくすぐったさで、簡単に集中は途切れ続ける。スマホもさっきからスクロールこそしているけれど、情報が全く目に入ってこない。


 「ふふふ……まひるちゃん……ふふふ」


 「………………」


 時折耳の裏でかすかに笑い声のようなものがするけれど、さっぱり意図はつかめない。一応、愛してるって言って、愛してるゲームは始まるはずだから、今は多分大丈夫な……はず。


 「まーひーるちゃん」


 …………はずなんだけど。


 明らかに、明らかにあさひから、その意図を感じる。私を照れさせようと、私を揶揄おうとする、明確な意図を感じる。


 楽しむような声音、背中で時折こすれて感じる肌の触感、どことなく熱く感じる体温。


 意味もなくこんなにこすりつけてくるはずがない、絶対に今始まってる。


 「ふへへへ…………」


 どことなく蕩け切ったような熱を背中に感じながら、動揺しないように必死に息を鎮める。こうしている間にも、どこかで録音や録画をしているに違いない。さすがにもう通算五回目ともなれば、私も慣れてきた。


 そう、いくら私だって、いい加減慣れる。


 そう何度も、気楽に勝利をやってなるものか。


 あと、これ以上、あさひに味を締められるのも、私の理性的に非常にまずい。


 というわけで、ゆっくりと身体を起こす。


 え……? と後ろであさひが戸惑う声がするけれど、気にしない。


 振り返ったあさひはいつも通りのパジャマ姿だけれど、少し顔が紅くて、どことなく動揺した顔をしている。うん、さては反撃されることは考えてなかったな?


 愛してるゲームは厳密に言うと、攻めも守りも存在しない。どちらが愛してると言い始めようが、『照れた方の負け』だ。攻めようとしている側でも照れてしまえば、それでおしまい。


 いい加減、ちょっと痛い目見てもらおう。そう簡単に近づきすぎればどうなるか。


 「あさひ、近づきすぎたら火傷するっていったよね……?」


 ちょっと自分でもくさい台詞に、顔が紅くなりそうだけど、息を必死に整えて、ゆっくりと寝ころんでいるあさひの上から覆いかぶさるように身体を近づける。


 優しく腕を抑えたら、あさひは少し不安そうな顔で、ぎゅっと私の手の平を握ってきた。そんな姿すらいじらしいだけだと自覚しているのやら。


 「…………ま、まひるちゃん」


 「どうしたの? 自分から攻めてきたんでしょ? ちょっと反撃されるだけでそんなに照れちゃうの?」


 ぽろぽろと口から漏れる言葉が止まらない、今、理性で喋っているのか、本能で喋っているのかすらよくわからない。熱に浮かされていることだけは確かだけれど。


 握られているのとは逆側の手で、軽く手首をなぞってあげると、あさひは少しくすぐったそうに目を閉じた。そういう姿すら煽情的だって、わかっててやっているのかな。


 そのまま、すーっと、指を腕沿いにはわせつづけて、脇に近づいた辺りで明確に身体が跳ねた。ちょっと涙目も浮かべて、あきらかにくすぐったそう。



 つん。



 「ふひゃ」



 つん。



 「ふゆゆ…………」



 こしょ。



 「うにゃわん!!」



 びくんびくんと身体が跳ねるのが面白くて、少し楽しんでしまう。パジャマ越しにあさひの身体の柔らかさが感じられるのも、なかなかにたまらない。


 そんな風に軽く笑ったら、う~と涙目で恨みがまし気に、じっとこっちを睨まれた。


 やれやれ、ここまでにしておきましょうか。


 抑えていた手をパッと離して、あさひの上から身体をどける。


 「ゲームだからって、あんまり近づきすぎちゃダメだよ、あさひ」


 そうして最後に軽く忠告。うんうん、完璧なムーブではないでしょうか。


 まあ、ちょっと正直、ファールくさいんだけれど。というか、実際半分ファールだと思うんだけれどね。


 まあ、でももしこれがファールになったら、これくらいはファールになるって、明確な基準が出来るから逆にいいのかもしれない。


 「えーと、ゲーム的には、引き分け、かな。今のさすがにちょっとファールくさいし」


 そう推し量るようにあさひに言ってみるけれど、あさひは涙目のままこっちをじっと睨んでた。あらら、これはもしかして思ったより機嫌を損ねているかな。


 でもまあ、仕掛けてきたのあさひだし、そこはしかたないと思うんだけれど……。


 そう思って、軽く息を吐いていたら、あさひは何かを堪えるようにぐっと身体を縮めた後、勢いよく口を開いた。



 「―――今はゲームなんてしてないよ!!!」



 ………………。



 …………………………。



 ……………………………………あれ?




 あさひは無言で、涙目のまますっと携帯を私に見せてきた。


 録音も録画してない、なんにもない携帯を。


 私は当然、あさひが勝手にしてるものと思っていたから、そんなもの起動していない。


 基本、録画録音のないゲームは、無効。というか、ゲームですらない、どっちかがこっそり起動して始めるのがルールその5だ。



 つまり…………。



 えと……………………。



 今のはただ、意味もなくあさひが私にくっついて、それに私がセクハラしたような構図になっていると…………。



 ………………。



 …………なるほど。



 「ひじょーに、申し訳ありません……」



 「ふん…………!! がい………………!!」



 まったくもって正当な憤慨と共に、しばらく涙目で顔を真っ赤にしたパジャマ姿のあさひからお説教をいただいたのでした。 


 ぷりぷりと顔を真っ赤にして怒るあさひの様子は、そうは言いつつも可愛げに溢れており、眼福ではあったけど。口にしたら余計に怒りを助長するので、ひっそりと心に秘めたままにしておきました。


 春の夜の少し涼し気な過ごしやすい空気に、ほんのりと微睡みに誘われながら。


 そんな一日を過ごしていました。


 …………あれ、じゃあ、ゲームでもないのに、あんなにくっついてきたってことか?


 なんか、あさひの距離感が段々とゲームのせいで、バグっているのかもしれない。


 なんて考える、まひるなのでした。





 

 ※




 愛してるゲームルールその4:触れ合いは相手が嫌がらない範囲で行うこと。相手が嫌がった場合はファールとする。


 愛してるゲームルールその5:ゲームを始める際は、どちらかが録音または録画を証拠として残すこと。証拠のないゲームは無効となる。





 本日のリザルト

 勝者なし!?(そもそも愛してるなんて一言もいってないよ!!)

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