第十五話 まひるの場合、学期明けの頃—①
『……というわけでね、どうにもあさひとまよいが、今、会っているらしい。何やらあさひに言いたいことがあるようでね。すまない、焚きつけた私の落ち度だ。罵倒も批判も後で甘んじて受けよう』
「…………ゆう」
『…………だが、君はどうする? まひる』
バイト終わりの時間に、まるで見計らったようにゆうからそんな電話がかかってきた。
一体何かと思って出てみれば……なるほど、そんなことが起こってたわけね。
軽く視線を回して向かいのカフェに目を向けると、確かにそれっぽい人影が二つ窓際の席に発見できた。
ふうと思わず口から、ため息がこぼれる。
胸の内でぐるぐるといろんな感情が渦巻いて、言葉を選ぶのに少し時間がかかる。
「…………はあ」
『……すまない、怒っているかい?』
電話口の向こうで、ゆうはそう心配そうに声をかけてきた。
……怒ってる。まあ、半分くらいは怒ってるのかな。
「……そりゃあね」
『すまない、つい口が滑ってしまってね。全ての非は私にあるから二人は責めないで欲しいんだが―――』
もう一度ため息をついた。
「違う、あんたが嘘ついてることに怒ってる」
受話器の向こうで、一瞬、息が呑まれるような音がした。
「何年一緒に居ると想ってんの、しかも、あんた私らのマネージャー兼プロデューサーやってたんでしょうが。一番人間みてて、ずっとその関係に気を配り続けてたでしょ。―――そんなあんたが、うっかりでそんなことする? んなわけないでしょ」
『………………』
「自分が悪役になってでも、私とまよいを引き合わせたかったんでしょ。それならそうとちゃんと言えっての。こういう時、手の込んだ芝居すんの、あんたの悪い癖だからね。どうせ、前のコミケで文音さんたちと会わせたのも、わざとなんでしょ。ばれてないとでも思ったか」
『………………』
電話口から返答はない、でもまあそれが何よりの答えだった。
「……だからまあ、余計な心配しないでいいよ、ゆう。大丈夫、多分、話せる」
『…………まひる、怖かったり、緊張していたりはしないかい?』
静かな言葉がスマホの向こうから響いてくる。私は少し自分の胸の奥の感覚をちょっと確かめる。
「…………すんごいしてる、正直、怖くて仕方ないけどさ」
だって、自分の過ちと、そのどうしようもないほどの結果と向き合うのは、きっと何より怖いことだから。
それに、まだあの時のことについて、答えを出せるほど私の中で想いが定まったわけじゃない。
心臓はこうしている間にも早鐘を打っていて、息は少し浅くなって、血が指先までうまく回っていないような錯覚を感じるけれど。
でも、それでも。
あさひが、それを代わりに受け止めるのはなんだか違う気がする。
きっとその罪と罰は、私が受け取らなきゃいけないものだから。
「でも、ま、行ってくるよ」
『ああ、行ってらっしゃい。何度も嘘を吐いて、何をいまさらと想われるかもしれないが、私は君たちの味方だよ』
「ん、……ありがと」
そんなやり取りをして、通話を切った。
ツーツーという呼び出しを聞きながら、少しだけ目を閉じて。
それから、わざと大げさに伸びをして、ちょっとだけ気合を入れてから、真夏の日差しの中に一歩踏み出した。
さあ、親友と久しぶりの再会と行きましょう。
どうなるかは、何もわからないけど。
わからないまま、私は前へと足を踏み出した。
※
「まよい――――久しぶり」
おなかがぎゅっと縮こまるような感覚を表に出さないように努めながら、何気なく
、まるで親友との他愛のない再会のように声をかける。
あさひとまよいはしばらく眼を見開いて、驚いた……って表現するのもちょっとはばかられるくらい、呆然とした表情で私を見ていた。
……それだけ驚いてもらえると、登場のしがいはあったかな、なんて笑いながら、そっとあさひの隣、まよいの向かいに腰を下ろした。
「ちょうど、そこでゆうから電話来てさ。二人があってるって言うから、気になって顔出しちゃった」
当たり前のように、あえて浮ついた声を出しながら、そう口にする。
二人ともただ唖然として、表情の一つも動かない。
「……それにしても、まじで、久しぶり。元気にしてた……ってあんま顔色よくないけど、大丈夫?」
そうやって口にしながら、まよいのことを改めて見つめる。顔はどことなくやつれてて、ぎらぎらと音楽に熱中していた時に見ていた眼光は、今はどことなく不安げに揺れている。髪も伸びっぱなしでぼさぼさだ。服のセンスは相変わらずかな、オーバーサイズが好きだねやっぱ。
やがて見られてることに気づいたのか、まよいは慌てて髪をぐしゃぐしゃと搔き乱すと、何も言わずそのまま俯いてしまった。
まあ、わかってはいたけど、そう気楽に話せるもんではないよね……。
「……ね、まよい。なんか言いたいことあるんなら、ちゃんと私に言ってよ。あさひを巻き込むのはなんか違うじゃん。まよいが抱えてる鬱憤の先って、大体私でしょ。私が聞かなきゃ、意味ないじゃん」
口にするたび、胸の奥がじくりと痛む。次の瞬間にどれだけの罵倒が飛んでくるかと思うと、そのまま縮こまりそうになる。
でも、それを代りにあさひに浴びせるのは絶対違う。
私の罪は、私が罰を受けなきゃ意味がない。
「………………」
「……………………」
しばらく沈黙が続く。さっきまで、二人で色々喋っていたみたいだけれど、私が入ると途端にこうか。分かっちゃいたけど、嫌われてるな。それだけのことをしたんだから、当然だけどさ。
「いいよ、言いたいなら、ちゃんと言って」
そう口にはするけれど、まよいは迷ったように少し口を動かしただけで、返事はさっぱり返ってこない。
丁度、一年半前、私たちがバンドを解散させた時も、こんな感じだったっけ。
バンドメンバーやゆうが見てる中で、二人して、黙って何も言えないで。
そのまま、解散が決まって、私たちはぼろぼろと燃え尽きた灰が崩れるように、そのまま散り散りになっていったんだ。
まよいは、今、どう想ってるんだろ。
何もわからない、わからないから想像するしかない。そして私のちんけな想像力でもどれくらい苦しんで、どれくらい私を恨んでたかくらいは、理解してる、つもりだ。
だから、どんな呪いの言葉が出てきても仕方ない。そう覚悟をしてたけれど。
「………………」
こうして黙っていると、切に思う。
呪われた方がマシなんだ。どれくらい怒っているか、傷ついたか、言ってくれた方がマシなんだ。
何も伝えられない方が、よっぽど、もう犯した罪が、どうしようもないことだけを解らされる。ぐじゅぐじゅと胸の奥を罪悪感が溶かすように苛んでくる。
もしかすると、これ自体が、私への罰なのかな。
眼を閉じた。
あの時と同じだ。
最後にまよいを見た時と、私たちの全てが終わったあの時と。
何もかも同じ。何も変わらない。
結局、私は――――――。
そう心が揺らぎかけた時。
「―――まひるちゃん、あいしてるゲームをしようよ!!」
へ?
隣を見る。
真っ赤な顔のあさひが、なんでか今にも泣きそうな顔で私を見ていた。
え、え? なんで?
「あさひ、今はちょっと……」
「と、時も場所も関係なしだよ!! ほら、もう録音してるから!! あいしてる!! これでもうゲームスタートだよ!!」
「………………は?」
あんまりな唐突具合に、対面で俯いていたはずのまよいの顔まで上がってる。何が起こっているのか分からないって顔してるけど、私も何もわかってない。いや、まじでなんで今。
「あいしてる! まだだめ?! あいしてる!! 世界で一番あいしてる!!
誰より好き! 一番好き!! 私が! 私だけがまひるちゃんのことあいしてるから!!」
近い、顔、近い!? え、なな、なんで? 今、ていうか、身体も密着してるし、外だし、みんな見てるし。なんか、このまま、キスでもしてきそうな雰囲気だし!!??
「あ、あ、あさひ、えと、今はその、ちょっと」
「まだ?! まだ?! 照れない?! キスする?! しちゃうよ?! いいよね!! いいよね、まひるちゃん!!」
なんで、なんで? なんでそんな必死に泣きそうな顔で、今、そんなことしてくるの? わかんない、わかんないけど、何かがあさひを駆り立ててる。
思わず状況が状況なのに、顔が熱くなってしまいそう。いざ顔が目の前に迫って、その眼がすっと閉じられて、あわあわ言ってる間に、思わず私もそのまま目を閉じて――――――。
「だ、だ、だめーーーー!!!!」
そう。
ふっと目を開けると。
そう大声を出して。
まよいはなんでかこっちも泣きそうな目で、必死に私たちの間に手を伸ばしてた。
私がここに来て、ようやく一年半ぶりに、お互いずっと黙っていたあの日以来、初めてその声を聴いていて。
懐かしい、その声を。
ようやく聴くことができていた。
※




