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第十五話 あさひの場合、学期明けの頃—①

 拝啓、皆々様いかがお過ごしでしょうか。


 夏休みも終わり、学期も開けて、まだ夏の熱さは依然現役なものの、なんやかんやと九月の頃となりました。


 授業も始まり、まひるちゃんは相も変わらず、授業とバイトとうちの三角形をぐるぐる忙しなく回りながら過ごしています。


 そのおかげで、少しだけお話しする機会が減って、どことなく寂しい今日この頃です。


 授業がない時間、学期明けでまだ課題も出てない静かな時間は少し退屈で、ここのところ封印していた……というよりする必要のなかった悪癖がもぞもぞと顔を出してきそうな気がします。


 というか、なんだか最近、実はちょっと落ち着いていません。


 何せ生まれて初めての愛の告白、そしてその返事待ち中なのです。落ち着けと言うのが無理ではないでしょうか。


 四月から、お遊びで積み重ね続けてきた「あいしてる」の言葉の裏に隠した本心を、私はまひるちゃんに告げました。


 そこに後悔はありません、色々と勢いでやりすぎちゃったかなと反省することはあれど、告げたことそのものを悔んだりはしていません。


 というか多分、我慢するなんて無理でした。


 胸の奥に溜まった言葉は、どんどんと私の背中を押していて、心の奥底でこの秘密をずっと明かしたくて仕方なかったような気さえします。怖いとか、不安とか、そういう気持ちでずっと蓋をしていたけれど、どれだけ先延ばしにしたとしても、この想いはいつかその抑えを破って私の胸の内から飛び出ていたように思います。


 いつか、ゆうちゃんやよぞらちゃんたちが言っていた通りですね。自分の大切な想い嘘を吐き続けるなんて、ずっと蓋をし続けることなんて、きっとできっこないのでしょう。


 そして、伝えた言葉はもう戻りません。


 あの嘘を重ね続けた、優しくて、気楽で、もどかしい、あの時間にはもう戻りません。


 私達の関係は転がり始めてしまったのです。どこまで行きつくはわからないまま。


 胸の奥で呼吸と鼓動がずっと弱く震えているような気がします。


 欠片ほどの期待と、溢れるほどの不安で、手癖で始めた掃除の手も落ち着きません。


 これから、どうなるんだろう。


 わからない、全てはまひるちゃんが答えを出す、その時まで。


 私と君のどちらかがまた、10回、あのゲームで勝つまでは。


 わからない、わからないから、もどかしい。


 結局、さっぱり掃除には手がつかなかったので、ふーっとしっかり息を吐いて、帽子をかぶって外に出ました。


 この時間、君はまだ、バイト中でしょうから、そんな姿を遠目で眺めに行きましょう。


 未だに胸の奥で、私の背中を押すだれかの手に導かれるまま。


 ドアを開けると、蝉の音がわんわんと鳴り響く中、少し突き刺すような日光に目を細めました。


 秋はまだ、もう少し、遠そうです。






 ※





 世間一般の健全健常な皆々様においては、至極当たり前の常識かと思われますが。


 ストーカー……つまり本人の同意なく、そのプライベートを回すことは犯罪です。


 法律にもしっかり懲役と罰金の項目が乗っております。一緒に住んでいるからと言って、本人の同意がない以上、許されるなんてことはなし。


 だから、今こうして、まひるちゃんの様子を窺う行為も、まひるちゃんがNOと言えばそれでおしまい。晴れて私はお縄にかかる。


 それを知っていて尚、こんなことをしでかしたのはなんでだっけ。


 きっかけは、君と同じ大学、同じ英語のクラスになったところから。


 その縁を切りたくなくて、そしてどことなく辛い顔ばかりする君が心配で、こっそり様子を窺ったところから。


 もちろん、そんなのしばらくすれば、大丈夫ってわかったから、今続けているのは単純に私のわがまま。


 というか、いろんな言い訳をしてみたけれど、結局これは私が望んでやっていること。


 君のことを見ていたい、君から目を離したくない。


 もう二度と、あのステージ上から君が知らない場所へ去ってしまった時のような、寂しさを感じたくない。


 特にであったばかりの頃のまひるちゃんは、儚くして、どことなく苦しそうで、ふと目を離したらそのまま二度と会えないような気さえしたから。


 ただ、それでも、こうやって人のプライベートを付け回すのはいけないこと。世間も法律も、誰一人だって許してはくれないこと。


 だからせめてと、私なりのルールを作った。


 決して、まひるちゃんには見つからないこと。


 付け回されているということすら、気付かせないこと。


 彼女のストレスになってはいけない。自分の存在を認知させようとしたり、尾行されていることに悩ませるなんて、もってのほか。


 この独り善がりの背徳は、独り善がりだからこそ、私で完結させないといけない。


 彼女の幸せや安寧の邪魔は絶対しない。


 それが私がこの馬鹿げた犯罪行為に付けた、最低限の自分ルール。そのために色々徹底までした。


 服装は毎回違うもの、帽子、眼鏡、マスクに至るまで、付けたり外したり毎回変える。


 近寄ってもまひるちゃんから数十メートル離れるのが大前提。遠目でぎりぎり様子をうかがえる範囲にとどめること。


 不用意に同じ場所に長居しない、人を追っているからと不審な行動はとらない。周りの人が気が付いて、まひるちゃんがストーカーを不安に想うこともあってはならない。


 見失ったら潔く諦める。ゴミや生活用品、私物には絶対手を出さない。


 もちろん、こんなことをしても何も許されないけど、まあ最低限の私の中の線引きだった。


 私が不安を誤魔化すために、君の様子を少しのぞき見させてもらってるだけ。それ以上であってはならない。


 そうやって、今日もいつも通り、君のバイトの様子を窺うために、家からそっと飛び出した。前は向かいの建物のコンビニに行ったから、今日は二階のカフェでいいかな。


 そんなことを考えて、目深にかぶった帽子と、伊達眼鏡を傾けながらいそいそと早足でアパートの玄関を出ようとして。


 ………………。


 …………………………?


 違和感。


 自動ドアを抜けてその先の、アパートの共有のゴミ捨て場。


 いつも通りネットがかかってて、その下に、ゴミ袋が乱雑に並んでる。


 確か、今日は燃えるのゴミの日だったから、私がゴミを捨てに行ったんだけれど。


 ……………………あんなところに置いたっけ。


 今朝、ゴミ捨てをした場所の記憶と少し違う。


 ゴミ山の真ん中に、そっと置いてきたはずなのに。今朝私が捨てたはずのゴミ袋はどうしてか端っこの方に寄せられていた。それにゴミ袋の口も、私とまひるちゃんはあんなにぎゅっと閉めはしない。でも捨てられたごみの中には、昨晩、まひるちゃんが食べていたアイスの棒と箱がちゃんとある。………………、いや、棒だけなくない?


 ………………。


 ぞわっと背筋に何か冷たい物を落とされたような感覚が走った。


 急ぐ。


 早足で駆けていく。


 まひるちゃんのバイト先まで、アパートから徒歩十分。


 ばっと急いで周りを見回すけど、不審な人影は見当たらない。てなると狙いは、私じゃない、まひるちゃんだ。ああ、もう、私への嫌がらせ狙いなら百倍マシだったのに。


 運動不足の身体を動かしながら、急ぐ、急ぐ。ひぃひぃ言いながら、それでも懸命に足を動かしていく。


 程なくしてついたまひるちゃんのバイト先の店の手前で、私はそっと何気ないフリをしていつもの挙動に戻る。変装はしてる、向こうから早々に見つけられることはない。


 まひるちゃんはバイト中、店内に入るのはリスクが高い。てなると、ここの近くで、店内のまひるちゃんを見張っているはず。


 それができるのは、私が知る限り、五か所。バイト先の向かいのコンビニ、その二階のカフェ。一つ隣のファミレス。逆隣の公園。変わり種で、少し離れた喫煙所。


 喫煙所……には多分いない。いつも見てるおじさん・おばさんと学生たちだけ。コンビニもぱっと見いない。公園なし、あとはファミレスかカフェだけど……。


 ざっと軽く視線を巡らせて、窓際の客をざっと眺める。私の予想があってれば、よりバイト先が見つけやすいカフェにいるはず……。


 程なくして、見知った帽子と眼鏡の影を見つけて、私はすっと自然な感じを装ってカフェの方に足を向ける。窓際の席のその人は、特に私に気付く様子もない。


 暑い中走った荒げる息を抑えながら、カフェの扉をそっと静かに開ける。すでに何度か利用してるから、見知った店員さんが、一名ですか? って聞いてくれるけど、軽く笑顔で会釈して、今日はもう知り合いが先に入ってますと小声で嘘を吐いた。いや、別にそう嘘でもないんだけれど。


 そしてできるだけ足音を立てないように、逃げられないよう、窓際の席の死角からそっと近づく。隠しもせずに窓の外の書店をガン見するすがたに、若干ため息をつきそうになりながら、その向かいの席にさも当然かのように腰を下ろした。


 そしたら、当の本人は、最初は怪訝そうにこっちを見つめて、やがてはっとなって青ざめるとわなわなと私の方を指さしてあわあわと口を動かした。


 「あ、あ、あんた……」


 「どーも、()()()()。お久しぶりです、こんなことで何してるんですか?」


 あえて、端から見たら旧知の仲に気楽に声をかけるように。


 ただ言葉の端に我ながら、静かな怒りが滲むのは抑えきれてない。


 暑い中を必死に走ってきたのもあって、若干、興奮も抑えきれてない。


 去年のストーカー騒ぎで、もう二度とこんなことはしないと誓ってたはずなんだけど。


 ただそんな風に若干の怒りを見せる私に、彼女は、かつてまひるちゃんと同じバンドで作曲とドラムを担っていた、相棒とさえよばれていたはずの彼女は。


 わなわなと顔を真っ赤にして、どこか泣きそうな表情になりながら。





 「なにしにきたのよ! この…………()()()()!!!」





 そんなことを宣っていた。



 張り裂けるほどの大声で。



 店中の視線が痛い。



 しかし、いや、別にまだ寝てないんですけど、私。




 ※

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