第十四話 まひるの場合、夏休みも終わりの頃
あの夜から、あさひのおねがいがあったあの日から。
気持ちの整理はまだ正直ついてない。
あさひが私のバンドについて知ってたこと。
それをずっと黙ってたこと。
そしてあさひが私のことを好きだってこと……未だにこれが一番信じられてないかも。
さらに、私が次に10勝したら、その返事をするってこと。
提案したあの夜は、なんとか気持ちを示してくれたあさひに応えなくちゃって、必死だったけど、今にして想い返すと、少し怖くもなってくる。
…………怖い? なんでだろ。
私はあさひのことが好き……なはずだ。
一年間、一緒に居て、正直人付き合いとか億劫になってた私に、それでも一生懸命絡んでくれて。優しくて、喜んで、ちょっと抜けてて、私がストーカー騒ぎでしんどくなってる時も、いの一番に解決に乗り出してくれた。
ルームシェアをしようってあさひが言い出した時も、なんだかすんなりに受け入れられて。
きっと、他の人には働いてしかるべき、心の防壁みたいなものが気づいたらあさひには、全然働かなくなっていて。
あれ、これが人を好きになるってことなのかなって、大慌てでよぞらに相談しに行ったんだっけ。
っていっても、私、初恋すらしたことのない。愛の歌すらまともに歌えない人間だったはずなんだけど。
だから、今の気持ちにも、正直確証は持ててない。
これが恋なのか、愛なのか、はたまた全く別の感情なのか。
あさひの近くにいると、安心するけど、胸がどきどきしてちょっと落ち着かない。
あさひと一緒に出掛けると、楽しいけど、危なっかしくてちょっと心配になる。
あさひと一緒に暮らしていると、もっと一緒に居たいなって気持ちと、でもあんまり近づきすぎたら嫌われちゃわないかなって気持ちが同時に湧いてくる。
こんな気持ちの名前を私は知らない。
こんな感情の名前を私は知らない。
今だってそう、一緒に居て、好きって言ってもらえて……しかも恋愛的に。
それなのに、どこか不安で心配で、なのに時々ぎゅっと抱きしめたくなる。
こんな心の動きの名前を。
私は知らない。
どうしたらいんだろう。
どうするのが正解なんだろ。
わからないから、夕飯を一緒に食べてる時に、あさひのことが好きって部分は伏せて、それとなく聞いてみた。
「……て感じなんだけど、どうなんだろこれ」
あさひは思いっきりご飯を吹き出していた。
ちなみに今日のご飯は、あさひお手製ハンバーグ、小躍りしながらひき肉をぺったんぺったんしていた姿が楽しそうだったのが本日のハイライト。
そんな彼らは、今見るも無残なひき肉の欠片になって、机の上に少し散らばっていた。
「えほっ、ごほっえ……え?」
ちなみに当のあさひは、困惑の表情のまま、頬を赤らめて、盛大に咳き込んでいる。……器用だね、人間ってそんなにいろんな表情が同時にできるんだ。
「だから、うーん……私、あんまりまだ心の中の整理が上手くついてないかも」
昨日、今日と、空いた時間はすこしぼーっとして、心の整理をつけようとしてたけど、正直あまり上手くいってない。そういえば、昔、詩を考えるときはこうやってぼーっとしてたなってことを想い出したくらいかな。
そのせいか、正直、まだ少しぼーっとしてしまっているというか。思いついたままの言葉ぽろぽろと口から漏れ出ている気がする。この感じも、高校生の頃、よくあった気がする、なんだか少し変な気分だ。
そんな私に、あさひはしばらく赤らめた顔のまま、とまどったようにあわあわしていた。だけど、やがて覚悟を決めたように居住まいをただして、ゆっくりと散らばったご飯を片づけていく。えらく神妙な表情で。
「そ、その相談……私が受けてもいいやつ?」
「あさひ関連のことだし、あさひに聞いた方がいいかなって想ったけど……ダメ?」
そんな私の言葉に、あさひはぐぬぬと唸った後、やがてふーと少し息を吐いた。
「受けましょう……これも覚悟の上よ」
なんでか少し芝居がかかった表情で、ふわふわな髪の毛を目一杯震えさせて、苦渋の決断をしてくれる。意図はよくわかんないけど、それが面白くて、思わずくすっと笑ってしまう。
「……はは、ごめんね?」
「いーよ、実際、私が混乱させたのも原因だしさ。で、えーと、まひるちゃんの気持ちの整理だよね?」
少し笑ったら緊張が取れて、ハンバーグをお互いゆっくり口に運びながら、ぽつぽつと会話を続ける。
「うん、そう。なんか自分でも自分がよくわかんなくって」
そう言うと、あさひはむぐぐと唸りながら、考え込むようにちょっと俯く。
「うーん、私としては、それはもう『恋』だよ、まひるちゃん! 私達両想いだったんだねって言っちゃいたいけど……実際は多分、ちょっと違うんだよね。ともすれば、私がちょっと裏切ってたことにもなるわけだし、その反動かな……?」
そうやって漏らしてくれたあさひの言葉に、ハンバーグを口の傍まで持っていきながら、うーんって考える。
「裏切り、裏切りか……。まあ、そうだよね」
「う、うむ…………、ほんとにごめん」
「……………………」
でも、ほんとにそれだけだろうか。その理屈で言うと、この感情はあさひへの信頼と不信のない交ぜになってしまう。それはなんだか少し違うような。
「……うーん」
「…………後ろめたさかも」
しばらくあさひと一緒に悩んだ果てに、そんな言葉がぽつっと漏れた。あさひは不思議そうに首を傾げた。
「……後ろめたさ?」
あさひが好きかもって想ってたことを隠してたのもそうだけど。
「……私自身が、ずっと高校時代のこと、隠してたことに後ろめたさがあったからさ」
ずっとバレるのが怖かった。
知られてしまえば、嫌われると想ってた。
過去を知られれば、弱い部分汚い部分を知られたら、嫌われてしまうと想ってた。
きっと私はそれだけのことしてきたから。
だけど。
「―――なんないよ? 嫌いになんて」
だけど、君はどうやらそうじゃないらしい。
「…………そう、なんだよね」
私がそう言うと、あさひは不思議そうに首を傾げて、しばらくしてからゆっくりと頷いた。
「改めて言うけど、私はまひるちゃんが過去に何してても嫌いになんてなんないよ。昔、まひるちゃんに励ましてもらったし、今こうやって一緒に居るのも好きだから。なんないよ、嫌いになんて」
そう、あさひは、なんてこともないように口にする。
この一年間、私がずっと抱えてきた、原罪のような苦しみを。
誰にも言えず怯え続けた、贖いようもないほどの過ちを。
まるで何事もないかのように、それがどうしたとでも言わんばかりに。
私のことを、そのままの私として受け入れてくれている。
「……………………」
「うーん、でも、そんな言葉で、大丈夫って言えるほど、軽い話じゃないよね。うーん、どうやったらうまく伝わるかなあ。あ、私のまひるちゃんコレクションでも見る? じ、実は隠してあっただけで、限定版のCDから全部網羅していましてね……」
「それはちょっとはずいかも……」
「で、ですよね! 今のやっぱなし! あとは、えーと、うーんと……どうしたらいいんじゃ……」
こんな私のよくわからない悩みにも一生懸命悩んで、一緒に答えを探そうとしてくれる。
……………………。
気持ちの名前なんて、もしかしてそれだけでいいのかな。
「ごめん、やっぱ解決したかも」
「え!? と、唐突ですな!? も、もしかして今ので引いた? ち、違うんだよ?? さすがに布教用、保存用、使用用の三枚セットで揃えるほどの財力はなかったと言うか、予備で一枚揃えるのが精いっぱいで、あ、でも限定版はさすがに予備までは手に入らなくって……」
しどろもどろに慌てるあさひに、思わずくすっと微笑んで、私はゆっくり首を横に振る。
あさひの隣にいると、どうにも私は理不尽に否定されることはないみたい。だから、安心する。
あさひの隣にいると、次どう動くのか分かんなくって、少しどきどきする。これが恋かは今はわからない。
そして、あさひは私の秘密を知っても、変わらずに隣にいてくれる。
その事実に、きっと、私はまだ慣れてはいないけど。
嬉しいと、そう想う。
そう想うと、胸が少し暖かくなる。
それだけで、今は良いような気もしてきた。
「あさひ、顔、赤いよ」
「ううう、そ、それはさあ! だってさあ!」
「そんなに、私のこと好き?」
「う、うにゃあ!!?? そ、そそ、それは……」
言えば言うほど、紅くなっていく君に、私まで少し顔が熱くなりそう。多分、ご飯を食べているせいだけじゃないかな、これは。
「ね、あさひ」
「な、なんだよう……」
「…………あいしてる」
「っっ!!」
この声に、まだホントの意思が宿せているか自信はないけれど。
そうやって口にしたら、君はさらに紅くなってくれたから。
まあ、今はこれでいいのかな。
「いえい、一勝。なんかすっごい久々かも」
「…………うぐぐ、あれ、今更だけど私が好きバレしてるの、まずくない?」
「いやあ、それくらいでとんとんでしょ、あさひ強いし」
「い、今の流れで仕掛けてくるまひるちゃんに、それ言われたくないなあ!?」
なんてやり取りを交わす、そろそろ夏休みの終わりも近い夜のことでした。
少し心を落ち着けて。
今、私の想いに少しずつ名前を付けて。
あいしてるをあと何度か繰り返したら。
その頃には、君にちゃんと言葉を返せているかな。
返せてるといいなって、そんなことを想いました。
※
本日のリザルト
まひるの勝ち(まひる5勝目)




