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第一話 まひるの場合—①

 「で、どういう心境の変化なの?」


 春も盛り、照らす日差しも直接受ければ、少し暑さを感じるそんな昼休みの頃。


 学食のテラスでよぞらのやつと一緒に、別学部のあさひとゆうのことを待っていたら、不意にそんなことを言われた。


 コンビニで適当に買った、菓子パンと野菜ジュースを一瞬、むぐっとのどに詰まらせながら、ちらりとよぞらの方に視線を向ける。


 まあ、とうの奴は特に気にした風もなく、学食でも割と高めのお上品なランチプレートにフォークを差していた。


 ……なんの話題についてかは、心当たりがないと言えばうそになるけど。


 「なんのことかなー」


 あえて、適当にぼかしてみる。そしたら、案の定というか、藪にらみな視線が飛んできた。美人な癖に視線が鋭いから、まあ大層な凄みを感じますこと。


 「愛してるゲーム、ずっとあさひにやられっぱなしだったじゃん」


 まあ、当然その話題になるよねえ。私が三連敗してるのは、当たり前だけど知ってるわけだし。


 「いや、別に、ずっと受け身なのもどうかと思っただけ」


 そんな半分ほんと、半分嘘な回答を返してみる。


 ただ、そんな私によぞらはよく伸びた黒髪を軽く揺らして、はあとため息をつきやがる。対する私は、素知らぬ顔で野菜ジュースのストローをずごずご啜る。


 「ダウト、そんな風に簡単に吹っ切れるなら、あんな必死こいた顔で『私、あさひのこと好きかもしれない』なんて相談にこないでしょ」


 「ぶっ…………」


 一瞬、野菜ジュースが気管に入って、口から雫となって飛び散った。


 紅い雫が机に数滴ついて、口から吐血したみたいになってる、いや精神的にはそれくらい喰らったわけなんだが。


 「き、気安く、人の最重要秘密を口に出すんじゃないよ…………」


 もし、これでどこかで、あさひが聞いてたらどうするというのだ。だけどよぞらは、軽く肩をすくめるだけで大して気にした様子もない。


 「気づいてないの、あさひ本人くらいでしょ。あんた態度バレバレだから。ゆうなんて別に私が話してないのに、もう気づいてたからね」


 「うう………………」


 まあ、わかってる。自分がもろに態度に出やすいことも、それくらいにはあさひを意識してしまっていることも。わかってはいるんだけれど。


 「さっさと告ればいいのにねえ。恋も剣道も、基本は先手必勝だよ?」


 いや気楽にいってくれるよ、マジで。しかし、正論でもあるので深くは言い返せない。愛してるゲームも基本は先手必勝なのだ。今のところ、私は先手とられてばかりだったわけだけど。


 どこか愉快そうに口元をにやつかせるよぞらから目を逸らしながら、私はそそくさと、零した野菜ジュースを拭いていた。


 「ルームシェア中に断られたらえらいことでしょうが。今後の空気地獄よ? 最悪、ルームシェア解消もありえるし……」


 「ま、そうなるわね。私なら即、出て行くわ」


 「……さては分かってていってるな、おぬし」


 今度はこっちが藪にらみをかましてやると、よぞらのやつはあらぬ方向を向いて目を逸らした。くそう、しかも眼を逸らしながら舌まで出してやがる。相変わらず、あさひやゆうには優しい癖に、私にだけ態度がなめくさってやがる。


 当然、あからさまに揶揄われているが、言い返す言葉もないので、私もそれ以上は何も言えない。


 仕方ないので、よぞらの向いてる方向をふと見ていると、春風に少し揺られながら見慣れた影が二つこっちに向かって歩いてた。


 「ま、それでも悪いようにはならないと想うけど…………あら」


 そういって、よぞらがこっちに視線を戻しかけた瞬間に、二人して視線の先の人影が誰かに気付く。


 「まひるちゃーん、よぞらちゃーん」


 「二人とも早いね、少し待ったかい?」


 あさひとゆうがゆっくりこっちに向かって歩いてくる。両手にはそれぞれのお昼ご飯が入ったトレイを乗せて。ちなみにあさひはオムライス、ゆうは…………なんだあれ、にしんそばか? あんなメニューうちにあったか?


 「大丈夫よ、そんなに待ってないから」


 「そうかい、それはよかった。ところでまひる、初勝利おめでとう」


 「どーも、まあ、まだ3-1だけどねえ」


 「ふふふ、昨日は不覚を取ったけど、もう私、負けないよ!」


 なんてやり取りをしながら、この一年ですっかり慣れた四人での日常を過ごしてく。


 今更な話ではあるけれど、私はこの関係をなんやかんやと気に入ってる。


 大学生活始めた時は、さぞ味気のないぼっち飯ばかりすごすものと想っていたけど、いつのまにかこんな幸運にめぐまれていた。


 それもこれも、言ってしまえばあさひのお陰の所が多いから。


 だからこそ、この関係は壊したくないのが私の本音だ。


 私だけが、黙っていれば。


 私だけが、堪えていれば。


 このあたたかな春の陽だまりみたいな関係は続いてく。


 別に無理をしているわけでなく。


 今の私はこれがいいと想ってる。


 その気持ちに嘘偽りはない、はずだ。多分ね。


 だから今日も、いつも通り、女四人で姦しく、やいのやいのと言いながら笑ってた。


 食堂のテラスの、春の陽だまりのような場所で。







 ※






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