第十二話 まひるの場合、いつかの頃—①
「ごめんね、ほんとは最初から、全部知ってたんだ」
え?
「それでもね、伝えたいことがあったの」
どういうこと?
「あなたの歌に、あなたの声に、あなたの言葉に、私はずっと救われてきました」
まって。
「あなたの歌が私にずっと勇気をくれていたんだから」
まだ、私は—―――。
※
ふと人生を振り返れば、痛々しい姿の自分ばかりが目についてくる。
いいかっこばっかりして、舞台の上では顔隠して気取ってて、適当な人に声をかけては誰かを救った気分にだけなってみたりして。
怖くても進めることに意味があるって想ってた。
伝えたいことをちゃんと伝えるのが勇気だって想ってた。
人から逃げないで向き合ってこそ、誰かと一緒に居られるんだって想ってた。
我ながら、後ろ向きなんだか、前向きなんだかよくわからない奴だったよね。
ほんとは怖がりのくせに、根拠のない希望論だけ振りかざして。
たまたま人の悪意に触れなかったから、20もいかない人生で培った浅い妄想を垂れ流せていた。
それに、そもそも大したこと唄ってないよ。
よくある希望論と、よくある感傷と、よくある心情を、読んだ本と、観た映画と、聞いた歌の寄せ集めで取り繕っていただけじゃん。
そこに何の価値があった?
そこに何の意味があった?
初めて誰かに自分の書いた詩を自信満々に見せた自分を想い返すと、お腹の中がひっくり返ってそのまま顔をぶん殴りたくなってくる。
初めて、震えながら誰かの前で歌った時を想い返すと、喉の奥ががーってかゆくなってそのまま搔きむしって喉を抉りたくなる。
時々、ふとした瞬間に、そんな映像が頭の中で再生されると、そのまま走ってその場所から消えたくなる。
私にとって、歌って言うのは、もうそういうものだった。
恥で、汚点で、過ちで、もうどうやっても消しようのない私の黒歴史。
好き勝手やって歩いた果てに、誰かを傷つけるだけ傷つけた、ただそれだけの道行き。
だから、ずっと大学からの友達には隠してた。
知られたら終わりだって想ってた。
また、あんな、失望と落胆の瞳を向けられるのが怖かった。
それが仲良くなって、近しくなって、ちょっとした想いを抱くような相手には特に。
知られるなんて、絶対、ありえなくて――――。
なのに。
え?
知ってたの?
ずっと、ずっと?
私が唄ってた頃からずっと?
上手くあさひの顔が見れない。
喉が全然震えない。
背筋が凍りついて、掛けられているのは温かい言葉のはずなのに、どうしようもなく寒くって。
どうしたらいいのか、何一つだって、解らなくって。
言葉をずっと探すけど、どう返せばいいのかすらさっぱり思いつかなくって。
結局、耐えきれないほどの沈黙の果てに、漏れた言葉は。
「ごめん――――」
たった、それだけだった。
そして、私はそれ以上、何も言えないまま。
部屋から独りで逃げ出した。
あんなに暖かくて、心地よくて、幸せだったその場所から。
何も言えないまま、あさひを置いて、たった独りで逃げ出した。
まだ熱が残った夏の夜の頃。
貰った言葉に、何一つも答えを返せないまま。
※
「で、こんな夜中に逃げ出してきたと」
膝を抱えて、部屋の隅でうずくまっていたら、頭上のよぞらの声が飛んでくる。
あれから、十分ほどあてもなく街を彷徨って。
たまたま、よぞらとゆうの部屋の近くを通った頃に、ベランダから外を覗いていたよぞらに発見されて、そのまま首根っこを掴まれて、部屋に引きずり込まれた。
なんでこんな都合よく……なんて想ったけれど、ゆうがどこかに電話してるから、多分、あさひが二人に連絡を入れてたんだろう。
まるで家出した子どもみたいだ。歩いて十分の所で捕まってるけど。
「……ああ、うん、心配いらないよ。あさひは大丈夫かい? そうか、うん、また連絡する。ああ、任されたよ」
しばらく、あさひと話していたらしいゆうが通話を切って、私の隣にぽすんと腰を下ろした。よぞらの方は私の向かいで椅子に腰かけて、足を組んでる。二人ともパジャマ姿で、そろそろ寝るころだったのかもしれない。
申し訳ないなって気持ちと、ますます、私、何やってんだろって気持ちがぐるぐる回る。
はあ、自分の秘密がバレたくらいで友達に迷惑かけて、あさひのこともほったらかしで。
ああ、考えるだけで、喉が潰れてしまいそうになる。
「大丈夫かい、まひる? …………いや、やっぱり答えなくていいよ。どう見ても大丈夫じゃなさそうだ」
ゆうはそう言うと、軽くため息をついて、ぽすぽすと俯く私の頭に手を乗せてくる。
「とりあえず水でも飲んだら? そうぐずぐずしてると、話もできないでしょ?」
そんなよぞらの声の後に、目の前にコトンとコップが置かれた。言われた通り、そこに入った水をちびちびと舐めるように、飲み下していく。のどの腫れた痛みが、少しだけ、水で流れた。
「今、どういう感情か、少しでいい、言葉にできるかい? 口にできれば、少しは気持ちの整理がつくものだよ」
言われた通り、言葉を口にしようとするけれど、音がつっかえてうまく言葉にならない。挙句果てに漏れ出た音は、聞き取れるものじゃなくて、何やってたんだって感じだった。
ああ、何もかもが情けない。
「ゆう、そんなだだ泣きの奴に無理に喋らせたら逆効果だよ。ちょっと落ち着くまで待たなきゃ」
「…………そうだね、もう少し、時間がいるようだ」
そう言って、二人はふうと一息吐いて、よぞらはスマホを、ゆうは特に何を言うでもなく私の頭をぽんぽんと撫でていた。
その間、私は何も言えることもなく、ただ嗚咽と鼻水を零したまま。
ほんと、何やってんだろね、私は。
いっつも、誰かに迷惑かけてばっかりで。
結局、今だって、何一つも言葉にできないで。
あの頃から何一つだって、成長してなくて。
そう、あの頃から、何も、何一つだって―――――。
※
「私、歌が唄いたいんだ―――」
全ての始まりは、たった、それだけ。
たった、それっぽちの願い。
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