第十一話 まひるの場合、ある日の頃
ある日の夜、そろそろ大学生の長い夏休みも終わりが見えてきた頃。
独り、自室で、日記を書くペンを手の中でくるくる回しながら、考えていた。
眼を閉じれば、フラッシュバックにも近い形で、ここ数日のあさひの行動が想い返される。
突拍子もなくて、遠慮もなくて、私の心をいとも簡単に揺さぶってくるあれこれが。
電車の中で唇を重ねる姿。
お風呂場で押し倒すように迫ってくる姿。
そしてその最中、どこか蠱惑的に、そして酷く楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに私のことを見つめるその爛々と輝いた瞳を。
はあ、油断したとか、そういういい訳すら全然効かない。思いっきり警戒してた、なのに思いっきり警戒ごとぶち抜かれた。
でもそりゃあ、そうでしょうよ、好きな人にあんなことされて照れないとか無理じゃない?
―――ただ、と少し想う。
普通、こんなお遊びみたいなゲームであそこまでするものだろうか。
キスをして、裸で迫って押し倒して、なんてゲームとしての一線はとっくに超えてる。なんならお風呂の時は、私は途中でとっくに照れてたから、あの後迫ってきたところは完全に余計だったはずだ。ゲームとしてみるならば。
じゃあ、どうして?
そこまでする必要があったのか。
じゃあ、なんで?
あさひはそこまで踏み込んだのか。
あれがファールまがい……というか、私が言えてないだけで、どうみたってアウトなことはあさひ自身がよくわかってた。わかってるうえで迫ってきていた。
まるで、私の反応楽しむみたいに、私がそう言わないであろうことを、わかっていたかのように。
…………もしかして、とうとう、私がこっそり想っていることがバレたのかな。
まあ、状況証拠だけ見れば、山ほどあるから、バレても仕方ないとは想うけど。
そんな想いを理解したうえで、あんな風に迫ってくるかな、あのあさひが。
あの子が、他人に悪意的に何かをしてるとこなんてみたことないっていうのに。
なにせ何時だって善意の子だ。よかれとおもって空回ることはあっても、誰かを貶めたり、誰かを傷つけようとして何かをする子じゃあ決してない。そんなことをするくらいなら、自分が傷つくことを平気で選ぶだろう。一年と少しの付き合いだけど、それくらいは見てきたからわかる。
じゃあ、他に理由があるのかな。
あんな風に、迫ってくる理由。たかがゲームでキスまでしてしまう、そんな理由。
いくつか言葉が浮かびかけたけど、その全部が簡単に違うと言いきれてしまった。
だから結局、当人に聞かないことにはわからない。
そして、わざわざ一線を越えてまで、このゲームに勝とうとするわけも。
あさひ自身が口にしないことにはわからない。
そして、それも、あと一勝。
今のあさひに、正直、抗える気はしないから、次にあさひが仕掛けてきたらそれがもう終わり合図だ。
あさひの真意がわかる、そんな合図。
口に咥えたペンが、当てもなく、文字を記すこともなく、机の上に落ちてことんと音を立てた。
結局、何もわからない。
伝えてもらうまで、まだ何も。
ただそれを待っているだけの時間が。
どことなく、不安で、寂しくて、少しだけ怖いような気がした。
実は私の秘密なんて、最初っから君にバレていたんじゃないかって。
そんな、少し恐ろしい妄想が、頭の後ろにべったりと張り付いてとれもしない。
「怖いな……」
真実を知ることは、時に、とても恐ろしい。
嘘だけで固めた今が、どれだけ甘い夢のような時間でも、それはいつか終わりが来るから。
でも今の私には、ただその時間を待つことしか出来ない。
独りで、すっと眼を閉じた。
静かな部屋の中、スタンドライトだけが照らす暗闇の中。
じっと、ただその時を待っていて。
こんこんと音がした。
ノックの音。
二人暮らしだから、誰がノックしたかなんてわかりきっているんだけれど。
「―――まひるちゃん、入っていい?」
そんな君の声がした。
私はスッと眼を見開いて、部屋の電気をゆっくり付けた。
「どーぞ、入っていいよ、あさひ」
ゲームはそろそろ終わりを迎える。
真実と向き合う時が、刻一刻と近づいていた。
そんな、夏も終わりの、なんでもない日のことだった。




