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第十話 あさひの場合、お風呂の頃—②

 あいしてるよ(ほんとだよ)



 あいしてるよ(信じてよ)



 |あいしてるよ《きっと誰よりあなたのことが》。



 あいしてるよ(大好きなんだ)



 あいしてるよ(だからね)



 あいしてるよ(気づいてよ)



 ―――まひるちゃん。



 ※



 愛情表現って、きっとたくさんあると想う。


 手を握ったり、肩を触れ合わせたり、頭を撫でたり、キスをしたり。


 でも抱きしめるっていう行為は、きっとその中でもとっても大事な一つなんじゃないかな。


 身体と身体を触れ合わせて、まるでお互いの心臓を重ね合わせるような、そんな行為。


 ただそうしているだけで、安心して、愛おしくなるそんな不思議な行為。


 でも、事実だけ見てみれば、別に何があるわけでもないんだよね。


 それで問題が解決するわけでも、お金が湧いてくるわけでも、何か言葉が伝わるわけでもなんでもないけど。


 それなのに、この行為は、ただするだけで心を和らげていく。


 腕を君の細い身体に回して、ぎゅっと引き寄せて。


 君の柔らかくて暖かい、少し濡れたお腹を指が撫でていくの感じてて。


 君の背中のすべすべした感覚を頬ずりしながら味わって。


 それだけで、幸せだと想えてしまう不思議な行為。


 このまま頭の奥のわだかまりが全部溶けてしまいそう。


 お腹の奥の痛みや苦しみも、今だけは忘れてしまいそう。


 まあ、胸の奥の逸る鼓動だけはどうしたって抑えられそうにないけれど。


 濡れた肌と肌を重ね合わせて、君の体温と鼓動を全身で感じ取って。


 そうしていると、安心して、幸せで、どきどきして、熱くって。


 それで、もっと触れていたくなる、そんな感触。


 「あさ……ひ?」


 君の少し掠れた綺麗な声が、君の身体越しに響くから、少しだけ不思議な感じがする。


 声って身体が震えて聞こえてるんだなってよくわかる。そしてそれに直で触れて感じているのがなんだか楽しい。


 「私ねー……」


 自分の震えた声も、君の身体越しに届いているかな。もしそうなら、こうしている今だけはきっとここが、言葉の一つも届かない宇宙でもお互いの声が届くのかもしれない。


 「―――ハグって、生まれてから、ほとんどしたことなかったんだ」


 ぽそって漏れた声は、我ながら小さくて、くっついていないと聞こえなさそうな微かな声で。


 「そういうのするお家じゃ、なかったからかな。お父さんもお母さんも、言葉はたくさんくれるけど、触れあうことってあんまりなくて。学校もみんなお上品だったからさ、そういう感情を表に出す行為は、はしたないって教えられててさ」


 お風呂の中、私の声が君の身体を震わせて、浴室内を反響してる。微かな声、ただそれでも、君に確かに伝わっている気がしてくる。


 「だからね、愛してるゲームの最初の一回目、おふざけでハグしてたでしょ?」


 指でそっと君のお腹をなぞる、顔は窺えないけれど、また紅くなったりしてるかな、してくれてたらいいなあなんて。


 「あれね、すごいドキドキしたよ。本当に人と向き合って、あんなに近づいて抱き合ったことなんてほとんどなかったから。でもね、初めてなのに、なんでか嬉しくて、暖かくて、安心して、実はちょっと泣きそうだったの」


 ふみふみと指を少し押して、君の細いお腹の弾力を感じる。この中に、君を生かしているものが、君の内臓が、ぎゅっと詰まっていると想うと、なんでか少しお腹がぎゅっとしてえっちな気分になる。


 「感情いっぱいっぱいで、逆に上手く表情に出なかったから。正直、最初の一回目の勝ちは、割とまぐれだったかも。まひるちゃんが照れてギブアップって言ったのが、もうちょっと遅かったら私の方がダメだったと想うんだよね」


 あの時のまひるちゃんは、ぎゅって優しく抱きしめてくれて、でも手が少し遠慮がちでそれがなんでか嬉しくって。もうどうにでもなれって、私の方からやけくそ気味に抱き着きにいったら勝っちゃったんだっけ。今、想い出しても、なんでか頬が少しにやけてしまう。


 「あれからね、実はこうやって、ぎゅーってまひるちゃんとハグするのが好きなんだ。ことあるごとに、ひっついちゃってごめんね? でも、ほんとにこうしてると、安心して、落ち着いて、お腹の奥の普段痛い部分がすっと軽くなって、なんでかドキドキするの」


 ちらっと君の様子を窺うと、こっちは向いてないけれど、耳はもう真っ赤になっている。ふって軽く息を吹きかけたら、びくって思いっきり身体が揺れた。その感覚すら抱きしめていると、よくわかってなんだか楽しくなってしまう。


 「ね、どうしてこんなに、くっついてるだけで楽しいんだろね? まひるちゃん」


 そう言って笑いかけると、ようやく君の顔がこっちに向いた。頬は耳と同じで、もう真っ赤かで、眼は涙目で、口元もあわあわしてて、照れるのもうこれ以上げんかーいって感じだね。


 「あ、あさひ……その、もう、私の負け……」


 そうやってしどろもどろに言う君に、あえて不思議そうに首を傾げて、にっこりと笑いかける。



 「まっさかあ、顔が紅いのはお風呂に入ってるからだよ、()()()()()()()()()()()()()()()?」



 もちろん、そんなわけはないけれど、君が本気で拒絶したらそこでおしまい。だってこれはゲームなのだから。


 「ね、まひるちゃん?」


 これはおふざけ、だからこそ相手を傷つけたり、嫌がることはしてはいけない。


 「え、えと……」


 照れて、真っ赤で今にも泣きだしそうな君のお腹にそっと指を這わせて、おへそのあたりをゆっくりなぞる。君がお母さんのお腹から生まれてきた、その証を、まるで慈しむみたいに。


 「嫌なら、『イヤ』って言わないとダメだよ。『やりすぎ』『ファール』って、そう言ってくれたら、私も止めるから」


 そう、これはお遊び。君のことは決して傷つけない、君が拒むことは何もしない、君が望まないことは絶対しない、そういうゲーム。―――本当に君が望まないなら。


 少しこっちを振り向きかけた君の背中に抱き着いたまま、ゆっくりとお腹に沿わせていた指を少しずつと上になぞっていく。



 下腹から、おへそのほうへ。



 おへそから肋骨の方へ。まひるちゃん、細いから肋骨、普通に触れちゃうね。



 それから、肋骨からそっと指を円を描くようにゆっくりとなぞってく。



 君の敏感な場所をそっと避けるように。



 「ね、まひるちゃん」



 そこは大事な場所の境界線。



 女の子同士だから、間違って触れたり、おふざけで触りあったりすることはあるけれど。



 それでもやっぱり、大事な場所。そうやすやすと誰かに触れさせてはいけない場所。



 少しだけ指を真ん中に寄せていく。肋骨の少し固い感触の中に、ほんのり柔らかな、抵抗のないふんわりとした触感が指に伝わってくる。



 お腹と胸の境界線、まひるちゃんの慎ましくも、でも確かに感じるその場所の膨らみ始めのところ。



 「ひぅ…………!」



 君の声が少しだけ高く響いた。



 お腹の奥がぎゅんって少し熱くなる。息が少しだけ狭まるのを感じる。



 期待と、高揚と、あと罪悪感がじわりと私の頭に滲んでく。



 「ね、まひるちゃん。……こんなとこ触られて、『やりすぎ』じゃないの?」



 ゆっくりと、ゆっくりと、肌の感触一つ一つを確かめるみたいに、その指をゆっくりと上になぞらせていく。彼女の身体の中心にゆっくりと近づいていく。



 「『ファール』は? まひるちゃんは、どこまでがファールなの? ここは大丈夫なの、まだ大丈夫なの? 他の人にもこんなとこまで触らせちゃうの?」



 自分の口が自分のもじゃないみたいに、忙しなく動く、ドクドクと胸の奥から血がどんどん巡ってく。熱い、お風呂場の熱さだけじゃなくて、全身がもう熱い。



 ほんとはもう、全部もみくちゃにしてしまいたい。



 「まひるちゃん、これ、『イヤ』?」



 すっと、君の柔らかなその感触の中に、指を確かに食い込ませて。



 そのまま君の耳元にかじりつくみたいに、口を寄せて囁いた。



 君の身体がびくんと震えて、その振動で座っていた椅子から二人揃って崩れ落ちた。咄嗟にまひるちゃんの頭が床に当たらないように手でかばったけれど、幸い二人とも少し体勢を崩した程度でお風呂場の床にくっついたままへたりこむ。



 でも、その体勢が運悪く、というか、なんというか。



 丁度、私が覆いかぶさるように、まるで君に押し倒すような恰好だった。



 私の腕の下に、君がいて。



 普段、しっかりしてて、私より背が高くって、優しく笑いかけてくれる君が。



 私の腕の下で、顔を真っ赤にして、さっきまで何も気にせず晒していた胸を隠すような格好で、涙目のまま私を見ていた。



 あ、そっか。



 私が―――泣かせたんだ。



 私が触って、私が囁いて、私が迫って。



 こうやって君の頬を羞恥に染めて、君の身体に触れて、君の心を揺さぶったんだ。



 ああ。



 それ。



 なんか。




 

 ―――――()()()()





 ドクンって、耳の奥で心臓が鳴ったみたいな音がして。



 たまたま君に触れていた片方の手が、そのお腹の部分にあったから。



 ぐっとそこに力を入れる、まるでそのまま君の内臓に触れようとするみたいに。



 ぎゅっと押し込んだ、まひるちゃんのお腹の下のその場所は。



 彼女にとって、女の子にとって、大事な部分がその奥に詰まってて。




 きっと、こんな力で押したらちょっと痛いよね。




 そしたら君もさすがに『イヤ』って言うのかな。




 ちゃんと『ダメ』って、突き飛ばして、ちゃんと嫌ってくれるかな。




 それとも―――、もしかして――――。




 眼が熱い。



 顔が熱い。



 身体が熱い。



 胸が熱い。



 お腹が―――熱い。





 「あさひ――――」




 ダメだよ、まひるちゃん、そんな可愛い声で泣かないで。




 「あさひ――――――」




 おかしくなっちゃう、嫌がられるって、嫌われるって、解ってるのに止められないよ。




 「あさひ――――――――――」




 どうしよう、私、このままじゃ―――。




 「あさひ―――()()()()()()!!」




 ―――――あれ?




 ぼたぼたって音がした。




 それから何か、ドロッとした雫が、私の顔からまひるちゃんのお腹に向けて堕ちてった。



 その雫が、真っ赤で、どことなく黒みがかった、その雫が。



 君のお腹に、紅黒い水玉模様を幾つか作って。



 ああ、それもえっちだな、なんて想っている最中。



 ―――同時に私の視界がふらっと揺らいだ。



 浴室の白い壁と同じような、白いもやが私の視界を滲ませて。



 ふっと意識が気づいた頃には視界ごと頭がふらりと揺れていた





 お風呂場の熱気にあてられて、さらに興奮で心拍が上がったから、のぼせて倒れてしまったのだと知るのは、私がお風呂から上がって十分ほど後のこと。




 起きたころには、救急車を呼びかけていた涙目のまひるちゃんにたっぷり、お叱りを頂きまして。





 ちょっと、本気になりすぎて周りが見えてなかったかなと反省する、そんな今日この頃のあさひなのでした。





 夏休みもそろそろ終わりを迎えるそんな頃。





 私はクーラーの真下で寝かされながら、鼻にティッシュを二つ突っ込んで。





 君の膝枕の元、静かに身体と頭を冷やしてた。





 まあ、でも一応、勝ちは勝ちなので。





 あと、一勝。




 そんな風に心の中で数えながら。





 どこか遠く夏空の向こうで、静かに響く風鈴の音と、未だに慌ててる君の声を聞いていた。







 ※





 本日のリザルト

 一応、あさひの勝ち(9勝目)



 愛してるゲームルールその×:お風呂場での愛してるゲームはのぼせる危険があるので、今後は禁止。← new!!

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