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第八話 まひるの場合、夏コミの頃—②

 人。熱。声。お金。本。人。熱。



 そんな情報量の暴力に耐えること、おおよそ三時間程。


 最初期の視界を埋め尽くすような人の波は一旦だけど落ち着いて、今はそこそこの行列程度に収まっている。いや、収まっているっていっていいのか、しらんけど。


 まあでも、さすがに客足も落ち着いてきたから、私とよぞらのコスプレ組二人はちょっと早めに休憩を貰うことになった。


 なにせ夏と人の熱気にプラスで衣装の暑さが余計に体力を奪っていくから。熱中症はまじで洒落にならんから、こういう時の休憩は大事。ゆうと二人で、未経験二人に全力で教え込んで今に至る。


 というわけで、人並みから外れた廊下の隅っこで、よぞらと二人、ペットボトルを口につけながら、ふうと一息ついていた。


 「つっかれたわ……、夏場の稽古よりしんどいかも……」


 「おつかれ、なんか精神力もってかれるよねー」


 廊下の壁の冷たさに身体を預けながら、二人で並んで疲労を吐き出す。さすがのよぞらもいつもはしゃんとしてるのに、珍しく地面にしゃがみこんで深いため息を吐いていた。初コスプレ、初コミ、かつ炎天下、なんだからむしろ体力は持ってるほうだ。さすが剣道部。


 そんな風によぞらを観察していたら、疲れ気味の視線がゆっくりとこっちに向いた。


 「てか、なんでゆうのやつはあんな元気でいられるわけ? 普段は一番体力ないのに……」


 「さあ? 情熱の問題じゃない?」


 まあ、ゆうの場合は情熱と書いて、情熱(性欲)と読むオチな気もするけれど。


 ただ、そう口にはしてみたけど、品行方正な剣道一筋お嬢様にはあまりわからない領域かもなあなんて思った。


 案の定、よぞらは訝しげに首を傾げる。


 ……そう、ゆうとよぞらは言っちゃあなんだけど、正直、似てるとこがほとんどない。


 ゆうのやつは、ガチガチのオタク気質。好きな物のためなら、外聞も恥じらいも全部投げ捨ててそれに注ぎ切る、ゴーイングマイウェイ中二病。


 対してよぞらは、割としっかり者の品行方正なお嬢様。剣道も勉強もストイック。同じ大学に通ってるのには違いないけど、私らの学部とはだいぶ偏差値すら違ってたはずだ。いっちゃあなんだけど、結構住んでた畑が違う。


 そんな二人がなんやかんやとルームシェアして、愛してるゲームなんておふざけを、最低でも10回以上してるらしい。しかも生半可なことじゃ照れないって実証済みなよぞらの方が負けてるし。


 てなるとまあ、普通のやり取りじゃないんだろな、なんて想像はできてしまう。


 「で、実際のとこ、ゆうとはどういう関係なの、セフレ?」


 そうやって冗談で尋ねると、隣でしゃがみこんでいたよぞらが思いっきり咳き込んだ。水を飲んでる途中に聞いたから、気管にでも入ったらしい。


 「…………けほ、ごほ、……あんたね」


 「まあ、だって気になるじゃん? よぞら、全然照れないはずだし」


 今まさに、真っ黒な女王様みたいなドレスを着てるこのよぞらを、どうやったらあのゆうが10回も照れさせられるのか。シンプルに興味は湧いてくる。


 「はあ……まあいいけど、どうせどっかでバレるだろうし」


 「っていうーと?」


 「……()()()()()()


 今度は私が、ぶっと口に含んだ水を噴き出して、そのうえ気管に入ってむせるハメになった。


 多分、今、すごい表情になっているだろうな私。そんな私をよそめに、よぞらは少し頬を染めながら小さく息を吐いていた。頬染めてんの自体、希少な気がするんだけど。


 「けほっ、こほっ、え、……まじ?」


 「……こんなことで嘘ついてどーすんのよ。まあ、別に付き合おうってどっちかが言い出したわけじゃないから、なりゆきだけどね」


 まだ収まりきらない咳を抑えて、どうにか会話をこころみようとするけれど、さっぱり動悸と呼吸は収まらない。まじ?


 「いやでも、そんな素振り全然……」


 「そりゃあ、みんなでいる時と、二人だけの時はわけるでしょ。どうせ、一緒に住んでるから帰ったら二人きりだし」


 そういうよぞらは少し顔を赤らめてこそいるけれど、むしろ口に出してせいせいしたというようにふんと息を吐いていた。なんなら、私の動揺の方が大きい。いや、何がどうなってこんな真反対の二人が付き合うことになるって言うのさ。


 「キャラが正反対過ぎて予想すらしてなかったわ……」


 「じゃあ、さっきの冗談なによ……。ま、別に性格が似てるから付き合うってわけでもないでしょ。っていうか、それ言ったら、あんたもあさひと全然似てないでしょーが」


 そう言うと、よぞらはいつもの藪にらみをかましてくる。


 しかし、うーん、そのカテゴリに私とあさひを含めてもいいものか。


 「いや、別に私とあさひは付き合ってるわけじゃないし……」


 「あー、はいはい、そうだったわね」


 我ながらちょっと言い訳がましくなったと思ったら、すんごい投げやりに流された。くそうさっきまで照れていたのはよぞらのほうだったのに。どうやったら、こんな氷の女王をゆうは照れさせたり出来たんだ……?


 なんて思考をしていたら、よぞらはふっと肩の力を抜いてこっちを見た。


 まるでようやく落ち着いたとでもいうように。


 「どしたん?」


 「別に、なんやかんや口にしてすっきりしただけ」


 「そりゃあ、よかった。ちなみにどっちが攻めなわけ?」


 「ゆうのやつ……って、なに言わせてんのよ」


 「まあ、そこでちゃんとノッテくれるよぞらが好きだよ私は」


 なんて会話をしながら、私は情報を頭の中で整理する。なるほどなあ、よぞらがネコか、しかも、愛してるゲームで負けてるのはよぞらなんだよね。こいつこう見えて意外とへたれ? 氷の女王が? 猪突猛進オタクにたじたじ? …………んー、ゆうの同人誌でそんな展開なかったか。


 なんて益体もないこと考えていたら、よぞらはゆっくり立ち上がって、じっとこちらをねめつけてくる。まるで、なに自分のこと棚に上げて好き放題言ってんだとばかりに。


 「そーいうあんたらはどっちが攻めなの」


 「……ノーコメントで。いや、そもそも付き合ってないし、私らも色々と違いすぎるし……」


 まあ仮にそうなったら、私が主導権を握れないであろうことだけは確定してるけど。


 それにあさひは、太陽とか聖女とかそういうタイプの人だから、私が一方的に慕っているっていうのが感覚的に近いくらいだ。


 ただ、そんな私に、よぞらはふーんと目を細めて、よりジト目でこっちをねめつけてくる。自分だけそうやって逃げるんだとでもいう風に。


 それからスッと私の方に一歩詰めてきた、まるで剣の達人が流れるように間合いを一歩詰めるみたいに。


 「あのね、まひる。誰かと付き合ってわかったことけどさ、人間、やっぱりちょっと違うくらいが、相手にしててちょうどいいのかもよ? ほら、自分にないところにこそ惹かれるって言うでしょ?」


 そしてそのまま細く伸びた人差し指で、私の首筋から頬までそっとなぞってくる。今、女王様のコスプレしてるから、割と雰囲気的に笑えない凄味があるわけだけど。なんか通り過がりの人達もちょっとざわついてるし。


 「だからね、真反対だから、なんてくっつかない理由になんないよ。むしろそっちのほうが、ハマった時が酷いんだから」


 ふっと息遣いが感じられるほど、顔が寄せられる。氷の視線がじっと横目から私の瞳を覗いてくる。


 「ほら、人間ってやっぱ不完全だから、それを埋めるように他人を欲しがるの。自分にないものを持ってる相手だと特にね」


 こいつ……これを素でやってるのかなあ、そりゃあ、女子高で負けなしだろうよ。何より恐ろしいのが、ここまで芝居がかっているのに、凄味のせいで違和感が何もないところだ。


 「ただ、でもね、やっぱり、違うだけじゃあ一緒に居られない気もするかな。違うところと、ちょっと一緒なところがあって、初めて凸凹が噛み合う……みたいな?」


 いい加減、まわりがざわついてきた。撮影スペースでもないのに、カメラをこっそり構えている人たちまで出てきてる。


 「正直、あんたとあさひはあんまり似てない、でも、それでいいんじゃない? そっちの方がむしろ惹かれ合うでしょ、あとは何か少し共有できる部分があればそれでいいんだろーけど……」


 ちょっと顔が熱を帯びるのを感じてく。


 この熱は、暑さのせいか、周囲の目線のせいか、よぞらのせいか、それともあさひのことを言われているからなのか。


 「あんたら、()()()()()()()()()()()()()()()?」


 そう告げた後、よぞらはふっと私から視線を外すと、首筋にあてがっていた手をそっと離した。まるで私をいじるのに、飽きたとでもいうように。


 思わずじっと見返すけれど、頬が熱くて正直それどころじゃない。


 逆にそうやって睨むことで、氷の微笑を反撃のようにもらうだけだった。格の違いを見せつけられているような、おい、ゆう、こんなのどうやって攻略してんだ一体。


 「じゃ、私、先に戻るけど、あんたはもうちょっとゆっくり、顔冷ましてからでいいわよ」


 「………………~~ッ」


 反撃したいけれど、いまいち言葉が返せない。にしても言いたい放題いってくれちゃって、おかしいな、私の方が先に揶揄ってたはずなんだけど。


 なんて思考をしている間に、よぞらは優雅にドレスを翻すと颯爽と足早に元居たブースへと戻っていた。追いかけてやりたかったけど、今は顔が熱いから、それをあさひやゆうに見られるのも恥ずかしくて、うーと独りその場で唸るばかり。


 あー、くそ、あんにゃろう。


 ただそうやっていつまでも独り相撲してても仕方ないので、ふーっと、ため息と他色々が混じった息を吐きながら、どうにかすとんと肩を落とす。


 撮影かと周りに集まっていたカメラ持ちの人たちも、気付けばどこか満足そうに周囲を去っていた。うん、そうしてくれ。


 ただ、そうやってどうにか気を抜いている間に、さっき言われたセリフがリフレインされてくる。


 よぞらの言う通り、あさひと私の性格は結構違う。


 素直なあさひ、ひねくれ者の私。


 前向きなあさひ、後ろ向きな私。


 明るいあさひ、何かと暗い私。


 似てるとこなんてほとんどなくて、それで抱く感情は憧れのそれに近い。


 自分にない物を持ってる誰かをただ妄信的に好いて、あたかも自分がその何かを持っているような錯覚にひたる。


 私が抱いているのは、そういう感情なのはなんとなくわかってる。


 ただ、お互いが真反対なほどに違っていても、すこし共通の部分があれば、それが繋がりになるってよぞらは言っていたけれど。


 あるのかな……そんな部分。


 そうやって考えていると、ふっといつかの窓際で歌っていた光景が、脳裏をよぎった。まあ好きな歌くらいは一緒かもね。いや、仮に相性がよくても、今告白する度胸とかないんだけれど。


 なんて思考してる時点で、乗せられてる。ああ、ダメだな。なんか変な方にばっかり考えちゃう。


 そもそも私ら付き合ってないし、告白するのはリスク高いし、考えても仕方ないっての。


 そう区切りをつけて、軽く息を吐いてから、そっと背伸びをした。


 はあ、ちょっと落ち着いたら、私も戻ろうかな、なんてそんな風に考えてた瞬間だった。


 



 そんなときのことだった。






 「や、真昼、久しぶり」


 「まひちゃーん、おひさ!」





 過去ってやつは、ふとした瞬間に、何の前触れもなく顔を出す。




 

 そっと顔を上げた私の視界に、どことなく懐かしい影が二つあった。



 明るい感じの、ギターケースを背負った、若い男女の二人組。




 え?




 思わず開いた口が塞がらない。




 「『ぱららいず』解散以来だね」


 「一年と半年くらいぶりじゃん、元気してた?」





 そこにいたのは、かつての私の、『ぱららいず』のバンドメンバー。



 佑哉さんと文音さん。



 かつての私の恩人であり、師であり、仲間だった、そんな二人が。



 そこにいた。



 は?



 なんで?

 




 すぐそこで響いてるはずやかましいほどの喧騒が、止まった私の時間の中では、あまりにもかすかにしか聞こえなかった。

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