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第七話 あさひの場合、真夏の頃—①

  なんやかんやと前期試験が終わりを迎え、少しばかりの弛緩した空気と、クーラーの音だけが響き渡るそんな午後。


 まひるちゃんと借りた2LDKのリビングで私はごろんと寝転がる。


 そうしたまま、スマホに映し出された文面を見て、じくじくとお腹に少しの痛みを抱えてた。


 『どうせすることもないでしょ? 夏休みの間、こっちで過ごしたら?』


 今朝届いた、お母さんからのそんなメッセージに私は、未だに既読すらつけないまま、ぼーっと時間を過ごすことしかできずにいる。


 『そっちに居ても、無駄にお金かかるだけでしょう? 電気代とか、食費とか』


 『部活にも入ってないからやることもないし、いっそこっちに戻ってきなさいよ』


 『こっちに帰ってきたら紹介したい男の子がいてね、ほらあなた引っ込み思案だし女子高育ちだから出会いとかなかったでしょ』


 『だから、帰ってきなさいな』


 やんわりと一見優しい言葉に見えるけど、そこに私の自由意思はほとんど勘定されてない。というか、私が何か口答えするなんてことが、ほぼほぼ想定されてない、そんな言葉の羅列。


 実際問題、お金に関しては、私は両親の援助で生活してる。学費も生活費も。生活費だけでも自分で稼いでるまひるちゃんとはえらい違い。


 だから両親の言葉にある程度従うべきだって言うのはわかる。実際、今までそうしてきたし。


 それに私が今、大学のあるこっちの街でやるべきことなんて何もないのは本当だ。大学のレポートとか、自主学習とかしたいことがないわけじゃないけど、別に向こうにいたってできることだし。


 紹介したい人……に関しては、どうなんだろ。実際、私、出会いなんて程遠い人間だったし、将来のことを考えればあってみたほうがいいんだろう、きっと。世間一般ではそれが正しい。 


 だから、私はこの言葉に反抗する権利はない。


 所詮、私はまだ自分でお金の一つも稼いでいない子どもなのだから。


 親の言われた通りにするのが自然…………なのかな。


 もう二十歳になるはずなんだけど。定義的には大人のはずなのにな。


 そんなことを考えていたら、玄関の方でがちゃりと音が鳴った。それから、とすとすと軽い足音の後に、手にレジ袋を提げたまひるちゃんがひょこっと顔を出す。


 口にはピンク色のフラペチーノらしきものが咥えられていて、「ひゃだいま」とちょっとおかしな感じでただいまを告げていた。私は少しおかしくなって、くすっと笑っておかえりを返す。


 「おかえりー、そっか、今日はバイト朝だけだったんだっけ」


 「そーう、夏休みだし稼ぎ時だーって闇雲にシフト突っ込んだら、さすがに働きすぎって店長に怒られてさ。だから今日は半日でおしまい。甘いの買ってきたけどいる?」


 いつも通り、何気なく、気兼ねないルームシェア相手としての会話を交わす。


 「いいの? わあ……色々あるよ? 豪勢だねえ……」


 「あはは、いや、そういえば最近、バイトにかまけすぎてあさひにごはん頼みっぱなしだったから、罪滅ぼし的な……?」


 それから、二人で目を合わせてくすくす笑う。他愛なく。


 「そんなの気にしなくていいのに、むしろ私バイトしてないんだから、自然だよ」


 「つってもそれって、親からバイト禁止令出てるからでしょ? 勉学の邪魔になるからって。生活費くらい自分で稼げってうちの方針とはえらい違いだけど……」


 「そーなの、だからまー、私の方が負担が少なくて当然なので。料理くらいさせてよ。むしろ、人の役に立ってる感じがして楽しいんだよねー」


 そうやって二人で何気ない会話を繰り返す、まるで何ごともないかのように。


 悩むことなんて、惑うことなんて、まるで何もないかのように。



 「ところでさ、あさひ、()()()()()()()?」



 …………してたはずなんだけどなあ。


 あーあって、思わず苦笑いが浮かんでしまう。君はいっつもそうなんだから。


 私が閉じ込めて、封じ込めて、気付かないようにしている時に何気ない風に気が付いて。


 当たり前のように、でもちょっと心配そうな顔で笑いかけてくる。


 「大丈夫?」って、何でもないように。


 これでも結構、隠すことには自信があるはずなんだけどなあ。


 お父さんやお母さんはもちろんのこと、学校の先生にも友達にもよぞらちゃんにも、ちょっと無理したくらいじゃあ気づかれなかった。いつもみたいに、笑ってごまかしていれば、誰にも私の薄暗い部分を知られることなんてなかったのに。


 そして、まひるちゃんは、じっと私の眼を見つめたまま、ゆっくり小さく首を傾げた。


 とても優しい表情で、まるでなんてこともないように。


 私の秘密にさっと気づいちゃって。


 まるで、いつかの高校生の頃みたいにさ。


 あーあ、折角隠しておこうと想ったのに。


 なんで、気付いちゃうのかな。


 そしてなんで私は、君に小さな隠し事がバレるなんて、たったそれだけで。


 こんなに嬉しくなってしまうのだろう。


 ……でも、ちょっと卑怯だけど、気付いてくれないかなあなんて、都合のいい妄想をしていたのも正直な所なのかもしれない。


 うまく言葉にできないけれど、それがどうにか伝わらないかななんて。君に伝わればいいな、なんて、想っていた私がいた。


 でもこれ以上、まひるちゃんに察してもらうだけはちょっと虫がよすぎるよね。


 「ね、まひるちゃん、ちょっとだけ相談していい?」


 「いーよ、どしたん?」


 だから、諦めて口にしましょう。私の悩みを、私の弱さを。


 そういった辛いことは独りで抱え続けていれば、心が淀んで濁ってしまうから。


 いつか君がそう歌っていたように。


 少しだけその苦しみを分け合いましょう。


 何の気なしに話始めた私の言葉を、君はうんうんと頷きながら聞いていた。


 それだけで、たったそれだけ。


 心の奥が少し軽くなったように感じるのは。


 きっと気のせいじゃないんだよ。



 ちょっと話すだけで、あ、こうすればよかったじゃんなんて。あっけなく気づいたりして。


 そうやって、けらけらと笑いながら、ぐちぐちと愚痴りながら、ぷんぷんと怒りながら。


 二人で言葉を交わしてた。


 私の気持ちを、些細な秘密を。


 まるでいつかの頃みたいに。


















 そういえば、こんなに察しのいいまひるちゃんなのに。



 言葉にできない私の悩みすら、簡単に気づいてしまうのに。



 なんで、私の本当の秘密にはちっとも、欠片ほどだって。



 気づくそぶりをみせないんだろうね。



 どうしてかな、なんでかなあ。





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