人生はまじめに考えすぎるとしんどい
一方、自分たちの会話が盗み聞きされているとも露知らず、料理が並べられた卓を挟んでアイザイン達は言葉を交わしていた。
「今回は本当に世話になった。貴女がいなければ、あの工房が生み出す腐海に街が丸ごと飲み込まれていたかもしれない……」
アイザインがエミリアに頭を下げる。
「いえ……私達が出来たのは精々お手伝い程度です。やはりこの街に住む人々自身の力が無ければ、あの大腐海を制することは出来なかったでしょう。それに、最初に私達がこの街におかけしてしまった迷惑を考えれば、あれくらいのことは……」
エミリアの言葉にアイザインは首を振る。
「謙遜しないでくれ。あなた達の功績は、最初の失態を補って余りある」
「そんな……」
エミリアは気恥ずかしそうに俯く。それを横目にアネッサはジョッキを呷る。
「それにあんた、あのバルト―の娘だろう?」
「父をご存知なのですか?」
アイザインの言葉に驚いたエミリアは目を見開く。
「ああ。戦場で何度か相対してな……。あんた、あいつと同じ体術を使ってだろう?それにどこかあいつの面影がある。もしやと思ってな」
「……そうでしたか……」
「よく気が付いたな」
俯くエミリアの横でアネッサは感心しながらジョッキを呷る。
「まあ、それだけ貴女の父親は偉大な男だったということだ……魔族の俺ですら認めるほどにな。そのことを誇りに思うと良い」
そう言ってアイザインは、かつての戦場に思いを馳せるように遠い目をする。
「……そう言っていただけると、父も浮かばれると思います……」
エミリアは目に涙を浮かべる。
「……残された人間が誇りを持つような生き方……か」
エミリア達の話を盗み聞いていたユウは一人そう呟きながらジョッキの中を見る。まだそこそこ残っているジョッキの中のジュースの水面が、わずかに揺れている。
(ユウさん、どうされました?)
(いや、ドゥーマの話抜きにしても、俺はこの世界でどう生きていけばいいかな……と、ちょっと思っただけです)
ルティシアに問われたユウが答える。
(なるほど。まあ、転生してまだ日も浅いですからね。好きなようにじっくり考えたらよいんじゃないですかね)
(他人事な回答だなあ)
(そりゃあいくら転生者であるとは言え、神である私が人間であるユウさんの生き方を強制なんて出来ませんからね。自分の生き方をじっくり考えるもよし、考えずにがむしゃらに突っ走ったり、適当にだらだらするもよしですよ)
(なるほど。当てにしちゃいかんってことだけは分かりました)
ユウは苦笑交じりにルティシアの言葉を飲み込んだ。
ユウとルティシアがそんなやり取りをしていると、エミリア達の会話に動きがあった。
「先の英雄の頂の帰還祭、私は英霊として現世に現れたバルト―将軍と剣を交え、そして勝つことが出来た。たしか、アイザインは将軍に勝つことは一度も出来てなかったはずだよな。これではお前も立つ瀬がないのではないか?」
少ししんみりとしてきた空気を明るくしようとしたのか、アネッサが悪戯っぽく言う。それに応じてアイザインもわざとらしく笑う。
「ふんっ、ぬかせ。お前なんぞまだまだひよっこだ。今度それを分からせてやるよ」
「それは楽しみだ」
そんな二人のやり取りを見てエミリアが笑う。一度少し揺れたエミリアの感情が落ち着いたのを確認し、アイザインが別の話題を切り出す。
「ところでアネッサ。この街に来たのは、ロック・ラドクリフに追いかけられていたあの少年を追いかけてきた……という話だったが、目的はそれだけか?」
切り替えられた話題を振られたアネッサは首を左右に振る。
「いや、元々この街には来る予定だった。最近は世界各地に狂暴化した魔物が現れているのはお前も知っているだろう?私はその件について調査を行っている」
(おっ、本題来たっ!)
二人の会話を盗み聞いていたユウは内心で反応しつつ、素知らぬ顔でパンを齧る。
一方、アネッサの回答にアイザインは腕を組む。
「なるほど……最近、世界各地でそういった事象が起きていることは俺も聞いている」
アイザインの回答にアネッサは頷く。
「流石にお前の耳にも入るか」
「まあな」
そう言うとアイザインは厚切りの焼いた肉をフォークで刺し、口に運ぶ。そして咀嚼した肉をジョッキの酒で流し込む。
「……ただ、現在だとこの地方では特にそう言った事例の報告は来ていないな。中央の魔都ルーテレミダの方では混乱が起きてたとは聞くが、狂暴化した魔物はしばらくしてから姿を消したそうだ」
「そうか……」
アイザインの回答にアネッサは再びジョッキを呷る。そして、飲み干したジョッキを静かに卓の上に置く。
「そこらへんは私やリーシェルトが調べた情報と大体一致する。となると目新しい情報は特に無し……か」
アイザインは後頭部を掻く。
「折角来てくれたのに力になれなくてすまんな」
「いや、気にするな」
アネッサは首を横に振った。
「でも、この近くだけどアイザインの耳には情報が入らない場所がある」
そんな三人の会話に、どこからともなく現れたリーシェルトが割って入る。
「わあっ!?」
「リーシェルト……。お前がいう場所とは……?」
彼女が音もなく現れて会話に割って入ってくるのはもはや慣れっこなのか、驚きの声を上げるエミリアと対照的にアネッサは動ずることなく尋ねる。
「私達エルフの居住地、ナルヨーの森」
そして、アネッサの反応は想定済みだったのか、リーシェルトは淡々と回答した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
皆様の応援が執筆の励みになります。
もしよろしければブックマークや評価ポイント、感想やレビューなどお願いします。
引き続き、この作品をよろしくお願いします。




