運転は信頼出来る人に頼め
「で、あらためて何があったのかというとだな……」
アネッサは改めて語り始める。
「冒険者ギルドが発行した身分証を携帯していたにもかかわらず、一時的に所在不明になったユウの居場所がアンチルイーワだと判明した時のことだ……」
(ああ、ロックさんが飛翔ちんちん乱舞を披露してた時ですか)
(それっぽい技名つけるのやめません?)
ルティシアの発言にユウは思わずツッコむ。
「ふむ、その技名悪くないな。今度使わせてもらおう」
ユウとルティシアの会話にロックがさりげなく割って入る。
(いや、周りの人達も困惑するんだからいきなり会話割って入ってくんなや!)
本来、常人の耳ではとらえることのできない神との交信に当たり前のように割って入ってきたロックに困惑したユウは、ロックの関節を極める力を強める。
「いだだだだだだっ!もっと俺を大事にしろっ!崇めろっ!」
ユウはそんなロックの発言を無視を決め込む。そして、そんな技を極め続けられるロックをリーシェルトは無言でじっと見つめている。その様子からは彼女の感情をうかがい知ることは難しい。
アネッサは一度咳ばらいをしてから話を続ける。
「でだ、長時間運転していて私も疲れてな……。そんな時、彼女が運転の代わりを申し出てくれたのだ」
「はあ」
「しかしだ……。ヴァルクスの操縦桿を握った瞬間……彼女が急に豹変してな……。『私は風』とか『もう誰も私を止められない』とか言いながらすさまじく無茶な操縦であちこちにヴァルクスを走らせて回ってな……」
アネッサの目からハイライトが消え、視線が虚空を漂い始める。
「高速で複雑な地形の森の中を駆け回ったり、地下迷宮をすさまじい速度で爆走したり、断崖絶壁から勢いよく駆け下りたり……。命が幾つあっても足りないような大冒険だったよ……」
そう言うとアネッサは乾いた笑いを浮かべる。
「おおう……」
(ハンドル握ると人格変わるタイプでしたか、彼女)
どう返事をしたものかとユウが悩み、ルティシアが感想を述べていると、アイザインがアネッサに問いを投げかける。
「で、そんな勢いのままに彼女はこの街にそのまま、その神の戦車?とやらを突っ込ませてきた……と、いうことか」
彼の言葉にアネッサは頷き、そして続ける。
「あとの顛末は皆が知っての通りだ」
「この街で爆走して、マチ男君とゴーレム相手に事故って今に至る……と」
ユウの締めにアネッサは頷く。
――そんなやり取りをしていると、魔族の一人が呟く。
「けっ!裏切り者が大層派手な登場してくれたもんだぜ」
(裏切者……そうか、アネッサさんって確か元々魔族領の出身なんだっけ?)
ユウは英雄の頂の一件の後にアネッサから聞いた話を思い出す。なるほど、であるならば魔族の罵声も納得のいくもの……ではあるのだが、その罵声を聞いたところでアネッサの感情が動く気配がない。直後、別の人物が反応し、呟いた魔族へと近づいていく。その人物はアイザインだ。彼は件の魔族の胸倉を片手でつかみ、そのままその身体を宙に持ち上げる。
「おいてめぇ。いつから群れて陰口をたたく情けない存在になり下がった?」
アイザインはそう言って、掴んでいる魔族を睨みつける。
「この俺やあのクソ魔王を敵に回してでも通したい信念、そしてそれを裏付けるような力……お前にはそれがあるのか?」
その目線と言葉を受けて、持ち上げられている魔族は視線をずらす。
「だ、だってよぉ……」
「なんだ……?」
持ち上げられている魔族は奥歯にものが挟まったような物言いをするが、アイザインはにらみを利かせて相手を黙らせる。
(クソ魔王って……)
ユウはアイザインの物言いに少々驚く。
(この世界の魔族は、個人主義者がの集まりで、その上弱肉強食を是とするような種族なんですよ。そんなんだから魔王だって下剋上を常に狙われていたんです)
(よく、そんなんで社会が成り立ってましたね……)
ルティシアから聞いた魔族社会のありさまにユウは唖然とする。
(まあ、それだけ先代の魔王の力が圧倒的だったんですよ。だから弱い魔族や他の種族達を問答無用で奴隷にして農業とか製造業に従事させてたんです)
(おおう……)
ユウがルティシアの解説を聞いて唖然としていると、アネッサがアイザインに声をかける。
「落ち着け、アイザイン。私がこの街で育ちながらも魔族の敵に回ったのは事実だからな」
「馬鹿言え。魔族の価値は己の存在を力で示してこそだ。そしてお前は見事にそれを為した。その力をどこに向けるかなんてのは大した問題じゃない」
「私は魔族じゃないんだがな……」
アネッサはアイザインの言葉に苦笑する。そんな二人のやり取りを聞いていたユウは驚く。
「アネッサさんってこの街出身だったんですか?」
ユウの質問にアネッサが頷く。
「ああ」
「はあ……しかし、なんでまた人間がこの街で?」
そう言いながらユウは周囲をぱっと見回す。この騒動を聞きつけて集まってきた者達の種族はゴブリンやオーク、コボルト等と多種多様だが、人間は見当たらない。一体、このような場所でどういった経緯で人間が幼少期から育つことになったのだろうか?そんなユウの疑問を察したのかアネッサが答える。
「私は赤子の頃にこの街の岸辺に流れ着いたそうだ」
「!?」
ユウはアネッサの回答に驚くと同時に、どうにも相手のデリケートな領分に踏み込んでしまったのではないかと気まずい気分になる。しかし、そんなユウに構わずアイザインは説明を引き取る。
「そしてアネッサはこの街に住んでいたレヴィスという魔族に引き取られたのだ」
「アネッサさんにそんな過去が……」
それを聞いたユウは、アネッサのデリケートな部分に踏み込まないように気を払いつつ質問を改めて投げかける。
「さっき、アイザインさんが『この街には全裸のエルフに気をつけろという教えが受け継がれてる』みたいな話してましたけど……アネッサさんも知ってるんですか、その教え?」
「ああ。私でも知ってるくらいには有名な話だぞ」
ユウの疑問にアネッサは頷く。
「マジっすか……」
軽く驚いてからユウはロックの方を見る。
「あんた、一体何してきたんだよ……。そんなに昔から警句として語り継がれて来るとか……」
ユウはそう言って、自身の下で関節技を決め続けられている全裸のエルフを凝視した。しかし、そのユウの問いに答えたのは別の少女のものであった。
「それにはウチが答えるで!」
そう答えたのは、先ほどまで巨大ゴーレムによってロックと大立ち回りを演じていた少女……チコだった。
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