挨拶の時は一張羅
――アネッサから身分証をもらった翌日、ユウはアルグラントの街の門に来ていた。そのユウの横にはアネッサやエミリア、ティキが立っている。
「ユウにいちゃんとアネッサさん、また旅に出るんだね」
ティキの質問にユウは頷く。
「ああ。ちょっとまあ、調べに行きたいことがあってな」
「そっか、気を付けてね」
ティキの素直な反応にユウとアネッサ、エミリアは互いに顔を見合わせてから笑う。どうやらティキは今回はこっそりついてくる気は無いらしい。そのことからも彼なりに成長していることが感じ取れた。
「何、旅とは言え移動は移動魔法を使う予定だ。そんなに長旅にはならないはずだ。調べものさえ済んだら、少なくともユウは一度こちらに帰らせるつもりだ」
「分かった。ユウ兄ちゃん、おみやげ……期待してるからね」
そんなティキの言葉にユウはわざとらしくにやりと笑う。
「おう、任しときな!」
エミリアはティキとユウのやり取りを穏やかな笑顔で眺めつつも、軽く窘める。
「こらこら、ティキ。ユウさんをそんな困らせてはいけませんよ」
「はーい」
ティキがわざとらしく返事をすると、一同は笑う。
「待たせたわね」
そんなやり取りをしていると、ユウ達に一人の女性が声をかけてくる。そしてアネッサはその人物の名を呼ぶ。
「来たか、リーシェルト」
アネッサに呼ばれてリーシェルトは無言で頷く。そんな彼女の後ろからはルークもついてきていた。
「ルークさん」
「おう」
ユウに声をかけられてルークは片手をあげて応じる。なんでも墓守の村も、神の戦車がアネッサのものとなったことや世界に未知の脅威が現れたことを受けて、村から有能な戦士を情報収集のために外部へ派遣したのだそうだ。
「リーシェルトさんの移動魔法で皆さん、目的地に行かれるのですね」
エミリアに問われてリーシェルトは無言で頷く。
「ああ、私とユウは魔物が狂暴化しているという魔族領のルーレアへ向かう。リーシェルトとルークは私達を魔族領に降ろした後、ルーレア近くのエルフが住むナルヨーの森へ向かう」
アネッサの説明にエミリアは首を傾げる。
「どうしてナルヨーに?」
「アネッサが神の戦車の所有者になったのは良いが、分からないことが多いからな。分解した神の戦車を纏って戦った謎の巨人なんかのことも含めて、長寿のエルフなら何か知っているんじゃないと思って話を聞きに行くつもりだ」
「なるほど」
ルークの説明にエミリアが納得する。
(まあ、エルフに聞いたところで何かが分かるとは思えないんだけどね……)
ヴァルクスが合体できるようになったそもそもの原因の側であるユウは内心苦笑する。
「それにエルフの里長も外界の状況は知りたがっている。そろそろ一度報告が必要」
淡々とルークの説明にリーシェルトが補足する。
――リーシェルトのそんな説明を聞いていると、突如として街の外から轟音が鳴り響く。
「な、なんだぁ!?」
驚いたユウが思わず素っ頓狂な声を上げる。
さらに俄かに街の門の方が騒がしくなる。何やら『捕まえろ!』だの『こいつ、強い!』等の声や、悲鳴が聞こえてくる。
「何者か敵が現れたというのか……!?」
直後、すさまじい風が吹きすさぶ。そして再び街の周辺を警備していたと思われる兵士たちが悲鳴をあげながら吹き飛ばされていく。
『ソイヤッ!ソイヤッ!ソイヤッ!ソイヤッ!』
そして、街の門からにぎやかな掛け声が聞こえてくる。
「……なんだ?」
はっきりと状況を把握しているわけではないが、何やら異様なことが起きていることを察してユウは困惑する。
「はーっはっはっはっはっはっはっ!ひれ伏せ一般ピーポー共!!」
そして、門の方から大きな高笑いと共に一人の男が現れる。
「なっ……!?」
その男の異様な様子にユウ達はは言葉を失う。男は、何やら黒光りしている筋骨隆々なマッチョ達が担いだ神輿の上で大上段に構えて高笑いをしている。
「どういう登場の仕方だよ……」
ユウはそう呟きながら男を観察する。男は中性的な美しい顔立ちをし、そして足元まできれいなきめ細かい金髪を伸ばしている。そして、よく見ると長くてとがった耳を持っている。どうやらエルフらしい。だが、エルフであるということは最早些事であった。何故ならば、その男は……
「しかも……なんで全裸なんだよ」
そう、服を着ていないのである。そして何やら股間が妙に光り輝いており、肝心なところは隠れている。そんな訳の分からない状況ではあるが、ユウの混乱を他所に事態は進んでいく。神輿の上で馬鹿笑いをするエルフを取り押さえようと、増援の兵士たちが現れ、飛び掛かろうとする。
「やれやれ。俺様の美しさに引き寄せられたか……だが済まない。おさわりは厳禁なんだ」
そう言って男は神を掻きあげながら反対の手で指を鳴らす。直後、地面から突如生えてきた土の棒が兵士たちの股間を勢いよく突き上げる。兵士たちは声にならない悲鳴をあげ、その場で股間を抑えてうずくまる。
「あの人は……それにあの魔術……それにあの精霊たちは……」
そう言ってリーシェルトは息を呑む。
一方で、事態が呑み込めないユウはこの得体の知れない訳の分からんエルフと関わり合いになりたくないとぼんやりと考えていた。しかし、その当のエルフを担いだ神輿はどんどんとユウ達の方に近づいてくる。そして、ユウの前に止まると、神輿の上の全裸エルフは片手をあげて声をかけてきた。
「よう、坊主!お前、何やら面白いもんが付いてるな!一つ……いや、二つか?どちらもこの世のものじゃないだろう」
(この者、私達の存在に気が付いているのか……?)
(そんな、この世界のただのエルフが!?)
思いもがけないエルフの言葉にエクスとルティシアは衝撃を受ける。しかし、ユウの口から吐き出された言葉は、そんなエクスやルティシアの驚きとは趣を異にするものであった。
「ふ、不審者が話しかけてきたー!?」
そんなユウのリアクションにアネッサとルークはビクッっと体を震わせる。
「いや、すさまじい戦闘力を誇る不審な人物だぞ」
「っていうかリアクションそれで良いのか!?」
そして二人はユウにツッコミを入れながら、何かがあったら即座に戦闘に移行できるよう武器に手をかけながら身構える。
「いや、だって街中で全裸で堂々としてるなんて騙された王様か芸人か春に出てくる頭のおかしい人かって相場は決まってるんですよ?なんで高笑いしながら全裸なんですか、この人!」
そう言われたエルフはくねくねと得体の知れないポーズをとる。
「俺は美の化身。いや、もはや美そのもの……!その美を布で隠すことは俺自身、そして何よりも美への冒涜!!ゆえに俺は何も着ない!隠さない!」
そしてエルフは天を仰ぐ。
「はは、馬鹿がいる」(なるほど、すごいですね)
(ユウさんが相手のあまりの理解不能さ加減に混乱して本音と建前が逆になってる!?)
ルティシアがとうとう壊れてしまったユウに衝撃を受ける。今まではどんな状況でもツッコんできた男が、とうとう匙を投げてしまっている。
そして、困惑をしているのはルティシア達だけではない。ユウの周囲にいるティキやエミリア達も困惑し、声も出せずにいた。しかし、そんな中でリーシェルトが声を上げる。
「……どうしてここに……師匠」
リーシェルトから発せられた言葉に、その場にいた一同、及びルティシア達も衝撃を受ける。
『師匠!?』
クールで落ち着いた物腰の魔術師エルフの師匠が、目の前にいる得体の知れない全裸のエルフであることが、まったくと言っていいほど信じられない者達が一様に驚きの声を上げた。
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