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身分証はなくすと始末書を書かされる(実話)

 ――英雄の頂でのドタバタから三日後、王都アルグラントに返ってきていたユウは今……早朝から教会で正座をして、エミリアから説教を受けていた。それもこれも、ユウ達がティキを連れ帰った時、突如として行方不明となった弟の心配をし過ぎていたエミリアが、ようやっと安否が確認できた当人に対して感情を爆発させた結果である。

「ユウさん!あなたもついていながらどうしてティキを英雄の頂に連れて行ってしまったのですか!私がどれだけ心配したと……」

 顔を真っ赤にしながら怒るエミリアから数々と浴びせられる怒りの声をユウは黙って受け入れていた。

 その横では、同様に正座で悟りを開いたかのように姉の怒りを受け止めるティキの姿があった。どうやらこの件については怒られても仕方ないとティキは素直に説教を聞き入れているようだ。そう思うと、英雄の頂での経験はそれなりに彼の成長の糧となったらしい。そのことを考えると、この叱られやここ数日の苦労も無駄ではないのだろう……と、ユウは結論付ける。

「がはっ……!やはりだめか……全く、足りんな……」

 そんなユウの横で同様に正座をしているアネッサが血を吐いている。アネッサは何故か足元に棘のついたマットを敷き、自身を痛めつけながら説教を聞いている。しかし、どうやら先の戦いの自爆技で得られた快感には遠く及ばないらしい。そう思うと、先の戦いで大層な苦労をしたことは何だったのかと思いたくもなるが、ユウはとりあえず『自分は悪くない』と思うことで平静を保つことにする。

 気が付くとアネッサとユウの間に地面からモヒカンが生えている。

「そう、いつだってユウの兄貴は……俺達を知らない世界に連れて行ってくれる……新たな扉を開いてくれるんだ……」

 そんな訳の分からない先導者になった覚えのないユウは無言でモヒカンを地面に押し込む。

「アネッサさん……何が足りないんですか……?」

 ユウが得体の知れない何かを地の底に押し込んでいる傍ら、余計なアネッサの独り言を耳にしたエミリアは額に青筋を浮かべながら怒りをさらに燃え上がらせている。

「ああ、エミリア……すまない」

 流石にまずいと思ったのかアネッサもエミリアに謝罪するが、一旦爆発した感情はそう簡単には収まらない。ヒートアップしたエミリアの説教はその後数時間も続くのであった。


「……ふいー……とんでもない目にあったな」

 エミリアの説教から解放された後、罰としてユウは教会の中を掃除させられていた。まあ、それも仕方ないかとユウは一人で教会の中を黙々と掃除を続ける。

(まあ、今回は仕方がないですね。エミリアさんにとってはティキ君は唯一の家族ですからね)

 ぼやいているユウにルティシアが声をかけてくる。

(ですね。まあ、そういった姉の気持ちが分かってなかった子供だったティキも、少しは成長したってことですかね)

(そうだな。そして成長したのは君もだろう、ユウ)

 そして、そんなルティシアへの回答に今度はエクスが応じる。

(……そうですかね?)

 ユウはエクスの賞賛に首を傾げながら、引き続き箒で床を掃く。

(ああ。君は今度は自発的に友人達を……そして友人の成長の機会守る選択をした。その選択をしたことが、君自身の成長、そして我々の新たな力の獲得につながったのだ)

(……ありがとうございます)

 ユウは照れくささを覚えながらもエクスに礼を言い、一旦掃除をする手を止めて懐からクラスカプセルを取り出す。

「……」

 ユウは自身の手の上で不思議な存在感を放つクラスカプセルを見つめる。

(俺たちは新たな力を手に入れました……でも……)

 先の戦いを通して手に入れた力を見つめていると、同時にユウはその戦いで遭遇した新たな脅威のことを思い出す。

(ええ、ヴェンフェルト……彼のことですね?)

 ルティシアに言われてユウは頷く。

(ドゥーマ細胞に汚染されていながらも自我を保っていたあの男……何者なのだろうな)

 エクスの口にした疑問にルティシアがため息を漏らす。

(それが全然分からないんです……)

(分からない?)

 ルティシアの回答にユウは疑問の声を上げる。

(ええ。彼の存在は少なくとも直近までこの世界に存在していませんでした。また、正規のルートでこの世界に転生し、生を受けた者の中に彼は含まれていません)

(勇者サクラの逆……ってコトですか)

(そういうことになります)

(……)

 またも分からないことが出てきたため、世界を管理する神様というのも存外当てにならないなとユウは思いもする。しかし、そのことを直接口に出せばルティシアにどういった面倒な反応をされるか分からないためユウは押し黙ることにした。

(奴の状態を鑑みるに、ドゥーマ細胞を追っていけば再び奴と遭遇する機会が高い。引き続きこの世界で地道な捜索を続けていくほかないだろうな)

(まー、そうなりますか)

 エクスの総括にユウはとりあえず納得する。

(さしあたっては……次の捜索に赴くためにも、とりあえず掃除頑張るとしますか)

 そう自分に言い聞かせ、ユウは再び奮起して掃除に取り掛かる。


「ユウ」


 そんなユウに誰かが声をかけてくる。声の発生元へと目線を向けると、そこにはアネッサが立っていた。アネッサは何かをユウに向けて放り投げる。

「!」

 ユウはアネッサが放り投げた何かを片手で受け取り、そして手にしたそれへと目線を向ける。どうやらアネッサが投げて寄こしたのは宝石が付いたペンダントだった。一体これは何なのか?何のためにアネッサは自分にこれを渡したのか分からずユウは首を傾げる。

「アネッサさん、これは?」

 ユウはアネッサに疑問を投げかける。

「ああ、それは冒険者ギルドが発行した君の身分を保証するアイテムだ。そこの魔法石には、パーティの代表として私が君の身元を保証していることを示す術式が組み込まれている。これさえあれば君は帝都外もある程度自由に移動することが可能となる」

(なるほど、これが身分証明書と通行許可証が一つになったICタグみたいなもんか)

 アネッサの説明を聞きながらとりあえずユウは納得する。

「ありがとうございます」

 ユウが礼をいうとアネッサは首を横に振る。

「いや、これは英雄の頂への荷物運びを手伝ってくれた例だ、大した手間じゃない。それに、こいつがあれば、君もある程度自由にあの得体の知れない敵の情報を探りに旅に気兼ねなくいけるだろう?」

「ええ。ありがとうございます、アネッサさん」

 ユウの礼にアネッサは頷く。

「魔物狂暴化の噂がある地域が現時点で二か所ほどある。いずれも戦士の頂にもでた化け物と関連があると思われる。旅支度を整え次第、我々も近日中にそちらに向かおう」

「わかりました。ありがとうございます」

 ユウはアネッサに頭を下げた。そんなユウの様子にアネッサは軽く笑う。

「ああ、よろしく頼む」

 アネッサは挨拶もそこそこにすますと、部屋を出ていった。そしてアネッサが部屋に出て行った後にユウは気が付く。

「普通に俺の方の旅についてくる気なんですね、あの人」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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