モブキャラのバトルシーンなんて長くてもしょうがない
「勇者サクラ……死んだのか?」
バルトーは目を見開き、驚きの声を上げる。その瞬間、アネッサの胸の奥で小さな期待が膨らむ。
彼は何かを知っているのだろうか。心拍数が僅かに上がるのを感じながら、アネッサは静かに首を横に振った。
「いえ、魔王と相打ちになって行方不明です。だからここに来れば確証が得られるのではと思いまして……」
その言葉にバルトーは深く頷き、真剣な表情で彼女を見つめる。
「なるほど……サクラの霊がこの場に現れるのであれば本当に死んでいる、現れなければ生きている。そうやって確かめることが出来る……そう考えたのか」
「はい。とはいえ、この帰還祭で霊が現れて流暢に会話できるレベルであるとは夢にも思っていませんでしたが……」
アネッサは少し苦笑いを浮かべる。その微笑にはどこか、自分自身の想像力の不足を恥ずかしがっているようにも見えた。
「なるほど」
バルトーは考え込むように髭をいじる。この若者にどのような言葉を返すべきか、考えあぐねているようにも見えた。
「サクラの生死を確かめたいと思っていたのは言い訳で、本当はただこういう祭りの場で自分の感情に整理をつけたかっただけなのかもしれません」
言葉を口にしながら、アネッサは視線を地面に落とした。
「そうか……。まあ、慰霊というものは元々そういうものだからな……」
バルトーは腕を組み、視線を遠くへと投げかける。やがて、深い息を吐きながら言葉を紡いだ。
「お前の事情は分かった。ならば正直に答えよう。ここに確かに勇者サクラの魂はいない。しかし、必ずしもそのことが彼女が生きているということを保証するものではない」
アネッサは顔を上げ、バルトーの言葉を静かに待つ。その背後でユウも、少し緊張した面持ちで二人のやり取りを見守っていた。
「と、言いますと?」
「この祭りは本来、神の戦車の所有者を決めるためのものなのだ。神の戦車がヅォーイの戦士として認めた者の魂が番人となる。そして、生きている戦士の中で、その番人を全て倒した者が神の戦車の所有者として認められ、その力を振るうことが許されるようになるのだ」
「この祭りにそんな意味があったのですか……。と、いうか神の戦車ってそうやって所有権を決める者だったんですね……」
色々と明かされた事実にアネッサも少々理解が追い付いていないのか、間の抜けた顔でため息を漏らす。その反応に、バルトーは苦笑しつつも小さく頷く。
(どういうことなんです?神の戦車の所有者を決めるって)
ユウはルティシアに事情の説明を求める。
(ああ、そういうセキュリティになっているんですよ。神の戦車を悪用されないよう、古代人が信用できる英雄と呼ばれるような人たちの魂を使って、その力を求める者たちを選別するシステムになっているんです)
(……そんな重要な場をこんなトンチキな祭りの催し物にしちゃってるんですか、この村の人たち!?)
ユウは周囲を見回してから思わず脳内で絶叫する。そんなユウにルティシアは明るく能天気に返す。
(逆にまともで重要な継承のための場がこんな楽しいイベントになるから、人間ってのは面白いんだと思いますよ)
(俺の情緒が振り回されなければもっと楽しかったんですがね……)
ユウはため息交じりに返す。しかし、もはやユウのその手の不満も慣れてきたのかルティシアは特に何も言わずにユウを見守っている。
「話を戻そう。勇者サクラは元々、ルートヴィカ王国にいた勇者であって、この国出身の戦士というわけではない。彼女はそのため、死んでいたとしても、この英雄の頂における神の戦車の番人にはなっていない可能性は高いのだ」
「……なるほど。そういうことですか……。つまり相変わらずの生死不明……」
アネッサは思わず考え込む。
「大丈夫か、アネッサ」
その様子を見かねたルークはアネッサに声をかける。しかし、そんなルークにアネッサは意外と落ち着いた声色で言葉を返した。
「……ああ。大丈夫だ」
勇者サクラの魂の現状を知った割には意外と落ち着いた態度のアネッサに、ルークは内心安堵の息を漏らす。
「まあ、とりあえず事情説明も済んだわけだし、そろそろ祭りの開始だ。ほら、見てみろ。観客の人達も待ちわびている」
(たしかに、会場の熱気も最高潮っぽいなあ)
ユウはルークの言葉に同意しながら周囲を見回す。観客席は異様な熱気に包まれ、誰もがこれからの展開に期待を膨らませている様子だ。
「そうだな。アネッサ、ティキを頼む」
「分かりました」
バルトーの言葉に、アネッサは深く頷いた。そして、まだ少し涙ぐんでいるティキをそっと連れ、客席の方へと歩き出す。その後ろをユウが続く。そんなユウの背中に、再びナレーターとしてのテンションを取り戻した村長の声が競技場に響き渡る。
「それでは皆様、お待たせいたしました!これから帰還祭のメインイベント!戦士対英霊!勝ち抜きバトルを始めます!」
村長の声明に呼応し、神殿内に一際大きな歓声が響き渡る。
「おー、おー……すごい盛り上がり……」
ユウは周囲を見回し、その熱狂ぶりに感心しながらアネッサとティキの後に続く。
「とりあえず客席に急いで戻ろう!」
周囲の声にかき消されないよう、大きな声でアネッサが言う。
「わかりました!」
ユウが同意していると、背後で村長が最初のオーダーを紹介する。
「まずは、戦士側の挑戦者……ルーク!!」
挑戦者の挑戦に再び神殿内で歓声が上がる。
「対するは英霊側……」
村長が対戦相手の名前を読み上げる声を横に、ユウはぼんやりと思考する。
(ルークさんかあ。彼どんな戦い方なんだろ)
(まあ、見ればわかりますから席に戻りましょう)
ルティシアとそんなやり取りをしていると、程なくしてユウ達は自分たちが元いた客席にたどり着く。すると、既にユウ達が先ほどまで陣取っていた席にルークが座っている。
「……あれ?ルークさん……今、試合って……」
そんなユウ達にルークは親指を立てて笑顔で応じる。
「負けちまったぜ!」
「早ッ!?」
あまりの展開の速さに、ティキすらも涙が引っ込み、ツッコミに回っていた。




