エビフライにエビを入れ忘れるな(2)
(……)
(……思いっきりドゥーマとの関係疑われてますね、ユウさん)
アネッサが寝静まったのを確認してからルティシアが声をかけてくる。実は転生後初めてのダンジョン突入でテンションが上がっていたユウは、寝付けずにいた。そしてその時に、突如として一人でアネッサが出歩き始めたことに気づき、エクスとの融合によって強化された五感をフル稼働させて、アネッサの動向を追跡していたのだった。そのため、少女との会話も全てユウには筒抜けであった。
(なんで俺に声をかけてきたのかと思ってたけど、そういうわけか……。でもなんで疑われてるんだろ?)
(……謎ですねえ。本人に聞いたら余計疑われそうですし)
(どうしたもんかなあ)
ユウは寝袋の中で人知れずため息を漏らす。そんな彼にエクスも気になった点を述べる。
(彼女が英雄の頂に行く理由もいまだに不明だ)
(うーん、分からないことだらけだなあ)
ユウは寝袋の中でモゾモゾと蠢く。
(まあ、乗りかかった船だしなあ……もういいや、なるようになれだ)
段々と面倒くさくなってきたユウは全てを投げ出し、寝ようとする。
(しかし……良いんでしょうか?)
ルティシアはそんなユウに疑問を投げかける。
(しょうがないじゃないですか)
(いえ、そうではなくて……ここまで全然ギャグが無いんですが)
それを聞いたユウは一度寝袋から飛び出し、そのまま空中で寝袋から頭に入る。そして足先だけを寝袋から飛び出させながら胴体着地しつつ一人叫ぶ。
「エビフライっ!」
それからユウは無言で、またも寝袋から一度飛び出し、足先から寝袋に入りなおす。
(それじゃ、おやすみなさーい)
そう意思を送ると、ユウはそのまま強制的に自身の意識を落とした。
(あ、そんな雑な……)
しかし、そんなルティシアの言葉をユウが最後まで聞くことはなかった。
――夢を見る、何度も同じ場面を。もはや何度目であろうか。
一人の少女が剣を構えて立つ。彼女の構える剣の切っ先の延長線上には禍々しいオーラを放つ巨大な存在が聳え立っていた。地面に這いつくばり、己の力立ち上がることさえもできない自分は、ただただ彼女の背中を、そして彼女が対峙している敵を眺めることしかできない。それは周りにいる仲間達も同様だった。
「私、行くね」
少女の声に確固たる意志を、そして悲痛な覚悟を感じ取った私は止めようと声を出そうと、そして彼女を止めようと手を伸ばす。だが、喉は掠れて声は出ず、伸ばした手は彼女に届かない。
「ごめん……あとは任せたよ」
そう言う少女は振り返らずに半歩、右足を前に踏み出し、腰を低く下す。今、彼女は泣いているのだろうか、それとも笑っているのだろうか。
そんな彼女に向って「待ってくれ」と叫ぼうとしたその時、彼女は目にもとまらぬ速さで巨大な存在へと飛び掛かる。直後、すさまじい光と衝撃が発生する。その光と衝撃の発生源へと向かい手を伸ばし、声にならない声で彼女の名前を叫ぶ。
「サクラッ!!」
気が付くとアネッサは寝袋の中から空に向かって手を伸ばしていた。伸ばした手の先にはまだ明けきっていない薄暗い空が広がっている。
「……夢……か」
そう呟くアネッサの全身は汗でぐっしょりと濡れている。もう、この夢を見るのは何度目だろうか。彼女は伸ばした腕の掌を自身の方へとひっくり返しじっと見つめる。
「今度は守る……約束も……この世界も……だから……」
そう言ってアネッサは手を握りこみ、自身の額に当てる。己の不甲斐なさへの後悔……それを乗り越えて果たさねばならない約束がある。
「行こう」
アネッサは一人つぶやくと、寝袋からはい出した。
「……」
そんな彼女の独り言をユウは寝袋の中で聞いていた。
(女性の寝言の盗み聞きとは感心しませんね)
(たまたま聞こえて目が覚めちゃったんですよ……。超感覚ってのも考えもんですね)
ルティシアに指摘されてバツ悪げにユウは反論する。
(そうか、私のせいで君にデリカシーの無い行動をさせてしまったか。すまない)
エクスの馬鹿正直な謝罪にユウはため息を漏らす。
(や、やりづれ~)
そんな三人のやり取りを他所に、空は徐々に明るくなり始めていた。




