狩り
高速エレベーターに乗るのは2回目だ。
これ、昇るより降りる方が怖いかも。
地面が近づく速さが尋常じゃない。
神原さんが抱き上げてくれていなかったら、もっと怖かったかもしれない。
ゲームは好きだけれど、絶叫マシンは苦手だ。
1階に降りたったあとは、長い連絡通路を抜けて行く。
目的地の中央緑地へは、外へ出るよりこの方が早いらしい。
途中何人かのスタッフや患者さんとすれ違った。
僕らは4人だけど、通り過ぎる人は、神原さんばかりを見てた。
親しげに話しかける人や、驚いた顔でただ立ち尽くし固まるひと。
言葉は全然わからないが、どうやら英語だけではなかったように思う。
神原さんは話しかける誰に対しても、例の声で言葉を返していた。
そう、あの声だ。
容姿や動作はチート級だけど、神原さんて人は、声までが並外れている。
千絵さんは、モロにアイドル級の美少女なんだけど、神原さんと一緒じゃ全然めだたない。
サルラや僕なんか、はなから人数外だ。
「龍ちゃんはねえ、患者さんに素顔見せるの禁止なんだ。以前、交通事故の患者さんがマスクなしの龍ちゃん見て、ありがたや、黒髪の天使様が見える、って、そのまま呼吸止まっちゃって。まあ、蘇生は成功したらしいけど。あはは。」
笑いごとじゃないけど、千絵さんは楽しそうだ。
あの屋上の家、通称ペントハウスから出たのは久しぶりとかで、テンションが尋常じゃない。
僕はまだ体力が戻ってないこともあって、ずっと神原さんに運ばれていた。
小さくて痩せていたけど、それでも大きな太った猫くらいはあっただろうか。
兄さんといい神原さんといい、僕の体重なんかまるでないみたいに軽々と運んでいた。
大人の男性だからそんなもんだろうと思ってたけど、あれは2人が特別だったんだ。特に神原さん。数マイル単位の移動で呼吸の乱れひとつないなんて。
回廊に囲まれた中庭を抜け、僕らは屋外へ出た。
建物と並木の間を縫う舗装道路を何本か横切る。風に揺れる緑の葉。
花壇はとりどりの花に彩られ、どこからか鳥の声も聞こえる。
見上げる空はどこまでも青い。
眩しい陽光。
昨日の曇り空とは違う場所みたいだ。
建物は広大な敷地にゆったりと配置されている。
清掃や樹木、草花なんかの手入れをする人たちの姿もあった。
さっき走って行ったのはスクールバスかな。
もう学校は始まっている時間だったから、子供は乗ってなかったけど。
デリバリーのワゴンや、タコスのキッチンカー、それから自転車に乗った人たちもよく見かけた。
どこからか芝刈り機の低いうなりが聞こえる。
のどかで、平和そのものの光景だ。
東京だと、こんなに開けた場所はそうない。
僕が住んでいた、世田谷の外れあたりは坂道が多く、大通りから一歩入ると細い道が曲がりながら、入り組んだ網目を作っていた。
昔からの住人が住む、狭い敷地の民家が多くて、どこを見ても家や塀、坂なんかで視界が遮られ、遠くを見通すことが出来なかったっけ。
大通りの手前、坂道に面して旧い小学校があった。
母に手を引かれて校門の前を通ったとき、母が僕に言ったことがあった。
大きくなったら、ここに通うんだって。
ここに、通う、ココ、に…?
リフレインする母の声。
何が引き金だったのかは分からないけど、僕は突然のパニックに、全身を鷲掴みにされていた。
フラッシュバック?
その時はそんな言葉を知りもしなかった僕の、首を、胸を、四肢をガッチリ掴んで硬直させる。
見えないその力は、一瞬にして僕から視界を奪い、息を絞り尽くした。
窒息の恐怖。
喘ぐことも出来ず、抗う術も持たず。
だけどその刹那。
「大丈夫よ、茉央くん。」
清涼な一陣の風に似た声が、そっと僕を包んだ。
「大丈夫。ゆっくり息を、そうよ。大丈夫だから。」
千絵さんの声だった。
晴れていく視界。
神原さんは僕を抱いたまま立ち止まっている。
寄り添う千絵さんが、心配そうに僕を見上げていた。
その目元がふっと緩む。
「もう大丈夫。」
彼女は微笑んで続けた。
「びっくりしたよね。私もそんなだったから、少しは分かる。」
千絵さんも?今の、何だったんだろう?
僕の顔は、そのとき、きっと?だらけだったはずだ。
千絵さんは頷いた。
「思い出したくないようなことがあると、今みたいな感じになるの。怪我したことがあるって言ったでしょ。起きられるようになってからも、そんなことがあって。」
千絵さんは言葉を切った。多分、神原さんが目を伏せ顔を背けたからだ。
端正すぎて現実感のない顔に、一瞬浮かんだ表情は、ただ悲痛だった。
僕は、思わず神原さんを抱きしめていた。理由は分からないけど、そうするしかなかったんだ。
ふっと息を吐いて、神原さんは僕を軽く抱き寄せた。
「龍ちゃんの意気地なし。」
突然、千絵さんが言い放つ。
「どうせ、オレ様ドSの人格破綻者なんだから、それらしくすればいいじゃない。今更いい人のフリなんかしたって、周りが振り回されるだけよ。どうしても欲しいものがあるなら、手に入れろって、誰にも遠慮なんてするなって、私に言ったの、龍ちゃんだよね。」
神原さんは無言だ。
いや、口元に浮かんでいるのは微かな苦笑だろうか。
その目は遠い空を見ていた。
漆黒の睫毛はアイラインでも引いたみたいに目元をくっきりと縁取っている。
至近距離だけど、どこにも破綻の見つからない顔。
反対に、神原さんを見上げる千絵さんは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
サルラはというと、完璧な無表情だったけど、内心は焦りまくっていたんじゃないかな。
サルラの表情っていうのは単なるアイコン、あるいは人類-人外インターフェースの一種に過ぎなくて、本当に気になることがあると無表情になるってことを、僕は本能的に理解していた。
「行こか。」
しばらくして、神原さんは、何事もなかったように歩き出した。
ただ、僕を抱いた右手はそのまま、左手はいつのまにか千絵さんの手と繋がれていたけど。
斜め下に見える千絵さんの横顔は、何だかとても幸せそうだ。
道路と歩道をもう3本横切り、僕らは目的地の外れに着いた。
中央緑地、そんな名前から、公園みたいなものを想像してたけど、これはもう森だ。低いフェンスの向こうは鬱蒼とした木々の領域で、ペントハウスの周りの森より暗い。
「サルラ、茉央を頼む。」
神原さんは、僕をそっと地面に下ろし、頭を撫でた。
「龍一さま、お任せ下さい。指揮は、僕で?」
神原さんは頷く。
指揮って、何のこと?
神原さんは、次に千絵さんに向き合って、そのうなじに手を添えた。
少し屈んで彼女に顔を近づける。
「千絵、ええんか、ほんまに?お前が望む世界では、綺麗事では生き残れへん。引き返すなら今のうちや。」
穏やかな口調だが、底光りする鋼のきらめきを帯びたあの声は、ひどく厳粛に響く。状況を理解していなかった僕だけど、背筋に冷たい何かを押し当てられたような感覚は、否定しようもない。
明るい初夏の陽射しが翳り、暖かさが、急速に現実感を失う。
しかし神原さんを見上げた千絵さんの目は、小揺るぎもしなかった。
うなじに添えられた大きな手に、千絵さんの華奢な手がそっと重なった。
神原さんの手を顔の前に引き寄せ、その指先に軽く唇を触れて、彼女は飛び切りの笑顔を見せた。
神原さんは静かに微笑む。
「俺から離れるな。」
言い置いて、森へと伸びる小道へと、最初に足を踏み入れたのは神原さんだった。
長いストライド。
悠然とした歩みだが、足音は殆どしない。躍るような軽い足取りで、千絵さんが続く。
彼女の足元には、いつのまにか小さな蛇たちの姿があった。どれもせいぜい1フィートくらいだろうか。
するすると地を這う動きは滑らかで、まるで本物の蛇みたいだ。
「さあ、行きますよ、マオ。」サルラが軽々と僕を抱き上げる。
「狩りの時間です。」
耳元で囁かれた言葉に悩むヒマもなく、僕らも小道へと足を踏み入れた。
しばらくは何事もなく、僕らは歩みを進めた。
外からは暗く見えた森だったけれど、中は意外と明るい。
小道はよく手入れされていて、下草は刈り整えられている。
所々開けた場所があり、より明るい陽だまりには灌木が茂っていた。
「あの小さい木は、大体食べられる実がなるんですよー。赤とか、紫とか、黄色、白いのもあります。」
のんびりした口調でサルラが解説する。
「今日は赤いラズベリーを採りに来ました。」
「それ、どんな実なの?」
「きれいな赤で、表面はツブツブ。ちょっとでこぼこがあります。生で食べられますけど、すっぱいのと甘いのがありますねー。あ、採るのはどっちでもいいですよ。どうせ料理するのは龍一さまなので。」
神原さんが立ち止まって振り向く。
「どうせって何や、どうせ、って?」
「聞こえました?どっちにしても美味しくなるって意味ですよー。やだなぁ、龍一さま、最近、被害妄想入ってません?失恋でもしましたか?」
「龍ちゃんいま彼女いないから、失恋じゃないわよ、サルラ。でもアル中だし、そろそろ幻覚とか出てきたかもね。あ、それとも、アレかな、固定資産税の呪い!おじいちゃんが亡くなって、相続税は奇跡的に払い切ったけど、龍ちゃんたら固定資産税忘れてて。督促狀来たのに、まだ支払いの目処も立ってないんだよ。ホント、結構抜けたとこあるよね。」
「お、おまえ、なんでそれを?」
「私も相続人だよ。神原の顧問税理士さんから連絡あった。」
神原さんは黙り込んだ。
「え、それじゃまさかのマジなんですか、龍一さま!?」
サルラは本当に驚いた様子だ。
「しっかりして下さいよー!たかが、あーんなちっぽけな国の税金を払えないなんて信じられない…。僕ら、そんな人に捕獲、じゃなくて、リクルートされたんですかぁ?な、情け無い。」
サルラと小蛇たちは、一斉に神原さんを凝視した。
「…お前ら、その目つき何やねん。」
声に力がない。
視線が痛そうだ。
何のことかは分からなかったけど、神原さんが非難されても仕方ない初歩的ミスをしたのは本当らしい。
チートしまくりのラスボス体質かもしれないけど、微妙に残念なひとだ。
「いや、その、俺かて忘れとった訳やないけど、理事会が追加財源を要請してきて、特許が通った分はそっちへ回して、申請中のはまだ時期的に…」
「問答無用。つまり、事実なんですね。」サルラは、ばっさり切って捨てた。
捕獲されたのかリクルートされたのかは知らないけど、雇い主に対して容赦も遠慮もない。神原さんはガックリ肩を落として、ぐうの音も出ないみたい。
まさに、その瞬間だった。
光。
四方から集中する無音の光条。
それは、千絵さんへと収束する。
刹那、辺りに満ちた凶悪な感情が、僕の目をくらませ、息を詰まらせた。
ずっと後になってから、僕はその感情の名前に思い当たる。
それは、殺意。
収束した殺意の光は、無音の爆発とともに四散した。
その中心に千絵さんを捉えたまま。
とても無事では済まない、そのはずだった。
だけど、僕が目を開けた時、そこには神原さんと千絵さんの姿があった。まるで何事もなかったかのような佇まいだ。
ただ、神原さんは片手で千絵さんを抱き寄せ、空いた手には、棒状の金属を握っていた。
あんなもの、どこに持ってたんだろう、と首を傾げた瞬間、再度光が収束した。
今度は2人を目掛けて。
襲撃者達は最初から千絵さんを狙っていたようだが、誰が巻き添えになろうとかまわないらしい。
ただ、必殺を期したであろう追撃は、何の効果もなく四散し、消えた。
周囲に動揺の気配が広がる。
しかし、襲撃者たちに諦める様子は微塵もなかった。
木々の陰から素早く飛来する複数の軌跡。木漏れ日に閃くのは金属の光沢だ。
刃物!?多分、忍者とかが使う、投擲用の武器だ。
僕は息を飲んだ。
数が多い!たが、2人の足元から、白い影が躍り上がる。あの蛇モドキの1個体だと視認するより早く、小気味よく澄んだ金属音が響いた。
神原さん達は身動きひとつしていないが、飛来した武器は、蛇モドキに全て打ち落とされたようだ。
「あれ、この味って。」
耳元に聞こえる淡々とした声はサルラだ。なんだけど、
「サルラ、その顔怖いよ?」
「え、蛇好きでしょ、マオ?」
「好き。でも、人の身体に蛇の頭はちょっと嫌いかも。」
僕を両手で抱いているサルラの頭部は、大蛇のそれだった。
少年の肩からいきなりリアルな蛇の頭が生えている。
あまり気持ちのいい眺めではない。
「そういうもんですか。両手が塞がっていたのでつい。」
つい、何をどうしたと言うんだろう。
大蛇の喉の辺りで、ゴクリ、と、何かを嚥下する音がした。
直後サルラの頭部が人間に戻る。
「龍一さま、致死性の毒です。僕と、マオも狙われました。」
物騒な報告にひとつ頷き、神原さんは冷たい笑みを浮かべる。
「1人も逃すな。」
「御意。」
と、時代劇みたいに答えはしたものの、サルラは動かない。
しかし、周囲のあちこちで、一斉に気配が湧いた。
茂みを揺らす、争いの音。
姿は見えないが、追う者と追われる者の立てる音がひとしきり続く。
「サルラ、何で僕らも狙われたの?」
「証人がいない方が、都合がいいからでしょうね。お妃レースの一環ですから、小さな汚点も残せない。姫の存在を突き止めたってことは、それなりに高度な情報にアクセスできる大貴族とやらでしょうが、最高機密までは手が届かなかったか。いや、まてよ、ひょっとして…」
最後の方は独り言みたいだったけど、つまりは、僕らが邪魔だからついでに殺してしまおうって、ひどく自分勝手な理由だったのはわかった。
そもそも、千絵さんを狙ったのだって同じ発想だ。
悪者って、本当にいるんだな、と、僕はため息をつきたくなる。
逃亡劇はごく短時間で決着した。
どういう方法を取ったかはらからないけど蛇たちは8人の男女を草地の中央へ引き据えた。
実際には、彼らは意思に反して、自身の足で歩いてきてそこに座ったんだけど。
拘束具の類は見当たらないのに、彼らは自由に動くことが出来ない様子だ。
地面に座り込んだまま、敵意を発散させている。
同時に、自分たちに何が起きているか理解出来ない様子で、表情は混乱と恐怖を隠しきれていない。
見たところ、みんなごく普通の大人のひとにしか見えなかったけど、うち2名の服はちょっと変わっていた。
ローブっていうか、長いワンピースみたいな服に、長いマント。
僕だったら、暑くてやってられないだろう。あとの人たちはそこら辺にいる、普通のアメリカ人と変わらない服装だ。
「魔道士と暗器遣いと召喚士、ですか。いやはや、フルコースですねぇ。殺る気満々だ。ムリだけど。」
と、サルラ。日本語だったからか、襲撃者たちは無反応だった。
「カレッラ、尋問は任せます。」
小蛇の一体が、スルスルと立ち上がる。
暗殺者たちは、顔を引き攣らせた。
その表情は、紛れもない恐怖。カレッラと呼ばれた個体は速やかに姿を変える。
人間型は、若い女の人だ。背が高くスラリとしている。長い白髪に、能面のような青白い顔、赤い目と唇。
マーメイドラインというのか、身体にピッタリした黒いドレス姿で、イヤリングやブレスレットを沢山身につけ、ピンヒールを履いていた。
日中の森には場違いないでたち。
サルラよりも非人間的で、どことなく不気味なひとだ。
暗殺者達は慌てて彼女から身を引こうとするが、動けない。
その顔は更なる恐怖に引き攣っている。
彼女は、僕の知らない言葉で話し始めた。英語じゃない。静かで感情のない口調は、尋問、なんだろう。
「何て言ってるの?」
僕はサルラに耳打ちする。
「型通りの質問です。所属、目的、依頼人。まあ、喋りはしないでしょうけど。」それから彼は、襲撃者たちについていろいろ教えてくれた。
最初の音のない爆発は魔法だったこと、それを無効化したのは、神原さんが持ってたあの金属製の短い棒みたいな道具だったこと、飛んできた刃物には猛毒が塗られていたこと。
あの暑苦しい格好の2人は召喚士といって、危険な動物を呼び出し使役する能力を持つこと。
「頑張ってましたが、召喚は初めから無理だったんです。入るときに、森に結界を張りましたから。」
結界。アニメとかでよくあるあれかな。
「危険な動物って、サルラたちみたいな?」
「…怒りますよ、マオ。僕らは伝説の守護者、ヴォイドの深淵を住処とする最高位の神獣です。召喚獣ごときゴミと一緒にしないでください。何ですか、その不審に満ちた目は?」
「野生動物だったんだ。それで神原さんに捕まったんでしょ。」
「う…」
サルラは、ガラス玉みたいな目で僕を見た。
また瞳孔が消えてる。
反論したいけどできない、そんなジレンマを感じた。
僕の言ったことが事実だから、不本意ながら否定しようがないんだろう。
突然。
ひそやかな笑い声が僕をハッとさせた。柔らかだが、温かみのカケラもない含み笑い。なめらかな天鵞絨の響き。
『もう良い。』
頭の中に直接言葉が届く。
紛れもなく神原さんの声だけれど、それは日頃の関西弁どころか、日本語ですらなかった。
『茶番は終わりだ。退け、カレッラ。』
白髪の女の人は、優雅に一礼して傍へ控える。
神原さんは、あの金属棒を暗殺者たちに向けた。
何を?
疑問が意識にのぼるのとほぼ同時に、棒の先端が伸びた。
あれは、剣?
鈍く光る日本刀のような刀身。
明らかな実体だ。
まさか折り畳み式?
それは絶対に無理だろう。
切先は暗殺者の喉もとに触れそうな位置で、ピタリと静止している。
鍔のない抜身の剣。
そんな形の剣は見たことがないけど、自信に満ちた立ち姿から、神原さんが扱いに習熟しているであろうことは想像がつく。
剣を突きつけられた男は真っ青だった。
『お待ち下さい。』
突然、割り込む声は、サルラだ。
神原さんと同じ言葉。
『かような者ども、剣の汚れにしかなりますまい。依頼人にとって、所詮この者らは捨て石。』
あれれ、サルラったら、何だかすごく気取った口調。
まるで時代劇みたい。
これって、サルラじゃないよね。
『ふむ。根拠は?』
と、神原さん。
サマになってはいるけど、そう思って聞くと、こっちも何だかお芝居臭いな。
『は。この者らの体内に、毒が仕込まれてございます。時限式か外部トリガー式かは各々違うようですが。恐らくはこやつら、請負時に生命ごと売り渡されたものかと。従って有益な情報など持ち合わせぬはず。お手を煩わせるまでもなく、雇い主が始末致しましょう。』
神原さんは頷くと、剣を引いた。
どういう仕組みか、刀身は一瞬で消え失せる。
手品みたいだ。
手に残った金属棒は、神原さんがペン回しみたいに1回転させると何処かへ行ってしまった。
やっぱり手品かなあ?
器用な人だ。
暗殺者達は、見えない拘束を解かれるやいなや、驚きの速さで撤収した。
一悶着あるかなと覚悟していたのに。
彼らはなぜかすっかり、戦意を喪失していたらしい。
「ほんとーに大根ね、龍ちゃんとサルラって。」
腕組みしてため息をつく千絵さん。
「そうかて、俺素人やんか。一応プロのお前から見たら大根で普通やろ。なあ、サルラ。」
「そうですとも。大根は龍一さまだけです。」
「おだまり!ああもう、こんなんじゃ、計画が…。龍ちゃん顔だけはいいけど演技一つ出来ないなんて。税金どうしよう。」
再度ため息をつく千絵さん。
「まあまあ。とりあえず、当初の目的に戻らへんか?えーと、ここは毒が付着してるかもしれへんから、場所変えるで。」
ということで、僕らはようやくラズベリー摘みを始めることが出来たんだ。