47 最後の夏休み①
カレンダーは、今日が夏休みの終わりまで残り20日だ、ということを示していた。
その数字がゼロになる日は、この日常の終わりと、同義だった。
陽菜乃は夏休みの間ずっと、叶歩の近くにいることに決めた。叶歩と一緒のベッドで、一番近い場所で叶歩の生を見守っていたかったのだ。
陽菜乃は叶歩の家で、しばらくは以下のような日々を過ごすことになった。
七時ごろ、ベッドから抜け出した陽菜乃は、叶歩の顔に朝日が当たらないようにカーテンの中にもぐりこみ、そっと窓を開けて外の景色を覗く。
家の裏にある川の流れる音を聞きいていると、なんだか穏やかな気持ちになる、気がする。
そうしたまま、青々しい桜並木を眺める。来年、この桜が咲くのを叶歩と一緒に見られないことが、残念でならない。
景色をこころゆくまで嗜んだあとは、ベッドに戻り、叶歩の寝顔を覗き込む。枕に潰されてぺたんこになった栗色の髪をやさしくつまむ。無防備にむにゃむにゃと眠っている叶歩の穏やかな寝顔を見るのが、毎日の幸せになっていた。
八時ごろ、陽菜乃が美咲さんの朝食作りを手伝っていると、叶歩が「おはよー」と言って目を覚ましてくる。
水玉の薄ピンクのパジャマを着た叶歩が歯磨きをしながらソファにもたれかかり、ぼんやりとテレビを眺める。叶歩はそんな、無邪気な色を見せてくれるけど、時々自分の運命を思い出したように深刻な顔をする。そのたびに、痛む。
朝食はシンプルなもので、いつもきまってベーコンエッグと、白米かトーストが出てくる。その隣に味噌汁とヨーグルトと、オレンジ。叶歩はまるでリスのように、朝食をほっぺたいっぱいに詰め込む。喉を詰まらせないか、心配になる。
それから陽菜乃と叶歩は、おでかけをする。叶歩の行きたい場所へ向かって、夏休みの宿題のことも忘れて、一日中遊ぶ。宿題というのは、せいぜい五年よりも後のためにあるもの。今の自分たちには全く必要のないものだとわかっていたので、窓から問題集を放り投げた。
おでかけから帰った後は、叶歩は二人の思い出を日記のように“記録”に書き記していく。
叶歩は「忘れないでね」とか言って、潤んだ目で笑いながらそれを書く。
痛い。
8月12日
夏葉ちゃんと瑞希ちゃんを誘って、プールに行った。ふたりとも、男に戻ってしまうことを嫌に思っていたみたいだけど、それでも残された女の子としての生活を楽しもうと意気込んでいた。ふたりの気持ち、弄んじゃったみたいになっちゃったかな。
あと、水着の陽菜乃ちゃんがやっぱりかわいかった。
8月13日
ふたりで夏祭りに着ていく浴衣を見に行った。いろんな柄があった。百合、椿、桜、朝顔、そして花火柄。けっこう悩んだけど、ボクは朝顔のやつ、陽菜乃ちゃんは桜のやつにした。いちおう試着したけど、おたがいの姿を見るのは当日のお楽しみにしておいた。




