43 叶歩の謝罪
叶歩は街を巡って、クラスメイトの家を一つずつ訪問することにした。
実は叶歩は夏休みの始まる前からいつかみんなに真実を打ち明けるつもりでいたみたいで、クラスメイトの連絡先や住所は一通り調べてあるそうだ。
叶歩が打ち明けるのは、自分のせいでみんなが女子になってしまったこと。そして、夏の終わりともにみんなは男に戻ってしまうこと。
まとめると、性別に関してみんなを引っ掻き回してしまったことに対して謝るということだ。
ところで、叶歩は彼らになんて切り出せばいいのだろうか。
「君たちを女の子にしたのはボクです」なんて正直に言っても、たいていの人間は信じないだろう。もし叶歩の言うことを信じたとしても、お前はおれの人生をどうしてこんなに引っ搔き回してくれたんだ、と怒られてしまうかもしれない。
でも謝るっていうのは、そういうことなのかな。
ちゃんと取り合ってくれるかもわからない恐怖感を抱きながら、いま伝えられることだけを伝える。それで怒られたり嫌われたりしても仕方がなくて、でも暖かく許してくれたら少し救われる。
まぁ、これは救われるための行為じゃなくて、ちょっとでも清々しい結末を迎えるための叶歩なりのやり方なのだろうけど。
まあ実際のところ、陽菜乃は若すぎて謝るってことの本質がよくわからなかった。ただ叶歩がスカっと旅立てるように、精一杯を尽くしてやるつもりでいた。
「ボク、ストレートに話してみるよ。てゆーか、器用じゃないから巧みな話術とか使えないってだけなんだけど」
「うん、いいと思うよ。ちょっとでも叶歩の気持ちが伝わるといいな」
陽菜乃は叶歩の頭から後頭部にかけて、やさしく撫でた。
***
「……ちょっとぐらい、いいだろ?練習だって!」
黒いTシャツを着た、短髪の少女が言った。
「待ってよぅ……だって僕たち、男じゃん……」
淡い青のギンガムチェックを着た、眼鏡の少女が言った。
エアコンの効いた室内で、テーブルにジュースを置いて遊んでいる途中だった。
「そっそうだけど……いまを逃したら、今後いつできるかわかんないだろ!こうやって留守番中にお前がいるタイミングなんてなかなかないしさ」
短髪の少女は、眼鏡の少女の肩を掴み、少しだけ惚けたような顔で正面を見据える。
「ちょっと、本気で言ってるの……?」
「……そうだよ。だって、その……俺たち、こんなにかわいくなったんだぞ?」
「それは……そうだけどさ……」
「だからさ、ほら……」
眼鏡の少女は、少しだけ目を逸らしながら、短髪の少女の肩を掴み返す。そして、ゆっくり手首を曲げるようにして、お互いの距離を少しずつ縮めようとして……
──ぴんぽーん。
間延びした、インターホンの電子音が鳴った。
ふたりはその音が鳴り響いた瞬間、我に返り、慌てて体を離した。
短髪の少女が、手を震えさせて受話器を取る。そのモニターに映っていたのは、陽菜乃と叶歩の姿だった。
「え、えっと……なんで二人がここに?」
短髪の少女は、すこしもじもじとした様子で陽菜乃と叶歩のほうを見やる。それに反応して、陽菜乃は叶歩にアイコンタクトを送り、叶歩は応じてうなずいた。
「えっとね。今日はみんなが女の子になっちゃった原因について伝えに来ました」
ふたりの少女はきょとんとする。
そんなふたりに向かって、叶歩は伝えてもいいことだけを、かいつまんで伝えた。クラスメイトが女子になった原因は、詳しくは話せないが自分のせいであること。そして、夏の終わりにみんなは男に戻るということ。
「だからね、ふたりはもうすぐ元に戻れるの。混乱させちゃったかもしれないけど……ごめんね」
「……本気か?」
「うん。信じてくれないかもしれないけど……でも、聞いてほしかったんだ」
二人の少女は、叶歩の話を聞いて、顔を見合わせる。そして、少しだけ暗い顔をした。
しばらくして、「信じるよ」と眼鏡の少女が言った。短髪の少女も黙ってうなずく。
「怒ってるよね……?」叶歩は、ふたりが俯いてただ床を凝視しているのを見かね、問いかけた。
「いや、その……違うんだ。まだ戻りたくないなって……」
「……え?」
「だから。男に戻りたくないんだよ……こっちの姿のほうがかわいいし……俺、男の時はキモいとか言われてたし……それに、やり残してることもあるし……だから、戻るのが嫌なんだよ……」
叶歩は、少し驚いた様子でふたりを見つめていた。
「やり残してること?」と陽菜乃が聞こうとした瞬間だった。
「ところで、気になったんだけどさ、叶歩ちゃんと陽菜乃ちゃんって、もうちゅーは済ませてあるの?」
眼鏡の少女が突然そんなことを聞くものだから、陽菜乃は引きつった顔で彼女を見た。
短髪の少女も、それを聞いてなぜか焦った様子をしていた。
「……な、なんで急にそんな話になるんだよ!してないわっ!」
「いや、うん。変なこと聞いちゃったかな。でも、もしふたりがちゅーを済ませてるとしても、男に戻ったら普通の友達に戻っちゃうのかなぁ、って思っただけだよ。」
陽菜乃は顔を真っ赤に染める。
「大丈夫だよ。ボクたち、もう性別とか関係なくずっと一緒だからね」
叶歩は、前歯を見せて笑顔を送った。
陽菜乃は、それが本当になればどれだけいいのだろう、と思って切なくなった。
それからも、叶歩と陽菜乃は巡れる限りクラスメイトの家を訪問した。反応は人それぞれだったが、みんな不思議と叶歩の言うことを信じていた。しかし、叶歩に怒ったりする人はいなくて、男に戻ってしまうことに対して哀しい表情を浮かべていた。
「みんな、意外と女子としての生活を気に入ってたみたいだな」
陽菜乃のつぶやきに、叶歩は無言でうなずく。
「……美咲さんには話したのか?」
陽菜乃がそう言うと、叶歩は無言のまま、首を振った。
美咲は叶歩の姉で、小さいときに母親を亡くした叶歩を、大事に育てた大切な人物だ。
叶歩がいなくなってしまうことを、いまのうちに全部話したほうがいいのではないだろうか。
「……言いにくいなら、俺も手伝おうか?」
「うん、そうだね。明日の夕方、言うことにするよ。だから、ひなのちゃんも立ち会ってくれる?」
「もちろん」




