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32 フレンド

 ボクは陽菜乃ちゃんに秘密を隠している。


 その秘密は”悠馬”を守るためのもの。だから絶対に漏らしてはいけないし、漏らした瞬間に悠馬は守れなくなる。


 あと、もうひとつ。僕は陽菜乃ちゃんに好かれてはいけない。厳密に言うと、告白されてはいけない。告白されてしまったら、ボクは大変なことをしてしまったことになるんだ。

 これはぜんぶ、最初から決まっていたことだ。でもその割に、ずいぶんと陽菜乃ちゃんに対して扇動的なアプローチをしてたじゃないかって?


 うん。その通りだね。あの時のボクは完全に調子に乗ってたよ。だって、陽菜乃ちゃんが本気で僕のことを好きになることなんて、ありえないと思ってたから……調子に乗って、恋愛ごっこに入り込みすぎてたんだ。

 陽菜乃ちゃんがボクの手のひらにキスをしたとき「あ、やっちゃったな」って思ったよ。あの時の陽菜乃ちゃんはもう、完全に恋に落ちてる顔だった。ほっぺたが紅くて目もとろんとしてて。本音を言うとすっごくかわいかったし嬉しかった。


 でもボクは絶対に告白されちゃいけないから、あの手を払いのけた。


 ほんと、完全に計算が狂ってたよ。だって陽菜乃ちゃんはボクを男だって知ってるんだ。……いくらボクが『恋愛ごっこ』でたくさんドキドキさせたからといって、まさか本気で男友達のボクのことをすきになるなんて、ほんと……バカだよね。


 だから困ったよ。ボクはこれから、陽菜乃ちゃんの告白を絶対に阻止しなければならないんだ。ちなみにボクが告白されると困る理由については、まだ秘密だ。一つだけ言えることは、悠馬を守るためだ。


 ボクは陽菜乃ちゃんからの告白を阻止するために、いろいろと工作することがあった。


 ・陽菜乃に対して冷たい態度を取る

 ・ボクの近くに君を配置し、恋愛関係を匂わせる


 え?やり方が甘いじゃないかって?うん、そうだね。ヒメちゃんの言う通りだよ。本当に告白を阻止したいのならば、陽菜乃ちゃんのほっぺたを平手打ちしてそれから唾でも吐きかけて、サイテーに嫌われて、友達なんて辞めちゃえばいいかもね。


 僕だって最初はそうするのを考えたよ?でもさ、できるわけないじゃん。だってさ……あのかわいい陽菜乃ちゃんにだよ?そりゃ無理でしょ。ボクはヒメちゃんみたいに、演技でも陽菜乃ちゃんにひどいこと言ったりできないんだ。だからあの時も……演技と分かってたのに、見過ごせなかった。

 それどころか僕は、こんな状況になってもまだ陽菜乃ちゃんと友達として遊ぼうとしてるし、友達として遊ぶための工作なんてしてるんだ。ほんとうにボクってバカだね。


 結局は全部、ボクのワガママってわけだね。うん。ヒメちゃんもこんなボクのワガママに付き合ってくれてありがと。


 ──うん。もうほとんど時間が残されてないなら、陽菜乃ちゃんと友達として過ごしたいからね。



 だからさ、あれを見せられた時はびっくりしたよ。






 ***

『陽菜乃は、叶歩の友達を辞める』


 その文章が書かれた紙切れを見た時、叶歩の背筋が凍った。

 叶歩がまだ小さい時に母親がいなくなってしまった時のあの喪失感を、陽菜乃に重ねてしまったのだ。

 自分が冷たい態度を取ってしまったせいで、陽菜乃が離れていってしまうのではないか。そんな考えが叶歩の首を絞めているようだった。


「どうしてっ!嫌だよ!そんな条件出すなら、ルールブックなんて全部なかったことにする!」

「無駄だよ。ルールブックがなかったとしても俺は叶歩の友達を辞める。でもね、俺は叶歩の前から離れるってわけじゃないんだ」


 陽菜乃は悪そうな眼差しを浮かべて言った。


「どういうこと?」

「俺はな、お金が欲しいんだよ」

「おかね?」

「言っただろ?『友情レンタルサービス』を始めるって」


 陽菜乃は一歩前に出ると、叶歩に向かって『友情レンタルサービス』の説明をつらつらと語り始めた。叶歩は一気に浴びせられる情報量に混乱しながらも、それを聞き続ける。そして陽菜乃が言うには、どうもこういう要件らしい。


 ・叶歩がお金を払えば、陽菜乃は一定時間『レンタル友達』として接する

 ・『レンタル友達』としての設定や人格は、叶歩が自由に指定することができ、陽菜乃はその通りの友人を演じる

 ・ただし『レンタル友達』としての設定、人格は陽菜乃本来の物ではなく、叶歩が新しく考えた人格でなければいけない

 ・料金は1時間あたり100円


 叶歩はその悪どいビジネスのような説明を聞くうちに冷静さを取り戻してきて、ほっと息をついた。


(なんだ。これ演技だな)


 陽菜乃は『お金が足りない』ことを理由に、まるで悪人を演じるかのようにこのサービスを始めると言っていた。しかし冷静に考えれば叶歩の住んでいる地域の最低賃金は時給1000円くらいだ。中学生だからとはいえ、『1時間あたり100円』という料金設定は、叶歩が裕福な生まれであることを考えると陽菜乃の良心や遠慮が垣間見えていると言わざるを得ない。


  陽菜乃の考えていることはよくわからないが、本気で友達をやめようってわけではないみたいだ。きっとこれを通じてボクを引っかけようとしているに違いない。なにか意図があるんだ。


 それにしてもボクがお金で陽菜乃ちゃんを買うなんて……ずいぶんと安く見られたもんだ、いや、この場合安いのは陽菜乃ちゃんのほうか?1時間100円なんて、冷静に考えたら吹き出してしまいそうだ。あんなに悪どい顔で「俺はお金が欲しいんだよ」なんて言ってたけど、コンビニのアイスよりも安いじゃないか。悪だくみなんて一度もやったことがないのだろう。


(しかたない。陽菜乃ちゃんが何を考えてるかわからないけど、乗ってやろう。演技には演技で返すんだ)


 叶歩は笑うのを堪えながら、神妙な面持ちで「どういうつもり?」と言う。すると陽菜乃は、さらに悪そうな顔をして、しどろもどろ気味にそう言った。


「ふふふ、叶歩に直接言うことはもうない。ただ、俺はそのルールブックに書いてあることには全て従う。そういうことだ」


(ルールブック?)

 そう言われて、叶歩は右手に握っていた紙切れを凝視した。表面には叶歩から陽菜乃に対する命令、裏面には陽菜乃から叶歩に対する命令が書いてある。……そういえば。陽菜乃ちゃんはたしか、もうひとつボクに命令してたんだっけ。


 叶歩は紙切れを両手で持ち、もう一度<ルール>を読み直した。


『もし叶歩がほんとうに辛くなったら、ルールだとか信念だとかめんどくさいことはぜんぶ忘れて、陽菜乃を頼らなければいけない』


(……なるほど)


 要するに、陽菜乃ちゃんの狙いはこれだ。ボクがあんまりにも秘密の事を話さないから、陽菜乃ちゃんは自分を頼ってほしくなったんだ。ボクが陽菜乃ちゃんを頼るなら、<ルール>は忘れてもいいということだ。


 つまり、『友達をやめる』というルールを忘れたければ、ボクの信念を捨てて、陽菜乃ちゃんを頼らなきゃいけない、ということだ。ボクが『レンタル友情』を振舞われ続ける辛さに耐えきれなくなって、ルールを放棄し、陽菜乃に全てを話すことを望んでいるのだろう。


(……ほんと、優しいなぁ。でも、ちょっと料金が安すぎるよ)



 叶歩は少しだけ俯いて目をこすりながら「友情、買うよ」と言った。



読んでいただきありがとうございます。作者です。

今話から第三章となります。叶歩ちゃん視点でふたりの関係について書いていくので応援よろしくです。

あと、陽菜乃ちゃんがかわいい展開もまだ用意してるので、楽しみにしてください……(笑)


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