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46話 ……好きです


「はぁ……はぁ……」



 ジョシュア殿下の部屋の前に着いた私は、とりあえず息を整えようと胸に手を当てた。

 ドキドキドキ……と速まる鼓動は、走ったせいなのか緊張しているからなのか。




 この部屋に来るの……初めてだわ。




 ジョシュア殿下は毎日遅れることなく執務室にやってくるし、体調が悪かったりする場合も様子を見にいくのはトユン事務官の役目だった。

 ここで長年働いているけれど、直接来るのは初めてだ。




 殿下、起きてるかしら?




 小さくノックをしてみて、返事がなければ戻ろう。

 そう思い、震える手になんとか力を入れてノックしようと腕を振ったとき……その手は扉に当たることなくスカッと空振りをした。




 え!?




 ちょうどノックをしようとしたタイミングで、中から扉が開けられたのだ。

 その隙間から見えたのは、私以上に驚いた顔をしたジョシュア殿下だ。



「……セアラ!?」


「で、殿下」



 毎日会っていた人だというのに、殿下の顔を見た瞬間に自分の顔が赤くなったのがわかった。

 体に熱がこもり、さっきよりもさらに鼓動が速くなっている。



「何やってるんだ? なんでここに……」



 少しは寝ることができたのか、朝よりも顔がスッキリしたように見えてホッとひと安心する。




 さっきよりも体調が良さそうだわ。

 よかった……。

 じゃあ遠慮なくお話ししてもいいわよね?

 



「あの、私……殿下にお話があって」


「!」



 そう伝えると、なぜかジョシュア殿下の顔が険しく歪んだ。

 まるで私の話を聞きたくないと言われているようで、覚悟が薄れてしまいそうになる。




 え? 何、この顔……。




「……とりあえず、部屋に入って」


「は、はい」



 元気のなくなった殿下は、俯き気味に扉を開けて私を中に入れてくれた。

 初めて入る殿下の部屋に緊張しつつ、迷惑だったのかと不安に襲われる。



「話って、昨日のこと?」



 私を見ないようにしているのか、顔を横に向けたままの殿下がぶっきらぼうに聞いてきた。




 昨日?

 

 


「昨日のこととは?」


「……フレッド殿下に会って、求婚されたんだろ」


「!」




 知ってたの?




 親にも話していないのに、なぜジョシュア殿下が知っているのか。

 その答えはわからないけれど、殿下が今私から顔をそらしている理由や、寝不足だった理由がわかった気がした。




 やっぱり私のことで寝不足だったの……?

 



「……はい。されました」


「ルイア王国に行くのか?」


「行っていいんですか?」


「……お前が行きたいなら」



 ジョシュア殿下はさらに私から顔を背けるように、プイッと後ろを向く。

 行ってもいいという答えにムッとして、私は口を尖らせた。




 そこはダメとは言わないのね。

 今まで散々邪魔してたくせに。

 



「……行きませんよ。私にはこの国に初恋の人がいますから」


「!? 初恋の人!?」



 予想外すぎる返答だったのか、殿下はグルッと顔をこちらに向けた。

 


「はい。その人が好きなので、フレッド殿下の求婚はお断りしました」


「…………」



 ジョシュア殿下は喜んでいいのかよくわからない様子で、困惑の表情をしている。

 いつも余裕ありそうに笑っている殿下が、こんな表情をするのはめずらしい。



「……セアラにそんな相手がいるなんて、聞いたことないけど」


「今まで誰にも話していませんでしたから」


「なんで今になって? その男と会ったのか?」


「はい。毎日会っていました」


「!?」



 不可解そうに、殿下が眉をくねらせた。

 自分の知っている情報と私の言葉が一致しなさすぎて、軽いパニックになっているように見える。


 平然を装っているけれど、私だって実は心臓がバクバクと激しくて息が苦しい。




 ……言わなくちゃ。




「……このブローチをくれた人。それが、私の好きな人です」


「…………え?」



 襟についたブローチに触れながら、ニコッと笑顔を作る。

 声が少し震えていたことに、殿下は気づいていなそうだ。口をポカンと開けたまま固まっている。



「あの男の子は、ジョシュア殿下だったんですよね?」


「……なんで、知って……え?」



 殿下はゴチャゴチャな頭の中を整理するかのように、右手で髪をかき上げて頭を押さえた。

 今までの会話などを振り返っているのか、焦点が合っていない。



「あれが俺だと知っているのか……?」


「はい」


「そのブローチをあげたのが俺だってことも?」


「はい」


「……なら、さっき言った好きな人っていうのは……」



 ジョシュア殿下がその事実に気づくまでの間、私はカタカタと震える手を必死に握りしめていた。

 こんなにも緊張するのは人生で初かもしれない。

 何かひどいことを言われたわけではないのに、なぜか無性に泣きたくなる。



「……ジョシュア殿下のことです。私、ジョシュア殿下が……」



 あまりの緊張で言葉がうまく出てこない。

 喉がカラカラに渇いていて、声すら出せないように思えてくる。

 



 がんばるのよ、セアラ!




「…………好きです」



 ギュッと目を瞑り、掠れるような声でなんとか絞り出す。

 静かな部屋なのできっと殿下にも聞こえたと思うけど、怖くて殿下の顔を見ることができない。




 どうしよう……!

 人に好意を伝えるのって、こんなにも怖いものだったのね……!

 反応を見るのが怖い。今すぐにでも逃げ出したいわ。




 ジョシュア殿下は今まで何度こんな気持ちになったんだろう。

 そんなことを考えていると、いきなり殿下に手を握られた。大きくて温かい手に包まれて、手の震えがピタリと止まる。



「……殿下」


「今の……本当か?」


「…………」


「本当に? 冗談じゃなく?」



 どこか懇願するように、真剣に私を見つめるジョシュア殿下。

 心なしか、殿下の声も少し震えているように聞こえた。



「……私はこんな冗談を言いませんよ」


「…………俺だって言わないけど」


「そう、みたいですね」


「そうみたいって……俺がセアラのこと本気で好きだって、やっとわかってくれたってこと?」


「う……はい」




 ハッキリそう聞かれると、肯定するのも恥ずかしいわ。




 気まずそうに返事をした私を見て、ジョシュア殿下がクスッと笑う。

 久々に殿下の笑った顔を見た気がして、なぜか涙が出そうになった。



「遅すぎ」


「……すみません」



 そう小さく文句を言うなり、ジョシュア殿下は私の手を引いて優しく抱きしめてきた。

 頭を撫でるように支えられて、殿下の頬と私の頬がそっと触れ合う。

 言葉にしなくても、殿下からの愛情が伝わってくるような気がした。


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