42話 ジョシュア視点④
セアラが俺の秘書官になる……そんな喜びを噛みしめていると、オリバーが束になった書類にペンを走らせながらいろいろと確認をしてきた。
「セアラ嬢は今12歳なので、学園を卒業して王宮に来るまであと6年はかかります。アイリス嬢は2年後の予定だったので、秘書官がつくまで4年延びてしまいましたね」
「別にかまわない。それまでは、来年事務官となるオリバーの孫にがんばってもらうしかないな」
「トユンですか。さすがにトユンだけでは心許ないので、セアラ嬢が来るまでは私がトユンを支えてがんばりましょう」
「……悪いな」
「とんでもございません」
オリバーはアイリス嬢が入った1年後に辞める予定だったが、その期間を3年延ばしてくれた。
俺のワガママな行動のせいだというのに、どこか嬉しそうに見えたのは俺の気のせいなのか。
……オリバーも進んでセアラを秘書官にしようとしてるような気がするんだけど……まさかな。
セアラが古い教会で会った女の子だということを、俺はオリバーには話していない。
俺が秘書官を別の人に……と言ったのだって『アイリス嬢を気に入らなかったのか?』と思っても不思議ではないのに、なぜか『セアラ嬢を代わりに』という意図で動いてくれていた気がする。
まあ、どうでもいいか。
セアラが俺の秘書官になるのであれば、他の細かいことは気にしない。
「あ。殿下。セアラ嬢の入学する学園ですが、アイリス嬢と同じでよろしいでしょうか?」
ピクッ
オリバーの質問に、俺は瞬時に反応する。
ついさっき他の細かいことは気にしないと自分で思ったばかりだというのに、前言撤回だ。
「そこはたしか共学だったな?」
「はい」
「却下だ。女学園を指定しろ」
「かしこまりました」
オリバーがスラスラと書類に書き込んでいく。
ついでに……と、俺は他の要求も一緒に伝えた。
「それから、アイリス嬢と同じようにセアラ嬢にも急に断られたら困るからな。セアラ嬢にはしばらく婚約者は作らせないよう、バークリー家に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
「あと……これはまだ先の話だが、実際に秘書官として働く際に華やかな服など着られても困るからな。目立ちにくい、地味な秘書官用の制服をデザインしておいてくれ」
「かしこまりました」
俺のどうでもいいような要求にも、反対することもなく素直に受け入れるオリバー。
深く追及してこないところも助かる。
あと6年か……。
こうして、俺は見事にセアラと一緒に働ける環境を整えた。
女学園を卒業して、セアラが王宮にやってきた日のことはよく覚えている。
大勢の国民の前に立つときよりも、他国の王様に会うときよりも、たった1人の女性に会うこの日のほうが緊張していた。
セアラは俺があの少年だとは知らないだろう。
黄金の瞳も見えないようにしていたし、髪の色だって黒かった。
きっと俺のことは噂通りに優しく爽やかな王子だと思っているはずだ。
……だが、セアラの前で爽やか王子を演じるつもりはない。
俺が本性を見せたら驚くだろう。
幻滅するかもしれない。嫌われるかもしれない。
でも、セアラには本当の俺を見てほしい。知ってほしい。
こんな俺を受け入れてほしい。
セアラの待つ部屋に入ると、秘書官の制服を着たセアラが姿勢良く立っていた。
俺を見て慌てて頭を下げている。
「セアラ・バークリーと申します」
「ああ。よろしくね。セアラ秘書官」
最初は笑顔で挨拶を交わし、2人で話したいからと言って使用人たちを部屋から追い出す。
緊張しつつも微笑んでいるセアラに向かって、俺はニコッと笑いかけた。
「やっと会えて嬉しいよ」
「えっ」
セアラの頬が赤く染まり、綺麗な紫色の瞳が俺を見つめる。
そんなセアラに鼓動を乱されたが、なんとか顔には出さないように平静を装って見つめ返す。
「執事が辞めて、事務官1人で大変だったんだ。今後はセアラにもたくさん仕事を振るからね。がんばってついてきて」
「セ、アラ……?」
「ああ。それから、大事なことを伝えないとね。『俺の言うことは絶対』だから。どんな要望も叶えて、俺の言ったことはすぐに実行する。わかった?」
「え……え……?」
表情はそのままなので、笑顔で穏やかな口調とそのセリフのギャップに驚いている様子だ。
聞き間違い? とでも言いたげな丸い目が、俺をジッと見ている。
……可愛いな。
吹き出しそうになるのをこらえて、俺は声を低くして少し圧を加えた。
「……わかったか? って聞いてるんだが」
「!! は……はいっ」
セアラの頬に浮かんでいた赤みは完全に消えて、今では真っ青になっている。
半泣き状態のセアラを見て、俺は満足してニヤッと笑った。
セアラの前では無理に笑わなくていいと思っていたのに、嬉しさが顔に出て自然に笑顔になってしまう。
だが、これも本当の俺の姿なのだから問題はないだろう。
地獄に来てしまったとでもいうような表情をしているセアラと違い、俺はウキウキと高鳴る気持ちでいっぱいだった。




