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41話 ジョシュア視点③


 オリバーは心底悲しそうな顔をして、俺に頭を下げている。



 

 もう教会に行けない……?

 



「……なぜだ?」


「ジョシュア殿下が変装して街に出ている……そんな噂が立っているのです」


「!」



 詳しく話を聞くと、あのブローチを買ったときによく見ようと前髪を少しかき上げてしまったのが原因らしい。

 誰も周りにいないと思っていたが、店員が俺の黄金の瞳を見てしまったようだ。


 病気でふせっているはずの王子がお忍びで街に出ていたと、あっという間に噂が広まったらしい。



「申し訳ございません。殿下」


「いや。……注意が欠けていたのは俺だ」


「殿下がいるかもしれないという噂がある以上、もうあの街へは行けません。あの教会にも……」


「……そうか」



 俺は拳をギュッと握りしめ、なんとか暴れたくなる衝動を抑えた。


 もう教会へは行けない。

 もうあの女の子には会えない。

 一緒にお菓子を食べようと言ったあの約束も、もう守れない。



「…………ブローチ」


「はい」


「あのブローチを、教会に持っていくことはできるか?」


「……殿下は行けませんが、私だけなら行けます。いつもお二人が座っているあの椅子に、置いておきましょう」


「頼んだ」



 机の上に置いてあったブローチをオリバーに手渡し、俺はベッドに向かった。



「手紙などはよろしいのですか?」


「……ああ」



 どうせ、俺の正体を打ち明けることはできないのだから意味がない。



「左様ですか。……では、すぐに行って参ります」


「…………」



 オリバーが出ていき、部屋がシーーンと静まり返る。

 まるで俺の心の中のようだ。




 本当にもう会えないのか……?

 あの女の子はいったい誰だったんだ? 名前くらい、聞いておけばよかった。




 どんどん落ち込んでいく真っ黒な心。

 その心に、突然一筋の光が差した。




 ……待て。あの女の子は貴族だった。

 ということは、これから先パーティーやイベントで会うことがあるんじゃないのか?




 今はまだ幼くて、貴族のパーティーにも参加できない年齢だ。

 しかし、デビュタントを迎えれば会う機会も必ずあるはずだ。


 ……俺が王子として今まで通り過ごせたら。



「ははっ。あんなに嫌がっていた『王子』を、自分からまたやろうと思うなんてな」



 単純すぎて自分で自分をバカにしてしまう。

 でも、心はやけにスッキリしていた。




 これで父や姉……それに、オリバーも少しは安心するかな。




 こうして俺は、今まで通りに爽やか完璧王子として人前に出るようになった。

 いつかまたあの女の子に会えたときに、堂々と挨拶ができるように。




 そんな俺がその女の子──セアラと再び出会ったのは、それから6年後。

 13歳の頃だ。


 父に俺の秘書官となるアイリス・バークリーに挨拶しておけという命を受けて、俺はバークリー公爵家を訪れた。


 なぜ王宮に呼ばずこちらが出向くのかは謎だったが、行けと言われたならそれに従うしかない。


 たいして興味もない人物への挨拶は面倒だったが、俺はいつも通りの笑顔を作ってアイリス嬢とその両親に挨拶をした。

 長居するつもりもなくすぐに帰ろうとしたとき、俺の視界に1人の少女が入ってきた。



「……!?」



 少し離れた場所からこっそりこちらを見ている少女。

 おそらくアイリス嬢の妹と思われるその少女が、6年前古い教会で会っていたあの女の子だったからだ。




 なぜあの子がここに……!?

 バークリー家の娘だったのか!?




 突然笑顔の消えた俺を見て不安になったのか、バークリー夫人が心配そうに俺の名前を呼んだ。



「ジョシュア殿下? どうかされましたか?」


「あっ……いえ。あの、あちらにいるお嬢さんはアイリス嬢の妹さんでしょうか?」


「え? あら。セアラったら」



 バークリー夫人が振り返ると、少女は慌てて顔を隠していた。

 クスクス笑いながらアイリス嬢が母親の代わりに答えてくれる。



「はい。妹のセアラです」


「そうですか」




 ……セアラ。それがあの子の名前か。




 そのあとは、アイリス嬢たちとどんな会話をしたのか覚えていない。

 俺の頭の中はセアラのことでいっぱいになっていて、適当に話を合わせていた気がする。


 そう。このとき、俺の頭の中では『どうやってセアラを俺の秘書官にするか』という考えでいっぱいだったのだ。






「オリバー。秘書官を別の者にすることは可能か?」


「可能でございます。例えば、秘書官候補だった者が結婚をされたり、何か罪を犯したり、辞退した場合です」


「結婚、犯罪、辞退か……」


「ちなみに、アイリス嬢は真面目で学園での成績も優秀だと聞いておりますので、罪を犯したり辞退する可能性は少ないでしょう」




 それなら結婚しかないのか。




 突然こんな質問をした俺に理由を聞くこともせず、オリバーは黙って俺を見守っている。

 まるで最初からこの質問をされるとわかっていたかのようだ。



「アイリス嬢に婚約者は?」


「おりません」


「……たしか、この前会ったルイア王国の第2王子が婚約者候補を選定していたな?」


「はい。事業の手伝いのできる優秀な女性を求めておりました」




 あの王子は人柄も良く国民からの支持もあるお方だ。

 結婚相手として申し分ないだろう。



 

「アイリス嬢を推薦しておいてくれ」


「かしこまりました」




 これで、ルイア王国からバークリー公爵家へ連絡がいくだろう。

 こんなにいい縁談を断るとは思えない。

 第2王子だって、アイリス嬢は理想的な相手のはずだ。

 

 もしアイリス嬢が拒否したり、婚約者として選ばれなかったなら別の案を考えよう。




 それから数週間後、バークリー家からアイリス嬢が求婚されたとの報告がきた。

 こちらのことは気にせず、アイリス嬢の幸せを第一に考えてくださいと返事をしたところ、大変喜ばれた。


 そして、「代わりに妹のセアラを秘書官に」という言葉をもらえた。




 セアラが。あの子が俺の秘書官になる。

 また一緒にいられる。話ができる。……毎日会うことができるんだ。


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