40話 ジョシュア視点②
オリバーは俺に気を使ってくれているのか、教会の中には入ってこなかった。
しかし、割れた窓からオリバーの頭が少しだけ見えているので、近くで待機しているようだ。
人のいない教会って、こんなに静かなんだな……。
ボロボロに破けた絵画を見ながらそんなことを考えていると、突然ガチャッと扉が開いた。
「わぁ……! 中も素敵ね!」
幼い女の子の声。
俺は咄嗟に椅子の上で体を丸めて隠れた。
誰だ!? なんでここに人が!?
足音がだんだんと近づいてくるので、俺は前髪をいじって絶対に目をみられないよう念入りに隠した。
ドキドキと鼓動が速くなる。
見つかるな……!
そんな願いはあっさりと打ち消され、俺のすぐ近くで足音は止まった。
毛の間からうっすらと見えるが、俺と同じくらいの年の女の子がこちらを凝視している。
「ん?」
「!!」
見つかった! どうする!?
「ねぇ……」
その女の子が声を出そうとしたとき、入口からガタッと大きな音が聞こえた。
この子と一緒に来たであろう男が入口あたりで動いている音がする。
もしかして、今の音はオリバーか?
女の子だけならともかく、大人にも見つかるのは勘弁だ。
オリバーの作ってくれた機会を利用して、俺は慌てて女の子に声をかけた。
「おい! 俺がここにいることは誰にも言うな!」
今まで、家族やオリバー以外の前では使ったことのない強い命令口調。
突然そんな不躾なことをされたにも関わらず、女の子はキョトンとした顔のまま素直に頷いた。
……え? 本当に黙っててくれるのか?
女の子は自分の口元で指を1本立てて、シーーッと内緒のポーズをした。
そのまま俺に話しかけることもなく入口に戻り、誰かに「私はここに1人でいたいの。だから外で待ってて」とお願いしていた。
それが俺と……セアラの出会いだった。
当時の俺は、その女の子が誰なのかわかっていなかった。
俺が名前を聞かない代わりに、むこうも俺に何も聞いてこない。
それがちょうどよかった。
「お前の菓子は甘いから嫌いだ」
「舌がバカなんだろ」
そんな言葉を投げかけても、セアラはムッと口を尖らせるだけで俺のそばを離れたりはしなかった。
性格の悪い本当の俺の言葉を聞いて、離れるどころかこれからのことを考えてくれる──そんな変な女だった。
「お前ってほんと変なヤツ」
「君に言われたくないよ」
「怒りながらも、次は甘くないお菓子を持ってくるって……なんでそんな発想になるのか理解できない」
正直な感想を伝えると、セアラは紫色の瞳をパチッと丸くして首を傾げた。
「どうして? だって美味しいと思ってもらえるものを食べてほしいじゃない」
「…………」
愛想笑いすらしないこんな俺に対しても、そんな風に思ってくれるんだと驚いた。
この子の前ではウソの自分を作らなくていい。
本当の俺と、仲良くしようとしてくれている。
それがすごく嬉しかった。
「私はこれからも君とお菓子を食べたいよ」
ニコッと優しく微笑んだその笑顔を見て、俺は無性に顔が熱くなった。
きっとこの黒くてボサボサの髪で見えていないと思うけど、少しだけうつむいて赤い顔が見られないようにする。
「……そうかよ」
「次は甘くないお菓子を持ってくるから、一緒に食べようね」
「……ああ」
そんな約束をした帰り道、たまたま馬車の窓から見ていた街の風景で気になるものを見つけた。
「止まれ!」
ある店の前で馬車を降り、店頭に飾られたブローチを凝視する。
紫色の宝石がついた、幼い子どもでもつけられそうな可愛らしいデザインのブローチ。
……アイツの瞳の色と一緒だ。
「買いますか?」
「!」
一緒に馬車を降りたオリバーが、優しく問いかけてくる。
きっと、なぜ俺がこのブローチを見ているのか、誰のためにと考えているのか、全部バレているだろう。
それでもハッキリと口にしないオリバーに感謝をして、俺はコクッと頷いた。
いつも菓子をもらっているから、そのお礼だ。
別に深い意味なんてない……!
そう心の中で自分に言い訳をして、俺はそのブローチを買って帰った。
よく考えてみれば、自分から何かを欲しがるのも、誰かに贈り物をしたいと思ったのも、古い教会以外の場所で馬車から降りるのも初めてだった。
これを渡したら、アイツ喜ぶかな?
そんな姿を想像しただけで、自然に笑顔になれた。
部屋に閉じこもってから3ヶ月。俺は久しぶりに笑えたのだ。
だが──。
「もう、あの教会に行くことはできません」
「……え?」
突然のオリバーの言葉に、俺は全身の力が抜けたような感覚になった。




