37話 フレッド王子からの求婚
どうやって馬車に乗ったのか、馬車の中で何を考えていたのか、頭がボーーッとしたまま気がつけば実家に到着していた。
外はもうすっかり真っ暗になっている。
「いつの間に家に……」
そんなことを呟きながら馬車を降りると、家の前にフレッド王子が立っているのが見えた。
外にいるからか、あの黒くボサボサのウイッグを被っている。
……やっぱりあの男の子に似てる。
「フレッド殿下。どうして外にいらっしゃるのですか?」
小走りで駆け寄ると、フレッド王子は長い前髪をかき上げて私の姿を確認するかのようにこちらを向いた。
「また招待されるのは申し訳ないから、ここで待たせてもらった。反対されたが、俺が譲らなかったら許可してもらえた」
「そんな……」
1階の窓から、こちらを心配そうに覗いている母と目が合う。
フレッド王子に何かあったらと心配して見守っていたに違いない。
私が来たとわかって安心したのか、母はニコッと微笑むと手を振って窓のそばから離れた。
「中に入りますか?」
「いや、いい。帰る前に挨拶に寄っただけだ」
「では……あちらのガゼボに移動しましょう。月の光とお屋敷からの明かりで、そこまで暗くないんです」
説明すると、フレッド王子はコクッと頷いて私のあとについてきた。
ガゼボに置いてある白い椅子に座り、自然と2人で丸い月を見上げる。
「夜にこの場所で月を見るのが昔から好きだったんです。綺麗ですよね?」
「ああ」
無表情なフレッド王子が本当に月を綺麗と感じているのかはわからないけれど、なんとなくこの方はウソをつかないのではないかという確信がある。
「あの、先日は急に戻ってしまってすみませんでした」
とりあえず、この前のジョシュア殿下とのことを謝っておかないとね。
フレッド王子は月から視線を外し、横目で私をチラリと見た。
この場所は屋敷の外からは見えない場所だからか、黒髪のウイッグも外している。
「いや。気にしなくていい。……ジョシュア殿下とは前に一度挨拶をしたことがあるが、この前はだいぶイメージが違っていたな」
「イメージですか?」
「ああ。前に会ったときはもっと穏やかな方かと思ったが、意外と独占欲の強い方のようだ」
「!」
ジョシュア殿下の本性にうっすら気づいてる……?
「セアラには近づくな……って顔に書いてあった」
「…………」
フレッド王子はクスッと小さく笑いながら言った。
すぐに否定したいところだけど、うまく言葉が出てこない。
だって、ジョシュア殿下ならあのときそんなことを思っていたとしてもおかしくないからだ。
「あの、そのこと他の方には……」
「言わないよ。セアラの木登りの話もしない」
「……ありがとうございます」
木登りの写真のこと、すっかり忘れてたわ……。
あとでお姉様に文句を言わないと。
フレッド王子は一度グッと背筋を伸ばしたあとに、フーーッと息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。
かなりリラックスした様子だ。
「この前話した、セアラに一目惚れしたって話。覚えてるか?」
「……はい」
「あれ、本当はよくわからないって言ったけど、やっぱり当たってるかもしれない」
……え?
ギョッと目を丸くした私と違って、フレッド王子はあいかわらず無表情のままだ。
頬を染めることもなく、のんびりと月を見上げている。
「当たってるというのは……」
「俺がセアラに興味を持ったことが」
「それって、木登りをしてドレスを泥だらけにしてる女の子がめずらしかっただけですよね?」
「それがきっかけなのは間違いないけど、会って改めて思ったってこと」
会って改めて思った??
実際に会ってみて、本当に一目惚れしたってこと?
……そんなことないわよね。
月から私に視線を戻したフレッド王子が、悩んだ顔の私を見てまたクスッと笑う。
「そういうところ」
「え?」
「俺、顔がいつも怒ってるみたいだって言われて、女性と2人きりになっても怖がられたり異常に気を使われたりすることが多かった。会話もまともにできなかったし。それが嫌で、婚約者を作れと言われてもずっと断ってたんだ」
「…………」
「でも、セアラといるのは楽だ。セアラは……初めて会ったときから、横にいても嫌な空気を感じなかった。俺の無愛想な喋り方にも怯えずに普通に話してくれたし、俺の言葉をちゃんと真剣に考えてくれている」
「……フレッド殿下の言葉には威圧感がないですし、怯えるだなんて……」
「ああ。だから、最初から俺のことをそう理解してくれたセアラを気に入ったんだ」
「…………」
初めて会ったときは、フレッド殿下があの男の子かと思ったから……警戒心どころか興味津々だったのよね。
ぶっきらぼうな話し方も、あの男の子に似てるって喜んでしまってたくらいだし。
ウイッグのことなど、こちらから質問したりしていたことを思い出す。
そのフランクな態度を、こんなに気に入ってもらっていたなんて知らなかった。
フレッド王子は椅子の背もたれから体を離し、今度は自分の足の上に肘をつき指を組んだ。
前屈みの姿勢になった王子が、少し下から見上げるように私を見つめる。
「もちろん、それだけでいきなり愛してるとかは言えない」
「あ、愛……!?」
「でも、これから俺のそばにいてくれたら嬉しいとは思う。……セアラ。ルイア王国に来て、俺と結婚する気はないか?」




