34話 ジョシュア殿下だって素敵でしょ!?
「どうしてそんな……! ただ2人で会っていただけで」
「抱き合えるほど近い距離にいて、イチャイチャしてたって聞きましたが」
「イチャイチャ!?」
周りに聞こえないように気を使ってくれているのか、耳打ちするようにこっそりと話してくるドロシー。
しかし、私が大声を出してしまっては意味がない。
「シーー!」と言いながら、ドロシーが慌てて私の口を塞ぐ。
距離が近かったって、まさかあの写真を取り合っていたときの話かしら!?
たしかにあのときは距離が近かったかもしれないけど、抱き合うとかそんな感じでは全然なかったのに!
あの攻防をイチャイチャしていると見られていたことに、軽くショックを受ける。
「今までセアラ秘書官が男性と仲良くしているところなんて見なかったものですから、みんな婚約者なのではないかと噂しているんです」
……なるほど。
って納得できてしまうのも切ないわね。
「はぁ……。婚約なんてしていないわ。誤解だから、みんなにもそう伝えておいて」
「そうなのですか? お似合いだって聞いたのに」
目に見えてガッカリしているドロシーに、朝食を食べるようにジェスチャーで伝える。
手に力がこもっていたせいか、すっかりボロボロになったパンを口に運びながらドロシーが問いかけてきた。
「では……もしフレッド殿下に求婚されたら、セアラ秘書官は受けるんですか?」
「え?」
「ここ数日で、フレッド殿下が何回もセアラ秘書官への面会要請を出していたと聞きました。フレッド殿下はセアラ秘書官が好きなのでは?」
「…………」
私への面会要請が何度もきていたことを、なぜ知っているのか。
使用人たちの裏のつながりを恐ろしく感じながらも、私は冷静に答える。
「そんなこと、あるわけないでしょ」
「たとえ話ですよ〜! 考えておいても損はないではないですか。で、どっちですか!? 受けるんですか? 断るんですか?」
一度輝きをなくした瞳が、再度キラキラと眩しく光る。
恋話の大好きな女性がこんな瞳で語り合っているのを、女学園時代によく見た気がする。
完全に楽しんでいるわね、ドロシーったら。
でも、もしフレッド殿下に求婚されたら……?
無理やり頭の中で想像してみる。
思い出の男の子に似た無表情なフレッド王子が、結婚してほしいと私に伝えてくるイメージを──。
「んん――……わからないわ」
正直にそう答えると、ドロシーは意外そうに目を丸くした。
「受けないのですか? 他に好きなお相手でもいるんですか?」
「好きな相手!? そ、そんなのいないわ」
「なら、どうしてですか? こんなに素敵なお相手なのに、断る可能性があるだなんて」
「…………」
言われてみればそうだわ。
私は婚約者を見つけたくて秘書官を辞めようとしているのに、どうしてフレッド殿下の求婚をすぐに受けるって考えなかったのかしら。
フレッド王子のことが嫌なわけではない。
もし本当に婚約できるのなら、とても申し分のないお相手だと思う。
それなのに……。
「あっ、セアラ秘書官!」
そのとき、よく会議室の準備などを手伝ってくれるメイドたち3人が小走りにこちらのテーブルにやってきた。
朝食プレートを持っていないため、今食堂に来たばかりなのだろう。
みんなドロシーのように目をキラキラと輝かせている。
「噂、聞きました! ルイア王国の第3王子様と婚約されているって本当ですか?」
「……今ドロシーにも伝えたところなのだけど、完全に根も葉もない噂話です」
「えぇ……そうなのですか?」
ドロシー同様、この3人もガックリと肩を落としている。
自分に関係のないことなのに、みんな恋の話が好きなのね……。
期待に応えられなくて、なんだか申し訳ない気持ちになっちゃうわ。
「セアラ秘書官とフレッド殿下なら、とってもお似合いだと思ったのに」
「昨日ディエゴ団長と一緒にいるところを見かけたけど、クールな表情が男らしくて本当に素敵だったわ」
「口数の少なそうなところも魅力的よね」
昨日フレッド王子を見かけたメイドもいるらしく、頬を染めながら彼の話でキャッキャと盛り上がっている。
まあ。この子たち、いつもはジョシュア殿下の笑顔が爽やかで素敵って言っているのに……。
ジョシュア殿下と正反対な部分を褒めあっていて、なんだか複雑な気持ちになる。
みんなの前では穏やかで優しい王子かもしれないけど、ジョシュア殿下だって本当は強引で男らしいところもあるのよ。
「王家特有の赤い髪も綺麗だったわ。さすが王子様って感じね」
「背も高くてスラッとしてて、遠目で見てもかっこよかったわ」
ジョシュア殿下の黄金の瞳だって綺麗だし、フレッド殿下と同じくらい背が高いわ。
「騎士様だから、きっと体も鍛えているのよね? 憧れてしまうわ〜」
「ジョシュア殿下だってお忙しい中でも体を鍛えているのよっ」
「……え?」
「ある程度の剣術だって習っているし、本場の騎士様には敵わないかもしれないけどジョシュア殿下だってそれなりに──」
我慢できずに話に入ると、3人のメイドとドロシーがキョトンとした顔で私を見つめた。
「セアラ秘書官……?」
「フレッド殿下はもちろん素敵だと思うけど、ジョシュア殿下だって負けないくらい素敵だと思うわ」
「あ、あの。セアラ秘書官……」
「何?」
遠慮気味に話しかけてきたドロシーに、勢いよく聞き返す。
ドロシーは目を丸くしながら、興味深そうに私を覗き込んだ。
「めずらしいですね。セアラ秘書官がそんなにジョシュア殿下のことを褒めるなんて。いつもは私がどんなに素敵だと話してても共感されないのに……」
「…………え?」
そこまで言われて初めて、さっきの自分の発言を振り返る。
あら? 私ったら、なんであんな腹黒王子のことをこんなにも……!
「あ。あの、私……朝の会議があるからもう行くわね」
「あっ、セアラ秘書官!?」
これ以上顔を見られるのが嫌で、思わずウソをついて席を立ってしまった。
朝食は半分くらいしか食べていないけれど、なんだかすでにお腹いっぱいだ。
ポカンとするメイドたちを振り返ることなく、私は食堂をあとにした。