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33話 私とフレッド殿下の噂話


 顔を赤くして照れたジョシュア殿下を見て、初めて可愛いと思ってしまった私。

 なんて声をかけていいのかわからず黙っていると、私に背を向けていた殿下がボソッと呟いた。



「……そろそろ戻るぞ」


「……はい」



 扉を開けると、ジョシュア殿下はサッと私の前を通りすぎて先に部屋から出た。

 まだ自分の顔を見せたくないのか、こちらを見ようとしない。




 私の顔も赤くなってるだろうし、見られなくて助かるわ……。




 そんなことを考えながら、ジョシュア殿下のあとに続いて執務室に向かう。




 ヤキモチですか? っていう質問、結局答えなかったわね。

 肯定もされてないけど、否定もされてない……。




 間違ったことを言われたなら、ジョシュア殿下はハッキリと否定するはずだ。

 それがなかったということは──。


 カアッとさらに顔が赤くなってしまった気がする。




 うう……これじゃまた仕事に集中できなくなっちゃうわ!




 ドキドキと速まる鼓動がなんとか治まるようにと願いながら、私とジョシュア殿下はお互い無言のまま歩き続けた。



 






「はぁ……今日はいつも以上に疲れたわ……」



 本日の業務をすべて終えて自室に戻るなり、私はクッションを抱いて長ソファにゴロンと横になった。




 ……結局あのあとも、『ヤキモチ』の件については何も言われなかったわね。




 今朝仕事のミスが多かったことで何か嫌がらせをされると覚悟していたけれど、面倒な仕事を押しつけられたり苦手な食べ物を食べさせられることもなかった。



「むしろ、ちょっと避けられてた……?」



 あまり目が合うこともなく、話しかけられることも少なかった気がする。




 ……いや。これでいいのよ。

 嫌がらせなんて、されないほうが当たり前なんだから。

 避けられるくらいがちょうどいいんだわ。




 どこか寂しさを感じていた自分に驚き、ガバッと起き上がる。




 殿下にかまってもらえなくて寂しいとか、そんなこと思ってないから!




 自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶと、私は立ち上がってドレッサーに向かった。

 引き出しの奥にしまってある小さな箱を取り出し、蓋を開ける。



「わ……懐かしい」



 箱の中に入っているのは、思い出の男の子がくれた(と思う)紫色の宝石がついたブローチだ。




 これを見ると、あの頃を思い出すなぁ……。




 私の初恋であり、唯一の恋。

 いつも長い前髪で隠れていてちゃんとした顔も知らないし、名前も知らない。

 知っているのは、口が悪いことと素直じゃないことと意外と寂しがり屋だってことくらいだ。




 ……ジョシュア殿下にいじめられなくて少し物足りなさを感じてるし、私って実はどこか変なのかしら?




 幼い頃は優しい貴族の少年と遊んだりもしたけど、誰のことも好きになったりはしなかった。

 口の悪い得体の知れない男の子を好きになったり、殿下の嫌がらせを受け入れていたり、実は私は変な趣味があるのかもしれない。



「待って。落ち着くのよ、セアラ。なんだかそれを認めてはいけない気がするわ」



 そんな独り言を呟きながら、また長ソファに腰かける。

 手にはあのブローチを持ったままだ。




 ……でも、あの男の子に似たフレッド殿下にはまだ惹かれていないわ。




 6歳の私の写真を見ても、フレッド王子は覚えがないと言っていた。

 思い出の男の子ではないのかもしれないし、ただ本当に忘れているだけの可能性もある。



「あの男の子はフレッド殿下じゃなかったのかな……?」





 まあ、もしあの男の子がフレッド殿下だったとしても、何か変わるわけではないけど。

 成長したら、必ずしも同じ人を好きになるわけではないのかしら。




 キラッと光ったブローチの宝石が、私に何かを訴えているような気がした。







 次の日。

 朝食プレートを持って席を探している私を、王女専属メイドのドロシーが呼んだ。



「セアラ秘書官。こちらで一緒に食べませんか?」


「ありがとう、ドロシー」



 王女専属メイドは順番で食事をとっているため、いつも食べるときは1人なのだとドロシーが話していたのを思い出す。




 私もいつも1人だから嬉しいわ。




 単純に一緒に食べるために呼ばれたと思っていた私は、目をギラギラと輝かせているドロシーを見て一瞬座るのをためらった。



「……ドロシー。その興味津々そうな顔は何?」


「なんのことですか? それより早く座ってください。セアラ秘書官」



 ドロシーはニコニコと笑いながら私のために椅子を引いてくれた。

 もう今さら違う席には行けなそうだ。


 覚悟を決めて椅子に座り、できるだけ早く食べてしまおうとパンに手を伸ばす。




 なんだか嫌な予感がするわね。




 自分の席に戻ったドロシーは、私と同じようにパンをちぎりながらジーーッと見つめてくる。

 何か聞きたいことがあるのだと丸わかりだ。



「……何かあったの?」


「いえ。そのーー……昨日、ルイア王国の第3王子様と会っていたって本当なんですか?」


「え? どうしてそれを?」


「本当なんですねっ!?」



 ちぎったパンをぐしゃっと握りしめて、ドロシーが前のめりになって顔を近づけてくる。



「ええ。本当だけど……パンが潰れてるわよ」



 ドロシーは「大丈夫です!」と元気に答えると、潰れたパンをパクッと口の中に入れた。

 もぐもぐと噛みながらも、その目はまだ輝きながら私を見つめている。




 なんなのかしら?

 私とフレッド殿下が会っていたことに、そんなに興味を持たれているの?




「実は、今メイドたちの中で噂になってるんですよ〜! 昨日偶然セアラ秘書官たちを見たメイドが、すっごくいい雰囲気だったって。もしかして、婚約されてるんですかっ?」



 むぐっ!!


 ちょうど口に入れたばかりのパンを、噛まずに飲み込みそうになってしまった。

 焦ったドロシーが水の入ったコップを差し出してくれる。



「ゴクッ……ゴクッ……はぁ」


「大丈夫ですか?」


「ええ。それよりも、私とフレッド殿下がなんですって?」


「婚約されてるのかなって噂になってます」


「えええっ!?」




 婚約!? 私とフレッド殿下が!?



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