32話 ヤキモチ……ですか?
ピリピリとした居心地の悪い空気の中、ペコッと頭を下げてその場を離れる。
私の前を歩いているジョシュア殿下がいつもより早歩きで、遅れずについていくのがやっとだ。
ジョシュア殿下ったら……なんでこんなに歩くのが速いの?
足の長さが違うんだから、ついていくこっちの身にもなってほしいわ。
ほぼ走っているといっても過言ではないスピードのため、少し息切れをしてしまっている。
もうとっくにフレッド王子の姿が見えなくなった場所に来たとき、突然ジョシュア殿下が空き部屋へと入っていった。
「殿下? このお部屋に何か……」
バタン!
あとに続いて中に入った途端、扉を閉められてしまった。
私はジョシュア殿下と扉の間に挟まれて、身動きが取れない。
……あ、あら?
こんな体勢、少し前にもあったような……。
自分の置かれた状況に気づいたとき、ジョシュア殿下がニヤッと黒い笑みを浮かべた。
見たことはないけれど、まるで悪魔の笑みだ。
「ねえ、セアラ。なんでフレッド殿下と2人きりでいたのかな?」
口調は穏やかで優しいのに、威圧感がすごい。
私はガタガタと震えそうになる手を包んで、なんとか声を絞り出した。
「さ……先ほど説明した通り、偶然会ったのです……」
「偶然? 騎士団がよく来る中庭で? なんでセアラはあの場所に行ったの?」
「それは……そ、外の風を浴びたくて……」
「へえーー。それで偶然フレッド殿下に会ったのか。……本当に偶然?」
「本当です……」
「実はこっそり会う約束をしてたんじゃなくて? セアラは今日やけに落ち着きがなかったし」
「違いますっ」
これはウソではなく事実なので、目をそらすことなくキッパリと答える。
私のその様子で、ウソはついていないと判断してもらえたようだ。
ジョシュア殿下の尋問タイムが終わる。
……少しだけ空気が軽くなったわ。
私も質問してもいいかしら? 今度はこっちが責めてやるわっ。
「ジョシュア殿下。私が高熱だとウソをついて、フレッド殿下の面会要請を勝手に断ったのは……殿下ですか?」
「そうだよ」
「!」
認めたわ!
「なぜそんなウソをついたのですか?」
「会わせたくなかったから」
またまたキッパリと答えたジョシュア殿下は、少しだけ体勢を低くして私に顔を近づけてきた。
黄金の瞳が宝石のように眩しく光る。
「言っただろ? セアラに近づく男には邪魔をするって」
「……相手はルイア王国の王子様ですよ」
「関係ないね」
ニヤッと口角を上げたその顔は、完全に悪者顔だ。
爽やかで麗しいと言われる王子がしていい顔ではない。
本当に性格が悪いんだから……。
私からの呆れた視線に気づいたのか、笑顔だったジョシュア殿下がムッと口を歪ませる。
「それより、さっきの写真はなんだ?」
ギクッ
「な、なんのことでしょう?」
「とぼける気か? 2人で仲良く取り合っていたじゃないか」
「あーー……あれは、私の家族写真です」
「それをなぜあんなに隠そうとしたんだ?」
うっ……。また尋問タイムに入っちゃったわ。
「ただ見られるのが恥ずかしかっただけです」
「そうか。それで、フレッド殿下の腕にくっついてコソコソ話したりしてたってわけか」
「……?」
やけに棘のある言い方をされて、思わず首を傾げてしまう。
この言い方だと、隠されたことに対して文句を言っているのではなく、フレッド王子とのやり取りに対して不満をぶつけられているみたいだ。
さっきも『2人で仲良く』って強調していたし、なんか変ね。
これじゃあ、まるで……。
ふと頭に浮かんだ言葉。
深く考えることなく、私はそれを口に出してしまった。
「ヤキモチ……ですか?」
「…………は?」
ジョシュア殿下の黄金の瞳がまん丸くなる。
いつもはすぐに言い返してくるはずの殿下が、思考停止したかのように動かなくなってしまった。
あっ! 思わず言っちゃったわ!
殿下が私を本当に好きなのか、まだハッキリしてないのに!
「何を……言って……」
「もっ、申し訳ございま──」
そこまで言ったとき、ジョシュア殿下の顔がカアアーーッとみるみる赤くなっていった。
動揺した表情も、真っ赤な顔も、初めて見る。
え……?
ジョシュア殿下は私から離れると、プイッと背を向けてしまった。
もう赤い顔は見えないけれど、耳が赤くなっているのだけは見える。
え? え?
照れ……てる? ジョシュア殿下が? あの殿下が?
なかなかの衝撃な光景にポカンとしてしまう。
それと同時に、心臓がドクドクと速く激しくなっていくのを感じる。
えっ……か、可愛い。
見たこともない殿下の反応に、私も今までにない感情が湧き上がってきた。
自分の顔も赤くなっている気がするけど、今ジョシュア殿下はこっちを見ていないので大丈夫だろう。
……どうしたの、私。
あの腹黒王子のことを可愛いって思うなんて……!




