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30話 一目惚れ?


 フレッド王子はあいかわらず動揺した様子もなく、真っ直ぐに私を見つめている。

 



 え? 一目惚れ?

 あら? もしかして、私……今告白されたの?




 目の前に立っている王子の落ち着きさを見る限り、とてもそうとは思えない。

 かといって冗談やウソを言っているようにも見えない。


 恋愛小説で読んだような、顔が赤くなったり口籠もったり体がモジモジと動いてしまったりという『照れ』が微塵も存在していないのだ。




 えっと……ルイア王国では『一目惚れ」に違う意味があるのかしら?




 私の戸惑いに気づいたのかもしれない。

 フレッド王子が胸元のポケットから小さな手帳のようなものを取り出した。


 その手帳を開くと、挟まっていた写真がヒラッと揺れて床に落ちる。



「!!」




 この写真は……!!




 すぐに拾おうとしたフレッド王子よりも先に、ものすごいスピードで私がそれを拾い上げる。



「あ」



 私に写真を拾われたフレッド王子は、小さくそう声を漏らした。



「ど、どうしてフレッド殿下がこの写真を!?」


「アイリス様にもらった」




 お姉様っ!!!




 フレッド王子が持っていた写真は、私の子どもの頃の写真だ。

 可愛いピンクのドレスを泥だらけにして、笑顔で木に登っている7歳の私──。




 お姉様ったら、どうしてこんなみっともない写真をフレッド殿下に渡したの!?




「これも持ってる」


「!」



 そう言って、王子は手帳からもう1枚写真を出して見せてきた。

 間違いなく姉に送った最近の家族写真だ。



「この写真をアイリス様の家で見た。しっかりした姿を見たあとにその写真が隣にあることに気づいて、同一人物だということに驚いた」


「そ、そうですか」




 ああっ、恥ずかしいわ!

 



 真面目なトーンで淡々と説明されて、からかわれたときとは違う気恥ずかしさに襲われる。

 これなら笑われたほうがまだマシかもしれない。


 

「それで……その、なぜこの写真をフレッド殿下がお持ちに?」


「これを見てセアラに興味を持った。アイリス様からセアラの話を聞いて、会ってみたいと思った」


「…………」




 お姉様……いったいどんな話をしたの……?




「それをそのまま口に出したら、兄に『それは一目惚れしたんじゃないか』と言われた」


「え?」


「俺が誰かに興味を持つのは初めてだからって。たしかにそうかもしれないし、実は俺もよくわかってない」


「…………」




 さっき一目惚れしたって言ったのは、お義兄様に言われてそうかもって思ったから?




 フレッド王子は初めて気まずそうに視線を下に向けた。

 この人はあまり深く考えることなく、素直に自分の気持ちをそのまま口にしてしまうのだろう。



 

 なんだ……じゃあ、やっぱり告白とは違うわね。

 お義兄様に言われてそう思い込んでいるだけだもの。

 この写真を見て一目惚れするなんて、ちょっとおかしいし。




 自分の中でいろいろなことが繋がり、やっと疑問が全部なくなった。

 それと同時に、新しく気になることが頭に浮かんでくる。



「あの、この頃の私に見覚えはありますか?」


「木に登ってた頃の?」


「そ、そうです」




 ……木に登ってたって声に出さないでほしいわ。




 思わず周りをキョロキョロしたけど、幸い近くには誰もいなかった。

 フレッド王子はうーーんと少し考えたあとに「ない、と思う」と答えた。



「まったく見覚えないですか?」


「ああ。こんなに泥だらけになってる女の子は見たことない」


「! ま、毎日泥だらけだったわけではないですから!」



 私がそう言うと、フレッド王子はまた小さくフッと笑った。




 ……本当に見覚えないの?

 あの思い出の男の子は、フレッド殿下じゃないのかしら……?




 一目惚れと言われて、古い教会での思い出が脳裏をよぎった。

 けれど、そうではなかったとわかって少しだけガッカリしてしまう。


 そんな私に向かって、フレッド王子が右手を差し出してきた。



「その写真も返して」


「! これはダメですっ」



 周りに見えないように胸元にくっつけていた木登りの写真。

 私はそれをさらに隠すようにしてギュッと握りしめる。



「曲がるから返して」


「これは私の写真です」


「俺がアイリス様に貸してもらった写真だから返さないと」


「私から話しておくので大丈夫です!」


「いや。俺が持っていく」



 なんとか隙をついて写真を取ろうとする王子と、その手から逃れるように腕や体を動かしている私。

 静かな攻防が続いたとき、背後から聞き慣れた声が聞こえた。



「……何してるの? セアラ秘書官」


「! ジョシュア殿下!」



 振り返ると、不自然な笑顔を顔に貼りつけたジョシュア殿下がこちらに向かってゆっくり歩いてくるのが見えた。


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