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29話 フレッド王子が私に会いに来たと言ってますが……なんで?


「はぁ……」



 朝の会議終了後、私はトボトボと王宮の中庭に向かって歩いていた。


 執務室にも寄らずにそのまま来たので、会議の書類などを持ったままの状態だ。

 それを抱きしめるようにして持ち、私は小さなため息をついた。




 会議に集中できなくて失敗ばかりしちゃったわ……。

 みんなの前だったから殿下に怒られずに済んだけど、執務室に戻ったらきっと怒られちゃうわね。




 朝トユン事務官と話していた内容が頭から離れず、殿下に名前を呼ばれたのに無視してしまったり、インクを床にこぼしてしまったりしたのだ。




 ああ……引き攣った笑顔の殿下、恐ろしかったわ。

 



「……ん?」



 中庭が見えてきたとき、その近くに2人の騎士が立っているのが見えた。


 1人は第1騎士団の団長で、何度か話したことのあるディエゴ団長だ。

 その隣にいる赤い髪の騎士には見覚えがある。




 えっ? あれって……フレッド殿下!?




 思わず足を止めると、こちらに気づいた2人が振り返った。

 なぜか私を見るなり2人の目がギョッと見開く。



「セアラ秘書官!? どうしてこちらへ!?」



 ディエゴ団長に声をかけられたため、足早に2人の近くまで移動した。



「すみません。こちらで何か行う予定だったのですか? ただ中庭に寄りかっただけなので、すぐに戻りますね」


「いえいえ! そういう意味ではなく! 熱はもう下がったのですか?」


「熱?」



 予想外すぎることを言われ、そのまま聞き返してしまった。

 ディエゴ団長とフレッド王子は首を傾げる私を見て目を見合わせている。



「私はずっと元気ですが」


「あれ? おかしいな。……まあ、いいか。とにかく会えてよかったな。フレッド」



 軽い調子でそう言いながら、ディエゴ団長はフレッド王子の肩にポンッと手を置いた。

 その気軽さや名前を呼び捨てにしているのを見る限り、どうやらこの2人はとても仲がいいようだ。


 ニコニコと笑っているディエゴ団長に対して、無表情のフレッド王子はコクッと素直に頷いている。



 

 ん?? どういうこと??




「あの、会えてよかったというのは?」


「あれ? 聞いていませんか? 数日前からずっと、フレッドがセアラ秘書官への面会要請を出していたんですよ」


「えっ?」




 何それ? 知らないわ!




「でも、高熱が出ていてとても人に会える状態じゃないから……って何度も断られて」


「ええ!?」




 高熱ってなんのこと!?

 ルイア王国の王子様からの面会要請を、ウソの理由で断るなんていったい誰が……。




 ハッ!!


 そこまで考えた瞬間、頭の中には笑顔の腹黒悪魔が浮かび上がった。

 数日前に彼が言っていた言葉が思い出される。


『俺が邪魔してたし』

『セアラと他の男が出会わないように』




 まさか、私が高熱だとウソをついたのはジョシュア殿下……!?




「いったい誰がそんな誤情報を……」


「あのっ! たしかに昨日までは高熱が出ていました」


「え? でも、さっきはずっと元気だったと……」


「あ。えっと……ま、まだ頭が朦朧としているのかもしれないですね」



 うふふ……と笑ってごまかすと、ディエゴ団長は心配そうな目を向けてきた。

 まだ熱が下がっていないのではないか、と疑われている気がする。




 他国の王子に対して、ジョシュア殿下がウソをついただなんて知られたら大変だわ!




 フレッド王子をチラリと横目で見たけれど、こちらは無表情すぎて何も感情が読み取れなかった。

 ただ、怒っているような感じはしない。



「それで、私に面会とは何かご用があったのでしょうか?」



 話をすり替えようと、ディエゴ団長から視線を外しフレッド王子に尋ねる。

 突然話を振られたというのに、王子は迷う素振りもなくキッパリと答えた。



「特に用件はない。セアラに会いたかっただけだ」




 えっ!?




 私とディエゴ団長がギョッとしてフレッド王子を凝視する。

 思いもよらない答えに固まってしまった私と違い、ディエゴ団長は何かを察したかのように急に焦って走り出した。


 

「じゃ、じゃあ、俺は向こうに行ってるので!」


「えっ? ディエゴ団長!?」



 名前を呼んだけれど、ディエゴ団長は恐ろしい速さで見えない距離にまで行ってしまった。

 その場には私とフレッド王子だけが取り残される。




 え? な、何?

 フレッド殿下を置いてどこかに行ってしまったわ。

 それに、フレッド殿下もさっきのセリフはいったい……。




 もう見えなくなったディエゴ団長からフレッド王子に視線を戻すと、突然目の前に大きな手が見えた。




 えっ?



 

 その手がそっと私の額に触れて、近い位置でフレッド王子と目が合った。



「本当にもう熱は下がったのか?」



 王子の質問で額の温度を測ってくれているのだと理解できたけれど、男性に顔を触られているという状況に体が硬直してしまっている。




 手……! 手が!! 大きいわっ!

 お、男の人の手が私の額に……!!




 すぐに王子から目をそらしたものの、その後の視点が定まらずに泳いでしまう。

 動揺していると気づかれたくないのに、どうしても普通にできない。




 ああ、もうっ。

 これだからジョシュア殿下に男性慣れしていないってバカにされちゃうのよ。




「セアラ?」


「あっ、はい! もう大丈夫です!」


「そうか」



 少しだけフレッド王子の表情が緩み、額から手が離れた。




 え……笑った?

 あのフレッド殿下が!




 ほんの少しだけ口角が上がっただけだというのに、そのめずらしさに驚いてしまう。



 

 普段無表情の人の笑顔って、こんなにも衝撃を与えるものなのね。

 このギャップで恋に落ちてしまうご令嬢も多そうだわ……って、そんなことよりも!




「あの、面会をお断りしてしまって申し訳ございませんでした。私に会いたかったとのことでしたが、姉のことで何かお話でもあったのですか?」


「いや。用件はないと言っただろ。セアラに会いにきただけだ」


「…………」


「俺はもうすぐ国に帰る。だから、この国にいる間にできるだけ会っておきたかった」


「なぜ私に?」


「セアラに一目惚れをしたから」


「…………はい?」


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