28 まさか、本当に殿下は私のことを……?
あるの!? いつ!?
あまりにもケロッと言われたものだから、余計に驚いてしまう。
トユン事務官はそんな場面を思い出そうとしているのか、目線を斜め上に向けた。
「たしかに殿下はいつも意地悪をしてましたけど、セアラ秘書官をいじめているときは本当に楽しそうでしたし」
それ、ただ殿下の性格が悪いだけじゃなくて?
「それに、仕事中も時折セアラ秘書官に視線を向けることも多かったですし」
それ、ちゃんと仕事をしてるのか見張っていたんじゃなくて?
「あと、いくら殿下が意地悪でも、さすがになんとも思っていない女性相手に好きだなんて冗談は言わないと思います」
「…………」
そんなことない……と否定したいけれど、できない。
私自身も、こんな冗談は今まで言わなかったのにと違和感を抱いていたからだ。
でも、それを認めたら……本当に殿下が私のことを好きってことになってしまうんだけど……。
『本当に俺はセアラが好きなんだよ』
ドキッ
昨夜のジョシュア殿下の言葉が思い出される。
嫌味な笑顔ではなく、真剣な顔で私を見つめていたジョシュア殿下。
まさか……まさか!?
信じられないという気持ちと、どこか納得してしまう気持ちがせめぎ合っている。
もし本当にそうだとしたら、今までの不思議な殿下の行動が理解できてしまう。
私に男性が近寄らないように邪魔していたというのも、私が夜会に行くのを邪魔していたのも、夜会で私を見張っていたのも、私が好きだから……?
昨日の言動も、まさか本当に全部本音なの……?
いや。まさか、そんな。
そう否定する気持ちと共に、どんどん今までの不可解だったことが繋がっていく。
マーガレット殿下が妃候補の中に私の書類を戻せって言ったのも、殿下に選ばせるため……?
いえ! でもそれが事実なら、マーガレット殿下も陛下もジョシュア殿下が私のことを好きだって知っていたことになるわ。
そんなバカなこと……。
頭の中がグルグルしていて倒れてしまいそうだ。
何も言えなくなった私を見て、トユン事務官がこっそりと尋ねてくる。
「もし本当にそうだとしたら、セアラ秘書官はどうされるのですか?」
「どう……というのは?」
「ジョシュア殿下と結婚されるのですか?」
「…………」
結婚? 私と殿下が?
殿下の妃候補に、私が……?
「セアラ秘書官。顔が白いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫……です」
「……それで、先ほどの質問の答えは……?」
想像すらしていなかったことなので一瞬頭が真っ白になってしまったけれど、バークリー公爵家の娘として答えは1つだ。
「もし本当に殿下が私を選んだなら、それはもちろん受け入れます」
「!」
だって、公爵家の娘として政略結婚は当然のことだもの。
ましては相手はこの国の王太子様。
断る選択肢なんて、あるわけない。
私の答えを聞いたトユン事務官は、なぜかパアッと顔を輝かせた。
「セアラ秘書官が王妃様になるなんて、完璧ですね! なんで今まで気づかなかったんだろう。こんなにお似合いな2人に!」
「ト、トユン事務官?」
「もうその選択しかないですよ! 妃候補はセアラ秘書官で決定です! そうとなったら、早速セアラ秘書官の書類を候補の中に入れて──」
「待ってください!」
興奮しているトユン事務官の腕をガシッと掴み、その動きを止める。
事務官はキョトンと目を丸くして私を見た。
「セアラ秘書官?」
「ちょっと待ってください。あの、受け入れるとは言いましたが、それはあくまで殿下が私を選んだ場合で……」
「わかってますよ。だからセアラ秘書官の書類を……」
「そ、それは私が殿下に説明してからやりますから。だから、あの……とりあえずこの件はまだジョシュア殿下にもマーガレット殿下にも言わないでください」
トユン事務官は残念そうに眉を下げたけれど、私の必死のお願いにNOとは言えなかったらしい。
渋々「わかりました」と頷いてくれた。
いくら政略結婚の覚悟ができているとはいえ……やっぱり恥ずかしいわ!
あの殿下と私が、夫婦になるかもだなんて!
それならまだ会ったこともない人のほうがいいくらいだわ!
政略結婚の覚悟はできてるものの、そんなにすぐには切り替えられない。
もう少し……もう少しだけ待って!
殿下が本当に私を好きなのかも含めて、もっとちゃんと考えなきゃ……。
心の中で言い訳を並べて、なんとか落ち着くように息を整えた。




