27話 私を妃候補にしたかった??
「おはようございます。セアラ秘書官」
「あ。おはようございます。トユン事務官」
次の日の朝。
いつものように、2人で本日の予定を確認する。
「今日も予定の変更はないみたいですね」
「そうですね」
「あの……殿下の妃候補の方は決まりましたか?」
「…………いいえ。まだです」
おずおずと申し訳なさそうに尋ねてくるトユン事務官に、少し間を置いて返事をする。
自分が振った仕事で、私が苦労しているのを見て罪悪感を抱いているのだろう。
「殿下は今もセアラ秘書官が好きとかいう冗談を言っているのですか?」
「ええ。まだ飽きないみたいです」
ジョシュア殿下が「おはよう。愛しいセアラよ」なんて挨拶をした日の、トユン事務官の顔は今でもよく覚えている。
顔面蒼白で、床が揺れてるんじゃないかってほど体をガタガタと震わせていた。
誤解されないように、私はすぐにあれは殿下の嫌がらせであると伝えたのだ。
まったく……なんの前触れもなくトユン事務官の前でも言うんだもの。
もしトユン事務官の口が軽かったら、変な噂になっていた可能性もあるというのに。
「殿下は、それほどまでに妃候補の方を決めたくないのでしょうか?」
トユン事務官が困ったように眉を下げた。
とても冷徹事務官と呼ばれているなんて思えないほどに優しい顔だ。
「それはわかりません。決めたくないのか、ただ私に嫌がらせをしたいだけなのか……」
「そうですか。……あの、実は昨日マーガレット殿下に叱られてしまいまして」
「マーガレット殿下に?」
頭の中に、いつも元気で思い込みの激しい王女の姿が浮かぶ。
「はい。急に呼び出されて、早口で捲し立てられました。『あなたが担当していれば今頃は』とか『どうしてよりにもよってセアラに任せたの』とか」
「それって、ジョシュア殿下の妃候補の件ですよね?」
「そうだと思います。僕、担当を変えてはいけないと知らなくて。いつも僕かセアラ秘書官のどちらでもと言われることが多かったので」
トユン事務官はシュンと落ち込んだ様子で話し続けた。
マーガレット王女に叱られたのが余程きつかったのか、顔が少し青くなっている。
「トユン事務官だけのせいではないですよ。私だってきちんと確認せずに引き受けてしまったんですもの」
「セアラ秘書官……」
それよりも、気になるのは王女の言葉だわ。
「トユン事務官が担当していたらすぐに決まった……と言っていたんですよね? ということは、私のせいで進行が遅れているのを怒っているのかしら?」
私からの質問を聞いて、トユン事務官が眉をくねらせながら首を傾げた。
「僕が担当していたら、殿下は嫌がらせをせずにすぐ候補者を選んでくれたということでしょうか……? ですが、僕だってセアラ秘書官と同じくらい嫌がらせをされているのに……」
「そうですよね……」
うーーん……と2人で考え込む。
そういえば、私の書類を抜いたことに関してもマーガレット殿下は怒っていたような……。
「あの、実は、妃候補の中に私の書類も入っていたんです」
「ああ。見ました。バークリー公爵家でしたら当然ですよね」
「その書類を事前に抜いてしまったんですけど、その件でもマーガレット殿下が少し怒っていたんですよね」
「セアラ秘書官の書類を抜いたことを?」
「はい」
トユン事務官は顎に手を当てて、ジッと私を見つめた。
頭の中でいろいろと考えているのか、足先をトントンと動かしている。
「それって……セアラ秘書官を候補者にしたかったということなんでしょうか?」
「えっ?」
丸いメガネをクイッと上げて、トユン事務官が推理中の探偵のようにブツブツと考えを話し始めた。
「そうか。だから、僕が担当じゃなかったことに対して怒っていたんですね。僕が担当していたら、セアラ秘書官の書類は抜かなかった。それがあれば、ジョシュア殿下はセアラ秘書官を選んで今頃はもう妃候補が決定していた──」
「ま、待ってください。それだと、殿下が私を選ぶことが前提みたいになってますよ」
「あ。たしかに。でも、選ぶ可能性は高いですよね? 殿下はセアラ秘書官が好きと言っていますし」
「それは嫌がらせで……」
「もしかして、嫌がらせではなく本当なのではないですか?」
「…………」
まさに閃いた! と言わんばかりに顔を輝かせているトユン事務官。
自分の推理に自信があるようだ。
殿下は本当に私のことが好き……?
夜会での告白を思い出しそうになったが、頭をフルフルと横に振ってそれを否定する。
いや。
いやいやいや。ないわ。絶対にないわ。
「それはありえませんよ。だって、私はいつもいじめられていたんですよ? あの殿下が私を好きだなんて、感じたことありますか?」
こう質問をすれば、「たしかにないですね」という答えが返ってくると思っていた。
ずっと私とジョシュア殿下を見てきたトユン事務官なら、そんな場面は見たことがないと誰よりも知っているはずだからだ。
なのに──。
「ありますよ」
「ええっ!?」
顔色を変えずにケロッと言ったトユン事務官を、私は疑わしい目で見つめた。




