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26話 なんでこんなにドキドキするの


「では、失礼します」



 そう声をかけてから、そっと殿下の腕に手を回す。

 見た目よりガッシリしていて温かい、男性の腕の感触。


 触れた瞬間、殿下の腕がビクッと少し震えた気がした。




 ……あら? そういえば、私……誰かにエスコートしてもらうのは初めてかも。




 王宮で開かれたパーティーでは、いつも裏方として殿下のサポートをしたりと走り回っていた。

 こうして男性の腕に掴まって歩いたことすらなかった事実に、今さら驚いてしまう。


 ドキドキドキ……




 いやだわ。なんだか緊張してるみたい。




 チラッとジョシュア殿下を横目で見ると、殿下は私とは逆方向に顔を向けていた。

 その不自然な顔の角度に、思わず声をかけてしまう。



「あの、殿下。どうかされましたか?」


「いや。別に」



 ジョシュア殿下はこちらを見ないまま答えた。

 殿下の視線の先には夜空しかないはずなので、何か気になるものを見ているわけではなさそうだ。



「空に何かありましたか?」


「……星が綺麗だと思っただけだ」


「…………」




 星が綺麗?

 あの殿下からそんな言葉が出るなんて……。




 心の中で失礼なことを考えていると、まだこちらに後頭部を見せたままの殿下がボソッと呟くように尋ねてきた。



「セアラ。やっぱりこのジャケットを羽織れ」


「え? でも、会場の中をその格好で歩くのはちょっと……。何か理由でも?」


「今のままだと、その……いろいろと視界に入って困るんだが」



 普段の殿下らしくない、どこか言いにくそうな話し方。

 彼が本当に戸惑っているのが伝わってくる分、私は殿下がなんのことを言っているのか頭をフル回転させて考えた。




 視界に入って困る? 何が?




 ジョシュア殿下が私をまったく見ないのは、きっとそれが原因なのだろう。

 今も、「真横に立たれるとこんなにも見えそうなものなのか……!?」と小さな声でブツブツ言っている。




 見えそう?

 それに、ジャケットを羽織ったら解決するということは……。




「あっ!」




 そっか! このドレスね!

 この大きく開いた胸元のことかしら!?




 コルセットによって背中の肉もすべて胸元に集められているため、普段よりボリュームのある胸が露出してしまっている。


 


 これは私だって最初は驚いたもの。

 潔癖気味の殿下なら、拒否反応が出てしまっても無理もないわね。


 だからこのドレスを処分しろなんて言ったのかしら?




「申し訳ございません、殿下。そんなにも女性の肌の露出を嫌っているだなんて、知りませんでした」


「……肌の露出を嫌ってる?」



 少しだけ顔をこちらに向けた殿下から、何か釈然としないような声が出る。

 


「私は殿下の少し後ろを歩くように気をつけますので、できるだけこちらを見ないようにしていただければ……」


「待て待て。何を言ってるんだ?」


「え? 殿下が私を見ないようにする方法です。女性の肌の露出がお嫌いなんですよね?」


「…………」



 私の質問を聞いて、ジョシュア殿下は「はあーー……」っと大きなため息をついた。

 呆れているのか片手で自分の頭を押さえている。



「なんでセアラがそう解釈したのか知らないが、それは違う」


「そうなのですか?」


「ああ。女性の肌の露出を喜ばない男なんているはずないだろ」


「…………」




 それはそれで……なんだか嫌な感じだわ……。




 一瞬ジョシュア殿下を軽蔑した目で見てしまった気がするけれど、すぐに気を取り直して尋ねる。



「では、何が嫌だったのですか?」


「嫌とかじゃなくて、少し気まずかっただけだよ」


「気まずい?」


「ああ。……好きな女のこんな姿を近くで見たら、さすがに俺だって気まずくもなるよ」



 そう言いながら、ジョシュア殿下は私の顔にかかった髪をそっと耳にかけた。

 暗い夜空の下、会場から漏れる明かりに照らされた殿下の頬は少しだけ赤くなっているように見える。




 好きな……女って……。




 またそんな冗談を言って! とすぐに文句を言いたいのに、口が動かない。

 心臓が驚くほど速く動いていて、手が震えないようにするので精一杯だ。


 ドッドッドッ……




 な、なんでこんなにドキドキしてるの!?




「あれ? 今日はいつもみたいに怒らないんだな。やっと本当だって信じてくれた?」



 ジョシュア殿下が嬉しそうにニヤッと笑った。

 その笑顔を見て心臓がさらに跳ねた気がするけど、気づかないフリをして言い返す。



「じょ……冗談はやめてください」


「だから冗談じゃないって言ってるのに。いつになったら信じるの?」


「いつになったらって……」



 もう正直に話してスッキリしたのか、さっきまで私から顔をそらしていた殿下はニヤニヤとした怪しい笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。

 殿下の腕に手を挟まれているため、離れることができない。



「俺は本当にセアラが好きなんだよ」


「…………」



 綺麗な黄金の瞳に見つめられたまま言われ、体が硬直してしまう。

 その目をそらすこともできず、動くこともできず、ただただ2人でしばらく見つめ合う。


 

「……じゃあ、行くか。いつまでもそんな格好のセアラを外に出しておきたくないし」


「…………」




 声が……出ない。




 何を言っているのとか、いい加減からかうのはやめてとか、いろいろ言いたいことはあるけれど、今は何も言えそうにない。


 私は黙ったまま、殿下にエスコートされて会場をあとにした。



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