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19話 殿下がお怒りのようです


「で……殿下?」



 何? なんだか様子が……。

 怒ってる? よくわからないけど怖いわっ。



 

 私と同様、怯えた顔をしたマーガレット王女が声を震わせながら叫んだ。


 

「ジョシュア! なんでここに……まさか聞いて……!?」

 

「姉さん。ちょっと出て行ってくれる?」


 

 人間から出たとは思えないほどの、低く暗い声。

 突然背後から聞こえたなら、この世のものではない声だと勘違いして悲鳴を上げていたことだろう。


 

「ちょっと待って! まだ私とセアラの話が終わってな──」

 

「早く出て行って」

 

「…………っ」


 

 気の強いマーガレット王女は、ここで簡単に食い下がったりしない方だ。

 

 でも、据わった目をしたジョシュア殿下を見て反抗するのをやめたらしい。

 悔しそうな顔をしながらも、「わかったわよ」と素直に返事をしている。



 

 あのマーガレット殿下がすぐに言うことを聞いたわ!

 やっぱり、それだけ今の殿下の様子がおかしいってことよね?


 ……って、待って。

 マーガレット殿下が出て行ったら、そんな殿下と私が2人きりになってしまうわ!



 

「あの、私も失礼しま──」

 

「セアラは残って」


 

 最後まで言い終わらないうちにキッパリと命令されてしまった。

 笑顔でもなく怒っているわけでもない、スンと冷めた表情の殿下は、細めた目でチラッと私を見た。

 

 今までもジョシュア殿下の表の顔と裏の顔の違いに驚いてきたけれど、これはまた違う顔だ。

 なんとなく、今の殿下が本当のジョシュア殿下の姿な気がする。



 

 ……どうしたのかしら? さっきまでは普通だったのに。

 そんなに私とマーガレット殿下が2人で話していたのが気に入らなかったの?



 

 マーガレット王女が渋々と部屋から出て行ったのを確認するなり、ジョシュア殿下が私に向き直った。



「今の話、何?」


 

 腕を組んで私を見下ろしている殿下は、いつもの楽しそうな雰囲気がまったくない。

 ピリピリ漂う気まずい空気に耐えながら、私は質問を返した。


 

「今の話とは……なんのことでしょうか?」

 

「候補の中にセアラが入っていたら俺が嫌がるって話」



 

 ……聞いてたの?



 

「それが、どうかし──」


「それに、俺にとってセアラは部下であって女じゃないとも言ってたね。それって、セアラにとっても上司の俺は男じゃないってこと?」




 ……この質問は何?




 普段なら何も考えずに「はい」と答えられる質問なのに、なぜかハッキリ答えてはいけないような空気を感じる。

 ジョシュア殿下が否定を望んでいるのがなんとなく伝わってくるからだ。




 どうしよう……ここは「いいえ」って答えたほうがいいの?

 

 でも、別に「はい」と答えても問題はないわよね?

 実際に私と殿下はただの上司と部下の関係で、そこに男とか女とかはないはずだし。




 チラッと殿下の表情を確認してみる。

 冷めた瞳で私を見下ろす殿下からは、どんな感情なのかが読み取れない。


 

「……は、はい。男とか関係なく、私にとって殿下は殿下ですので」

 

「ふーーん。なるほどね」


 

 殿下はハッと吐き捨てるように笑うと、腕を組んでニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。


 

「セアラは俺を男として見てなかったのか……そうか」

 

「……殿下?」


 

 ジョシュア殿下はフゥーーッと息を吐き出しながら、ゆっくりと私に近づいてきた。

 防衛本能が働いたのか、私の足は逃げるように後退りを始める。

 

 スタ……スタ……スタ……

 ズリ……ズリ……ズリ……


 うすら笑いを浮かべて真っ直ぐに私に向かって歩いてくるジョシュア殿下と、足を引きずるようにして殿下から距離を取る私。

 どちらも声を出さない静かな空間に、足音だけが響いている。

 

 

「なんで逃げるの?」

 

「に……逃げてなど」

 

「そうか」


 

 ドンッ

 ゴツッ



 

 痛っ!



 

 会議室の壁に背中と頭をぶつけてしまい、後頭部にズキズキとした痛みが走る。

 部屋の真ん中にいたはずなのに、いつの間にかこんなに移動していたらしい。

 

 笑顔の悪魔から逃げる恐怖で、自分のいる場所に気づいていなかった。


 

「じゃあなんでこんな場所にいるんだろうな」

 

「!!!」


 

 壁にぶつかったことに気を取られている間に、ジョシュア殿下がすぐ目の前に立っていた。

 私の体は壁と殿下に挟まれている上に、殿下の手が壁についていて抜け出すことができない。



 

 いやあああ!! 捕まった!!

 なんだかよくわからないけど怖いわっ!!




 ジョシュア殿下は手だけではなく、片方の靴の先を壁につけた。

 出入口側をさらに厳重に囲まれた状態になり、完全に逃げ場がなくなる。


 私を追い詰めたはずの殿下の瞳は、なぜか輝きをなくしたかのように暗く(よど)んで見えた。



 

「……1つ聞きたいんだけど、俺がセアラの中で『男』になるにはどうしたらいいの?」

 

「え……え?」

 

「今の俺は『殿下』であって『男』ではないんだろ? どうしたら『男』になる?」

 

「……?」



 

 え。何? なんでこんな質問を?



 

 逃げ場のないところで囲われているからか、頭がうまく働かない。




 ……『殿下』から『男』になるには?

 え? なんなの、この質問? 意図がよくわからないわ。

 

 なんて答えるのが正解なの?

 それに、別に無理に『男』になる必要はないんじゃ……。

 



「あの。殿下を『殿下』と思うことに何か問題があるのですか?」

 

「あるね」



 

 あるの!?



 

「そ、それはどんな問題が……?」

 

「好きな女には男として見られたい、と思うのは普通だろ?」


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