15話 初恋の男の子……?
玄関ホールに入ると、使用人たちがずらっと並んでフレッド王子を出迎えていた。
呼ばれて今到着したのか、少し息切れした父も立っている。
「フレッド殿下。はじめてお目にかかります。アーサー・バークリーです。こちらは妻のローズと娘のセアラです」
父が挨拶をしている間に父の横に並び、2人で軽く頭を下げる。
フレッド王子も片手を腰に、もう片方の手を胸元に当てて、少しだけ頭を下げた。
「フレッド・ロイ・ジェラルダンです。本日は急な訪問となってしまい失礼しました」
「いえいえ。ようこそお越しくださいました。お食事も用意しておりますので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
……急な訪問? それで私が呼ばれたのかしら?
まだこの状況をよく理解できていない私。
そんな私を気遣ってくれたのか、父とフレッド王子が離れた途端に母がコソッと耳打ちしてきた。
「今日はごめんね、セアラ。もしものことを考えて、手紙にフレッド殿下のことは書けなくて」
「大丈夫よ。それより、なんで急にフレッド殿下が?」
「それが私たちにもわからないの。今朝、急に手紙が届いたのよ。近くに来る用事があるから、少しだけご挨拶させてほしいって」
「近くに来る用事? 挨拶?」
「そうなの。……あっ、それより早く行かないと。2人を待たせてしまうわ」
母に背中を押されて、父とフレッド王子の待つ部屋へ足早に向かう。
その間も、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
たしかに私たちはまだ挨拶すらしていなかったけど、どうして急に?
お姉様が結婚してもう10年経つのに……。
もし結婚式を欠席したことで改めて挨拶を……と考えたとしても、10年後に来るのは不自然だ。
しかも当日の朝に突然連絡してきたことにも違和感がある。
どうしても今日来なくてはいけない理由でもあったのかしら……?
フレッド王子の行動に疑問を持ちつつ部屋に入ると、すでに父と王子は席に着いていた。
父のアイコンタクトで私に王子の隣に座れと言っているのがわかったため、真顔で姿勢良く座っている王子に声をかける。
「遅くなってすみませんでした。失礼します」
「…………」
フレッド王子はチラリと私に視線を移すなり、無言でコクンと頷いた。
……やっぱり何を考えているのかわからないわ。
ふとテーブルを見ると、いつも以上に豪華な料理がたくさん並んでいた。
おそらく両親や使用人たちが、はりきって朝から王子を迎える準備を整えていたのだろう。
「さあ、どんどん召し上がってください」
父の言葉で不思議なメンバーの食事会が始まった。
フレッド王子は好き嫌いする様子もなく、パクパクと自分の前に置かれた料理を綺麗に平らげていく。
「どれもとても美味しいです」
「ありがとうございます。ところで、その……本日はなぜ急に……?」
遠慮がちな父の質問に、王子の手がピタリと止まった。
答えが気になっていた私や母も、父と同様フレッド王子に顔を向ける。
王子は斜め下に視線を移して間を置いた後、端的に答えた。顔はずっと真顔のままである。
「この前久しぶりに兄夫婦の家に行きまして。そのとき、部屋に飾られていたアイリス様の家族写真を見たのです」
「まあ。アイリスが私たちの写真を?」
嬉しそうに声を上げた母に、フレッド王子が軽く頷く。
「それで、まだご挨拶もしていないことに気づいて急遽伺ってしまいました」
「わざわざそんな……! ありがとうございます」
久々に姉の様子が聞けて嬉しいのか、その後は両親からの質問に王子が答えるだけの状態が続いた。
王子は元々喋るのが得意ではないのか、話を膨らませることなく淡々と質問に答えていく。
それでも両親は満足そうだった。
あまり人と関わることを望むタイプには見えないのに、それでもわざわざ挨拶に来てくれるなんて……フレッド殿下って律儀な人なのかしら?
そんなことをボーーッと考えていた私は、次の父の質問にピクッと反応した。
「フレッド殿下はこの国に来たことがありますか?」
「何度か。幼い頃は2ヶ月ほど滞在していたこともあります」
「!」
2ヶ月滞在?
「あの、それは何歳くらいの話でしょうか?」
今まで静かに話を聞いていただけだった私が突然質問したので、両親もフレッド王子も一瞬驚いて目を丸くした。
姉の話でもなく、なぜこの話に食いついているのか不思議そうな顔だ。
「……たしか7、8歳くらいだったかと」
「!!」
フレッド殿下は私の2つ年上のはずだから、あの男の子の年齢と同じくらいだわ!
「それが何か?」
「あの……そのときも、変装用としてあのウイッグをつけていたのですか?」
「そうですね。子ども用のものをつけていたと思います」
望む答えが返ってくるたびに、心臓がドクドクと速くなっていくのがわかる。
やっぱり、あの男の子はフレッド殿下なのでは……!?




