14話 突然の訪問者
「ふぅ……。約3ヶ月ぶりね」
どうしても今夜帰ってきてほしいという連絡を受けて、仕事を早めに終わらせた私はそのまま急いで実家に帰ってきた。
王宮からバークリー家まではそこまで遠い距離ではない。
それなのに私が王宮に住み込みで働いているのは、秘書官としての仕事が朝早いため、王宮側と両親の両方から住み込みにするようにと勧められたからだ。
忙しくてなかなか帰れていなかったため、今日は久々の実家である。
それにしても、急に帰ってきてほしいだなんて……何かあったのかしら?
馬車で敷地内まで入ったとき、屋敷の前にもう1台の馬車と人が立っているのが見えた。
身長と服装からして男性だと思われるその人物は、玄関に向かう様子もなくただ屋敷を見上げて佇んでいる。
「誰かしら?」
私の乗った馬車はその手前で止まり、男性がこちらを向いた。
暗いためよく見えないが、騎士の格好をしているように見える。
私が馬車から降りるなり、その男性はペコリと頭を下げた。
「あの……どちら様でしょう……か……」
えっ!?
質問が途中で途切れてしまったのは、顔を上げた男性に見覚えがあったからだ。
目が隠れるほどの黒くて長い前髪。
微笑むこともなく、口を真っ直ぐに閉じたままの無愛想な表情。
私の初恋だった男の子によく似ている。
誰? まさか、あの男の子……!?
「……はじめまして。自分は……」
その男性が話し始めたとき、玄関の扉が開いた。
「あら? セアラ。もう着いていたのね」
「お母様」
顔を出した母が、玄関の少し先に立っていた私たちを見て目を丸くした。
私に声をかけつつ、男性にチラチラと視線を送っている。
知り合いなら挨拶をしているはずなので、おそらく母も知らない人なのだろう。
私の知り合い? とでも聞きたそうな顔を向けられて、思わず首をフルフルと横に振った。
私も知らないわ! この人、誰なの!?
お客様だと思って安心していたけれど、正体不明な男性が目の前にいるという事実に一気に不安に包まれる。
そんな戦慄した空気に気づいたのか、男性が私と母を交互に見た後にハッとして自分の髪を掴んだ。
バサッ
ボサボサの黒髪が男性の頭から取れて、その顔がハッキリと見えた。
短くツンツンした赤い髪の毛。キリッとした眉と目。あいかわらず閉じたままの口。整った顔をしているけれど、愛想がない。
しかし、この髪色で男性が誰なのかがわかった。
ルイア王国の王族特有の赤い髪……!!
この方、もしかしてルイア王国の王子様!?
「まあ。フレッド殿下だったのですね。すぐに気がつかず申し訳ありませんでした」
「いえ。ウイッグを取り忘れていたこちらの落ち度です。……不安にさせてすまなかった」
母に返事をした後、フレッド王子は小さい声で私に謝罪した。
表情に変化はなく真顔で淡々とした話し方ではあるけれど、威圧感はない。
「……大丈夫です」
フレッド殿下……って、たしか第3王子の……。
ルイア王国は、姉のアイリスが嫁いでいった国だ。
このフレッド王子は姉の旦那である第2王子の弟──つまり、姉の義弟にあたる。
騎士として活躍している王子で、姉の結婚式のときには大怪我をしていたとかで欠席していた。
その後も会うことはなかったため、私たちが顔を合わせるのはこれが初めてだ。
その第3王子が、なんでうちに……?
それに……。
フレッド王子の持っている黒髪のウイッグにチラッと視線を移す。
あの髪、ウイッグだったのね。
寝癖の多いボサボサなところも、あの男の子にそっくりって思ったのに。
初恋の男の子ではなかったとわかり、少しだけガッカリしている自分がいる。
私がウイッグを見ていると気づいたのか、フレッド王子がウイッグを軽く振りながら説明を始めた。
「この髪色だとすぐにルイア王国の王族だと気づかれるから、外ではいつもウイッグを被っているんだ」
「……変装ということでしょうか?」
「ああ」
「あの、もしかして昔から……?」
「ああ。王族の者は狙われやすいから、幼い頃から変装して出かける」
「そう……なのですね」
ということは、もしかしてあの男の子も……って、そんなわけないわよね。
最初に見たときの印象が強すぎたせいか、今こうして話していてもこの王子があの男の子と重なってしまう。
どこかぶっきらぼうな話し方まで似ているのだ。
「セアラ。外で話していないで、中にご案内して」
「あっ、はい」
母に急かされてハッとする。
私は慌ててフレッド王子の前に歩み出た。
「こちらへどうぞ」