13話 冗談はやめてください
「セアラが好きだから」
「…………え?」
予想外すぎる返答に、ガクッと全身の力が抜けた。
ジョシュア殿下の黄金の瞳は、眩しいくらいにキラキラと輝いている。
……殿下ってば。
私の邪魔をしたことを悪びれるどころか、さらにからかってくるなんて!
しかもこんな真っ直ぐな瞳で!
「殿下。冗談を言っていないで質問に答えてください」
「冗談じゃなくて本気だよ」
「……そうですか」
もう! 話をごまかすためとはいえ、こんな冗談は悪ふざけがすぎるわ!
やっぱり邪魔してきたのはただの嫌がらせなのね。
ジョシュア殿下はニヤニヤと笑いながら、執務机の前に立っている私を上目遣いで見つめてくる。
お顔だけ見たらとても可愛らしいのに、その心の内を想像すると可愛いだなんて思えない。
なんて楽しそうなのかしら!
この状態になったら、もう今日はダメね。
候補決めの件については、また明日催促しなきゃ!
明日になったらこの悪ふざけも終わっているはず。
そう思っていたのに──。
*
「殿下。候補の方は決めてくださいましたか?」
「まだだ。セアラが好きだから選ばないことにしたよ」
「……殿下。この美人のご令嬢はいかがですか?」
「却下だ。どう見てもセアラのが美人だろ」
「殿下! 私の出会いを邪魔していた件についてはもう気にしていませんので、悪ふざけはやめて早く候補の方を選んでください!」
「だから悪ふざけじゃなくて本気だって言ってるだろ?」
…………ダメだわ。
あれから2日経つというのに、ジョシュア殿下はまだ『私のことが好き』という冗談を言い続けている。
何を言ってもこんな返しばかりだ。
もうすっかり候補決めから逃げる言い訳にしちゃってるわね……。
すぐに飽きると思ったのに、意外としつこいんだから。
「はぁーー……っ」
自分の席で小さなため息をついたつもりだったのに、殿下とバッチリ目が合ってしまった。
仕事中にため息をついた私を咎めることなく、ジョシュア殿下はニコッとわざとらしい笑みを向けてくる。
……しかも、好きという設定にしているからか、あの日以来やけに優しいのよね。
冗談を言ってくるのと、候補者を決めてくれないってこと以外では嫌がらせもないし。
いったい殿下は何を考えているのかしら?
「はぁ……まさか、こんなにも候補者を決めてくれないなんて……」
他にも仕事があるというのに、頭の片隅には常に妃候補の選定がよぎっていて集中できない。
私は項垂れながら王宮の通路を歩いていた。
「セアラ!」
「……マーガレット殿下」
私を呼び止めたのは、ジョシュア殿下の実の姉でありこの国の王女──マーガレット殿下だ。
ジョシュア殿下と同じ銀色のストレートな長い髪に、黄金色の瞳。
少しキリッとした目つきの美しい王女様が、足早に私に近づいてきた。
「探してたのよ!」
「どうかされたのですか?」
「ちょっとこっちへ!」
マーガレット王女は私の腕を掴むなり、通路にある太い柱の陰に私を引いていく。
王女でありながら気さくで話しやすいマーガレット王女は、キョロキョロと周りを見渡してから話を始めた。
「トユンから聞いたのだけど、妃候補の選定を担当しているのはあなたって本当なの?」
「はい。私が選定しています」
「本当……なのね」
なぜかマーガレット王女の顔色が悪くなっている。
何か都合の悪いことが起きたかのように、その表情からは困惑の色が透けて見えた。
「どうかしましたか?」
「いえ……なんでもないわ。それで、それを聞いてセアラはどう思っているのかしら?」
「どう、とは?」
「ジョシュアの妃候補についてよ。ジョシュアが結婚するかもしれないと聞いて、あなたはどう思ったの?」
殿下の結婚について、私がどう思った?
よくわからない質問だけど、王女がやけに真剣に聞いてくるので真面目に答えたほうがいいだろう。
え……なんだろう?
あの腹黒王子様が結婚なんてできるのかしらとは思ったけど、そんなことさすがに言えないわよね。
マーガレット王女は、弟であるジョシュア殿下の本性をご存知だ。
とはいえ目の前でハッキリとそれを口に出すことはできない。
「え、と……特には」
「そう……」
私の答えを聞いて、なぜかマーガレット王女はガクッと肩を落とした。
え。どうしましょう。なぜか王女を落ち込ませてしまったわ。
何か、もっとちゃんとした答えを言ったほうが良かったかしら?
「あの……あっ。殿下はどんな女性がお好きなんだろうと考えました!」
なんとか絞り出した新たな答えを聞いて、王女がさらに疲れたような目で私を見る。
この答えも王女の望んだ答えでないことは、顔を見たら一目瞭然だ。
「……セアラ。あなたは仕事ができるのに、そういうことには鈍感なのね」
「え?」
鈍感? 何が?
「私から見たら、ジョシュアの好みなんてバレバレなのに」
「そうなのですか!?」
「ええ。とてもわかりやすいじゃない」
そうなの!?
私には全然わからなかったけど、さすが殿下のお姉様だわ!
「実は、殿下がまったく教えてくれなくて困っていたんです。どんな方を提案しても却下されてしまって。マーガレット殿下、教えてください!」
「私の口からは言えないわ」
ええっ!? なんで!?
好みすらも教えられないって……まさか、殿下ってば特殊な趣味でもお持ちなのかしら!?
「ジョシュアの名誉のために言っておくけど、女の趣味が特殊なわけじゃないわよ」
「あ、はい」
……考えを読まれてしまったわ。
マーガレット王女は「はぁ……」と小さくため息をつくなり、険しい顔で何か考え込んでしまった。
腕を組んでブツブツ何か呟いている。
時折「こっちから攻めるのはやっぱり無理ね」「どうしてこんなことに……」などと聞こえてくる。
……マーガレット殿下がこんなにもジョシュア殿下の結婚について真剣にお考えになるとは思わなかったわ。
そこまで仲良し姉弟には見えなかったけど、やっぱり姉として気になるのかしら。
まぁ、殿下の妻は将来の王妃になるわけだから、気になって当たり前か。
でも、それなら殿下の好みを教えてくださればいいのに……。
少し恨みがましい気持ちを抱えながらマーガレット王女の様子を見守っていると、王女がハッとしてこちらを向いた。
「さっき、ジョシュアがどんな方の提案も却下すると言っていたわね?」
「はい」
「あなたが『この方を妃候補にどうですか?』と、直接ジョシュアに提案しているということ?」
「? はい」
「はぁーー……なるほど。だからジョシュアはあんなに不機嫌だったのね」
「えっ」
ジョシュア殿下が不機嫌!?
妃候補決めについてなかなか協力してくれなかったけど、ただ私を困らせて楽しんでいるだけだと思っていたわ。
企画自体が気に入らないということ?
「ジョシュア殿下は結婚したくないのでしょうか?」
「そうではないわ。そうではないんだけど……まったく。トユンのせいで……」
「トユン事務官が何か?」
「ああ。こっちの話よ。とりあえず……そうね。一度お父様と相談して、何かあったらまた来るわ」
「はい……」
陛下と相談? 何を? 何かあったらって、いったい何が?
……詳しく聞いてもいいのかしら?
「じゃあ、よろしくね!」
「あっ! マーガレット殿下……っ」
私の呼び声には反応せず、マーガレット王女はドレスを翻しながらその場を去って行った。
ああ……行ってしまったわ。相変わらず嵐のような方ね。
いったい本題はなんだったのかしら?