12話 「セアラが好きだから」???
なぜ2人がこんなにも驚いているのかを理解し、すぐに訂正する。
「誤解させる言い方をしてしまい、申し訳ございません。すぐに結婚するのではなくて、結婚するための準備……その、お相手を探す……と言いますか」
「……これから結婚相手を探す?」
「はい」
「じゃあ、今はそんな相手はいないんだな?」
「? はい」
ジョシュア殿下は安堵したように「はあ〜……っ」と息を吐き出した。
トユン事務官も静かに椅子に座り直している。
机に肘をついた殿下は、自分の頭を支えるように額に手を当てた。
前髪がかき上げられて恨めしい目を向けられているが、どこか色っぽさを感じる。
「……それで、俺の婚約者が決まったらというのは?」
「来月親戚のフィルが学園を卒業したら、私の仕事を引き継ぐ予定です。ですが、殿下の妃候補の件は将来の王妃様を決める重要な仕事ですので、引き継ぎはせずに最後まで私が担当したいと思っております」
「卒業? もう18になったのか?」
「はい。首席で卒業できそうだと聞いております」
「そうか。あと1年先だと思っていた……」
フィルが今年卒業するのが不満なのか、殿下は眉をくねらせて考え込んでしまった。
……おかしいわね。
予想していた反応と違いすぎて、私も目を泳がせる。
意地悪な殿下のことだから、即却下するか達成困難な厳しい条件を突きつけてくると思っていたわ。
いつものニヤニヤ顔でね。でも……。
今の殿下に笑みはなく、真剣に考えてくれているのが伝わってくる分、いつもと違いすぎて戸惑ってしまう。
考えがまとまったのか、ジョシュア殿下は姿勢を正して私に向き直った。
私もピシッと背中を伸ばす。
「わかった。俺の婚約者が決まったら、セアラは秘書官を辞める。それでいいか?」
「はっ、はい!」
ウソ! 許可してもらえたわ!
「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
「ああ」
トユン事務官から『本当に辞めるんですか!?』という鋭い視線を送られている中、それに気づかないフリをして席に戻った。
ごめんなさい、トユン事務官。あとでちゃんと説明しますね。
とりあえず、殿下に辞めたいってことを伝えられて良かったわ。
もっと意地悪されるかもと思ったけど、あっさり了承してくださったし。
あの腹黒殿下がなんの嫌がらせもなくこちらの希望を聞いてくれるなんて、奇跡に近い。
……引き止められなくて少し寂しいような気もするけど、反対されるよりは良かったと思いましょう。
あとは順調に妃候補の方を挙げて殿下の婚約者を決定するだけだ。
それで、私の秘書官としての仕事が終わる。
よし! 最後まで精一杯がんばろう!
──そう思っていたのに。
*
「殿下。あの、妃候補についてなのですが……」
「またあとでな」
「ですが、あれからもう3日です。そろそろ決めていただかないと、その後の審査なども遅れてしまいます」
殿下は私が預けておいた候補者リストを長い机の端に置いたまま、まったく見ている様子がない。
現在も、それとは違う書類に目を通しているようだ。
「忙しいのだから仕方ないだろう?」
「お言葉ですが、今ご覧になっている書類の件は急ぎではありません。まずはこちらの候補を選んでください」
「俺の妻になる相手を、そう簡単には決められないよ」
ニコッと微笑む殿下は、さも当然のことを言っているかのようにキラキラと輝いている。
そんなこと言って、いまだに顔すら確認していないじゃない!
こんなときだけ都合のいいことばっかり言うんだから!
この3日間、私がどんなに催促してもジョシュア殿下は候補者を選んでくれない。
まさか、わざと……?
妃候補が決まらなければ、私は仕事を辞めることができない。
私の邪魔をするために、殿下がわざと候補者を決めないようにしているのかもしれない。
あの殿下のことだもの。ありえるわ!
この前はめずらしく真剣な表情になっていたから、つい騙されてしまった。
辞めることをあっさり了承したのも、こうして邪魔するつもりだったからなのね!
この腹黒王子!!
ジョシュア殿下の魂胆がわかったところで、今さら何かを変えることはできない。
私が辞めるためには、なんとしてでもこの腹黒王子に候補者を決めていただくしかないのだ。
「妻になる『候補』の方を決めるのです! この中で、殿下の目にとまった方を何人でもいいので教えてください。少しずつ人数を減らしていきましょう!」
「あとでな」
「今です!」
「じゃあ、セアラがあと3年は秘書官を続けると約束するなら、選んであげてもいいけど?」
あと3年!?
「無理ですよ。そしたら私は26歳になってしまいます」
「大丈夫だよ。姉だって26歳だけど、まだ結婚していないだろう?」
ジョシュア殿下のお姉様であるマーガレット王女は、まだ嫁がずに王宮で暮らしている。
「それは、お相手の王太子様が遠方の国に行かれているから、結婚が延期になっただけではないですか! お相手すらいない私とは違います」
「……セアラはそんなに結婚したいの?」
「そ、れは……」
言い淀んだ私を見て、ジョシュア殿下が嬉しそうにニヤッと笑う。
何も言っていないというのに、心の中を見透かされたようだ。
結婚したいのかって聞かれたら、ハッキリ「はい」とは言えないけど……。
なぜなら、私はいつか結婚するために婚約者を作らなくちゃと焦っているだけで、今すぐに誰かと結婚したいと思っているわけではないからだ。
自分のためというよりも家のためにという気持ちが強いし、できることなら政略結婚よりも恋愛結婚がしたいという希望もある。
でも! だからこそ、少しでも早く秘書官を辞めて婚約者を探す必要があるのよ!
ジョシュア殿下は言い当てたのが嬉しいのか、得意げに話を続ける。
「ほら。すぐに結婚したいわけではないんだろう?」
「そうですが、すぐにお相手を探したいという気持ちはあります! ここで働いているうちは出会いもありませんので」
「まぁ、そうだろうね。俺が邪魔してたし」
「…………はい?」
あまりにも普通に言ってくるものだから、その言葉を理解するのに時間がかかってしまった。
邪魔してたですって? 何を?
「殿下……邪魔していたとは、いったい何を……」
「ん? だから、セアラと他の男が出会わないように、だよ」
「ええっ!?」
何それ!?
軽いパニック状態になっている私を楽しそうに眺めながら、ジョシュア殿下が至極当然とでも言いたげな態度で説明をしてくれる。
「セアラを2人きりの食事に誘ったり夜会に誘ったりしてくる男は、全部こちら側で断っておいたから」
「えっ? な、なぜそんな……!」
「あ。あと、変な手紙を持ってきたヤツもね。そいつらは全員、王宮への出入りを禁止してやったよ」
「ええっ?」
今までに、男性から食事などに誘われたことは何度かあった。
けれど、それはすべて実行されることはなく、みんな口先だけの約束なのだと思っていた。
まさか、殿下が邪魔していたからだなんて!
私への嫌がらせが趣味とはいえ、これはいくらなんでもひどいわ!
「殿下。どうしてそのようなことを? 私に対する嫌がらせだとしても、あまりにもひどすぎます」
「嫌がらせじゃないけど」
「では、なぜですか?」
「セアラが好きだから」
「…………え?」
目を丸くした私を見て、ジョシュア殿下がニヤッと笑った気がした。