女神
「知っている」とはなんだ? それは「理解している」とはどう違う?
痛みや感傷、好意。意思。そして同調。それらを私は「知っている」が、どうしても「理解している」と言い切れない。
アイツは人間の世界を視ながら、こう言った。
「どうやら俺は、アイツの事が気になるようだ」
アイツが視ていたものは、かつてアイツが送り込んだ男だった。
伸ばしっぱなしの、泥にまみれた髪と髭。黒ずんだ肌に深く刻まれた肋の影。薄い布を一枚だけ羽織ったその姿は、かつての英雄と呼ぶにはあまりにも惨めである。
与えられた能力は、決して間違う事のない、完璧な細胞分裂。そのマジナイ(呪)により死ぬ事さえ叶わぬ男は、地の上で大の字に寝転がり、死ぬことはないのに死んだように動かない。
とうの昔に見放していた筈のその男を、アイツはただ、見つめている。
「俺はアイツの事ならなんでも知っている。しかし、理解が出来ていない。なんなんだろうな、これは」
アイツが最後に言い残した言葉は、有り得ない言葉だった。私達は、なんでも知っている筈だから。
そしてアイツは居なくなった。
この世界が出来上がり、同時に数多くの同胞が生まれ、不死であるにも関わらず無意味な争いの果てに数を減らし、いつしか我らは四柱となり、幾万年と過ぎた今、また一柱、居なくなった。
これはなんだろう。
これはなんだろう。
私の中で無限に広がる空間に、ほんの小さなヒビが入ったように感じた。
「知っている」とはなんだ? 「理解している」とはなんだ?
理解するという事を知るために、またひとり、別の世界から別の世界へと、人間を移動させる。
理解はまだ、出来ていない。




