より正しい答えは「議論」では産まれない話
とある時事を扱うYouTuberの方が「コメント欄で活発な議論をして欲しい」と言っていた。その人の事は割と好きでよく見ていたのだが、その発言を聞いた瞬間、ナガスの中でスゥと熱が冷めていくのを感じ、動画をソッと閉じたね。
彼は議論というものを分かっていない。特にネット上の議論なんて詭弁と煽りあいのオンパレードで、機能していない。その程度の認識だったのか……と、残念に思った。
「貴方なりの意見を聞かせてほしい」なら全然わかるし、ナガスもそれなら読みたいと思うけど「議論」になった途端、見る価値のない不毛ともいえるクソな存在に成り下がるのが人間の悪いところ。国会見てみなよ。意味のない詭弁で質問をかわし、子供の喧嘩のような煽りあいの挙げ句、与党の決めた事が賛成多数で可決される。(ついでに言うと、民法は煽りあいを大きく報じて、何が決まったかは数字が取れないから伝えない)時間と神経を消費する議論なんて、クソクソあんクソなんだって。
それがネットになったら、更に酷い。建設的なものなんて何一つ産まず「自分が正しい」と主張し反対意見を持つ人を下げ、謎にマウントの取り合いをする。それでおしまい。議論の本来の目的である「正解に限りなく近づける」というものは成り立たない。
今回の場合、YouTuberの方が言った意見が「神の啓示」かのように扱う人達が集まっている場なの。そこで反対する意見を発したら、袋叩きにあうのは目に見えてるでしょ。人は集まると愚かになるし、楽観主義と権威主義になる。つまり「彼の言う事だから正しい」「こちらの意見の方が人数が多いから正義」という思想。そんな場で誰が反対意見を言えるかね。下手したら「荒らし」とまで言われちゃうよ。
とはいえ、彼の気持ちはわかる。彼はガチで「より正しい答え」を求めているんだと思う。ナガスも同じ。だけどそれは「議論」では決して導き出されないもの。なのでするべき事は「議論」ではなく「あなたの意見をお聞かせください。個人の意見は尊重します。煽りあいは禁止です」と言い意見を集めて自分で精査する事。悲しいけど「議論」が成り立たない以上、そうするしかないんだよ。
次回は「大人数で出す答えに意味なんてない」「満場一致は危険」の話でもしようかな。
追記。
議論といえば。朝まで生テレビ。アレたまーに視るんだけど「司会進行はもちろんこの人!」と彼が紹介される度にため息が漏れる。
彼、すぐに「違う!」とか言って話を遮るし、机ドンドン叩くし、発言者の顔を指差すし、話最後まで聞かないし、すぐ歴史の話と「自分はあの人に会ってこんな話をした」とか謎マウントとってくるし、ヤヴァいから。彼が司会進行をやってる限り、あの番組は意味の無いものになるどころか、毒になるよ。
机叩くな人を指差すな今の話をしろ今の話をよぉー歴史の話はいいんだよお前が誰と会おうがお前の権威はあがらねぇよ! と、いつも思う。
議論とは、かくも無意味なもの。昔の賢い人達はそんな事わかりきっていたから、誰にも理解されず話せず、死後に評価されたりする。あーかわいそ。




