元令嬢とハーフエルフ②
身体を洗い終わったレーベンとリアンは湯船に浸かった。お湯の色は乳白色で、肩こり腰痛はもちろんのこと美肌効果も高いと評判のお風呂だ。
「あ“~~~~きもちいい」
一日を疲れを吐き出すように、リアンは濁りきった汚い声をあげた。小さな体を目一杯のばし、お湯を叩きつけるように顔や肩や手足に浴びせていく。
「リアンさん、なんかパパみたいですね」
落ち着きを取り戻したレーベンが小さく笑った。
「お、そんな感想が出るなんて、もしかしてパパとずっとお風呂入ってたのかな? まったくお子ちゃまだなあ」
「ち、違いますよ!! 本当に、本当に小さい頃の話ですっ!」
「はっはっは」
リアンは頭にタオルを置くといたずらっぽく笑った。
「からかわないでくださいよぉ」
レーベンはごまかすように、湯船に入らず様子を見ていたヴァーズを抱きかかえて湯船に入れた。
「に“ゃ~~~~~~(う”ぉ~~~~~~~)」
「お、こいつもパパみたいな声を出してるな」
「ほんとですね、ふふっ」
「こいつオスで立派な物もちゃんともているんだから、しっかりしたパパになってもらわないとなー。まだまだ子猫ちゃんだけどさ」
「にゃ!!(おい! それはセクハラだぞ!!!)」
ヴァーズはリアンに強く主張したが、もちろん伝わるはずがない。
二人の笑い声が浴場に響いた。
レーベンは、お姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなと思った。
「ねえレーベンちゃん、よかったらさ―――」
リアンはレーベンの目をしっかりと見て言った。
「うちの職場で働かない? 働いてくれる人を探してるのよ。給料もちゃんと払うし、さらに家と食べ物つき!」
先ほどまでのからかうような冗談交じりの言葉ではなかった。リアンによる本気の問いかけだった。
「えっ!! ぜひっ! 働かせてください。何でもします」
想像していなかった提案に驚き、レーベンは思わず立ち上がって答えた。反動でヴァーズを湯船に落としてしまったが、その事実に気付くのはもう少し先であった。こんなに嬉しいことが起こるものなのかと思った。
家がある。食べ物がある。そして、優しい人がいる。
もう食事を探すために一日中歩き回らなくてもいいし、雨風と人目を避けるように裏路地で一夜を過ごさなくてもいい。
人生最大に紅潮した顔を落ち着けるために、レーベンは必死に呼吸を整えた。
「よし、決まり!」
リアンは安堵し、にこやかに答えた。そして、レーベンの手を両手で握りしめ「ありがとう、これからよろしくね」と言った。
「こちらこそありがとうございます! 嬉しいなあ……あっ!!」
ようやくヴァーズを湯船に落としたことに気付いた。まさか溺れてしまったのでは?とレーベンは心配したが、ヴァーズも溺れているようなことはない。のんびりと湯船に浸かり、二人のやり取りを眺めていた。
「にゃ~ん(良かったじゃねえか)」
ヴァーズはとても喜んだ。出会って一日と経っていない関係ではあるが、レーベンの身の上を深く知ってしまったからには離れることは難しいと考えていたからだ。
これで心置きなく野良ネコ生活に戻ることが出来る。ヴァーズと言う名前もここまでかなと思った。
「にゃん……(達者でな。寂しいが、元気で頑張れよ……)」
「え、ヴァーズも私と一緒に行きたいの!? リアンさん、大丈夫ですか?」
「もちろん、うちは初めからそのつもりだったよ。一緒に住むといいさ」
「にゃ! にゃ! にゃ!?(え、そんなこと言ってないけど!?)」
「嬉しいです」
「にゃ!!!(俺の話を聞けって!! って猫語わかんないか!!)」
ヴァーズは訴えたが、レーベンに強く抱きしめられたために意識が飛びそうになってしまった。
「にゃん……ん(あきらめるか……)」
誰かに必要とされるなら、このまま流されてやろうと思った。レーベンに着いて行く決意を固めた。
「にゃん……(まあ、心配だったし……ね)」
「あはは、レーベンちゃんに抱きしめられて喜んでやんの。えっちな猫だなあ。いいオス猫になりそうだ」
「猫ちゃんですからそんなことは考えませんよ。そういえば、お仕事する場所ってさっきの郵便局ですか?」
「いや、フウドリアの郵便局じゃないよ。ネオの郵便局だね」
「ネオって……海辺の街のですか?」
「そ。観光都市で有名な、ね」
ネオはメシ国にある有数の観光地だ。透明度が高く透き通った青い海と水路が張り巡らさた美しい街並みが人を惹きつけ、自慢の海鮮料理が観光客をもてなす。国内だけでなく国外から訪れる人も多い。
フウデリアからネオの距離は近く、馬車を使って2日程度で行くことができた。そのため貴族のバカンス先としても多く活用されている。レーベンも小さい頃に家族で何度か訪れたことがあった。
「フウドリアの郵便局ではないんですね……。てっきりリアンさんと同じ職場で働けるのかと」
レーベンは少し肩を落とした。働けることは心の底から嬉しいことであったが、リアンと一緒に働けないのは残念だったからだ。
「心配しない! 一緒には働けるよ。ネオはうちが経営している郵便局だからさ。フウドリアには手伝いで来てるだけだからね。明日にはネオへ帰るよ」
その言葉を聞いてレーベンの表情が再び明るくなった。
「よかった……。もしかしてリアンさんって郵便局長さんなんですか?」
「そうだよ。こう見えて偉いんだ」
リアンはそう言うと、やはり平らな胸を「ぬん」と張る。
「これからは局長様と呼ぶといい」
「きょ……局長様!!」
「にゃ(そのノリに乗るのか)」
「ははっ、冗談だよ。リアンでもリアンさんでも局長でも好きなように呼びな。明日の昼頃出発する予定からさ、今日はうちに泊まるといいよ」
「ありがとうございます……。すいません、こんなに良くしてくれて」
「働いて返してくれればいいさ。それに、さっきのおばあちゃんはあの郵便局の上客なんだよね。手紙を拾って届けてくれたことは本当に感謝してるんだ。そのお礼。」
「そうだったんですね。役に立てて嬉しいな……」
レーベンは勇気を出して追いかけて本当によかったと思った。今まで感謝されるようなことはほとんどなかったからだ。一緒に暮らしていた執事やメイドに対して感謝することはあっても、感謝されることはなかった。その喜びをゆっくりと嚙みしめた。
様子を見ていたリアンは「ああ、やっぱりこの子は向いているな」と思った。
他人の喜ぶ姿を見て、自分も同じように喜べるのは才能で、誰にでも出来ることではないと考えているからだ。
この街に従業員を探しに来ていたリアンにとって、この出会いは本当に幸運なものだった。
「郵便ってさ、主に公人や貴族、商人達が使う連絡手段なのは知ってるよね?」
「はい。私も一度使ったことがあります」
「うちはさ、それだけじゃなくてもっと気楽にさ、全ての人が『思い』を伝えるために手紙を使ってくれたらいいなって思ってるんだ」
「思いを伝えるですか……私にはまだよく分からないですが……なんか素敵な考えですね」
「そそ。素敵なんだよ。まあ、どうやったらそういう風に使ってもらえるか分からないんだけどね」
夢を誰かに話すのは恥ずかしいものだとリアンは思い、バシャバシャとお湯を叩いてなんとも言えない気恥ずかしさを誤魔化し続けた。
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