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元令嬢とハーフエルフ①

 「お待たせ」


 10分ほどすると窓口にいた少女が再び顔を出した。


 「さっきはありがとうね。うちの名前はリアン・オリエント。よろしくね」


 「は、はい。私はレーベン……です。この子はヴァーズ」


 「にゃ(ヴァーズだ。よろしくな)」


 レーベンはリアンの耳が特徴的であることに気付いた。その耳は大きく尖った三角形だった。


 「あの……もしかしてエルフさんですか?」


 「半分正解。ハーフエルフだよ。パパは人間、ママがエルフなんだ」


 「ハーフエルフさん……。初めて会いました。小さいのにもう働いてるなんて、偉いんですね」


 レーベン屈み、リアンの顔を覗き込んだ。


 「おっと、小さいからって勘違いしちゃだめだかんね。こう見えて150年は生きてるんだから」


 リアンは「ぬん」と平らな胸を張り、自分の姿を大きく見せた。レーベンはその姿を見て「かわいいな」と思ったが、あえて口にはしなかった。


 「レーベンは何歳?」


 「15歳です……」


 「若いねー! じゃあお風呂に行こうか」


 「え? お風呂ですか? 突然なんで……」


 「うち今日の仕事はこれで終わりなのよ。さっきの御礼におごるからついてきな」


 「え……いやそんな……たいしたことをした訳じゃないから……」


 「たいしたことかは、うちが決めるよ。うちは感謝したいからする。受取拒否は通らないかんねっ! ほらほら行くよ」


 リアンは笑顔でレーベンの右手を掴み、優しく引っ張っていった。


 「え……え……え……」


 戸惑い連れて行かれるレーベンのあとを、ヴァーズは風呂も悪くないなとついて行った。


*****


 フウ国では風呂の文化がある。半島のあちこちで温泉が湧き、都市の近くには必ず大きな源泉があった。都市の風呂屋はそこからお湯を引いている。都市には用途に応じた大小様々な風呂屋があった。もちろんこのフウドリアも例外ではない。


 リアンが連れてきたのは街中では一般的な風呂屋だった。中央通りからは少し離れた住居街近くに位置し、仕事終わりの労働市民が身体を流しに来る場所だった。

 

 店に入ってすぐに50歳程度の女性が座っていた。

 

 「あら、リアンじゃない。今日は早いのね」


 「局長が猫と遊ぶ余裕があるほど暇そうだったから仕事を任せてきた」


 「さすがねえ。今日は友達と一緒なのね」


 「ちょっと汚れが酷い子だけど、いいかな?」


 リアンはレーベンに気付かれないようこっそりと聞いた。


 「溜まった汚れを落とす場所だから気にしないで。そうだ―――」


 女性は手を小さく叩くと、部屋の奥に向かった。


 「おーい!!!! 男ども!!! いつまで入ってんだ!!! 延長料取るぞ!! 風呂開けろ」


 男湯から女性の声が漏れ聞こえてくる。それを聞いたリアンは腹を抱えて笑い、レーベンは驚いてキョトンとしていた。「これでよし」と女性が帰ってくる。


 「ちょうどあいつらのあとに清掃を入れるつもりだったからさ。さっきから掃除するって言っても出てこないからいい機会になったよ。ついでだから、そこの猫ちゃんも一緒に洗ってやりな」


 「本当!? ありがとー。よかったね、レーベン。ヴァーズも一緒にいいってさ」


 「あ、はい」


 レーベンは目まぐるしく変わる状況に頭が混乱していた。どうしていいか分からず、とりあえずヴァーズの頭をひたすらに撫で続けていた。


 「にや~(人間の時以来の風呂だ!!)」


 ヴァーズは喜んでいたが、もちろんレーベンはそんなことを知るよしもなかった。


 男性客がバタバタと浴室から出てきた。「まったくおばちゃんには敵わないなあ」と口々に言い皆笑っていた。


****


 「ほれほれ、うちが身体を洗ってあげるからこっちに座りな」


 石を引き詰めた浴場は広く、15人くらいのお客さんが入れるの程の広さだった。


 リアンは洗い場に腰かけレーベンを手招きをする。


 「恥ずかしいです……」


 レーベンはヴァーズで前を隠し、自分の身体を見られないようしっかりと守っていた。

 

 「んにゃ~(俺を目隠しにするなって)」


 貴族時代にも誰かとお風呂になんて入ったこともなければ、赤の他人と裸を見せ合うような状況は一度もなかったから同然の感覚だった。


 「うち以外に誰もいないんだから、気にしない気にしない」


 リアンはレーベンの腕を掴み洗い場に座らせた。お湯をかけ、石鹸をたっぷりと染みこませた布を使い、頭から洗い始めた。


 「綺麗な髪してるね」


 「そうですか……?」


 細く柔らかいリアンの指が、レーベンの繊細で柔らかな銀髪を覆った汚れを落としていく。時々、頭皮をマッサージをするように強く刺激した。


 「ここ、気持ちいいっしょ?」


 「はい……とっても」


  水浴びすらまともにしてなかったレーベンにとって、これ以上の幸せはなかった。


 「よし、じゃあ次は腕上げて」


 「く、くすぐったいです」


 「にゃん(脇の下くすぐったいよな。わかる)」


 脇を触られるのは子供の時から大の苦手であった。そもそも得意な人を探す方が難しい弱点とも言える。抵抗するとリアンが脇の下をくすぐってきそうな気配を感じたので、レーベンは仕方なしに腕を上げた。


 「まったく、若い女の子がこんなに細くなっちゃって。いつから家無しなの」


 「1か月……くらいです」


 「そんなに! よく生きてたね……頑張ったんだね……」


 リアンの手が思わず止まった。食事すらままならない事は、この身体を見ればなんとなく予想は出来ていた。15歳の少女が一人で1カ月、家も食事も風呂もない状態で生きてきたのだ。


 レーベンは「頑張ったんだね」というその言葉が泣きそうになるほど嬉しかった。姿や容姿は10歳程度の少女のリアンであるが、150年という歳月を生きてきた言葉には包容力が詰まっていた。


 「……ありがとうございます」


 「気にしないで。はい、次、足開いてね」


 レーベンは促されるまま足を開いた。


 「パパとママが……突然いなくなっちゃったんです」


 「悲しいね。どうしてかな?」


 レーベンのふくらはぎを丁寧に洗いながら、リアンは優しく聞いた。


 「わからないんです。朝起きたら、突然知らいない貴族の人達がやってきて家を追い出されました。その時には、パパとママはもういませんでした。私一人でした」


 「そっか……。もし嫌じゃなかったら―――フルネームを教えてくれるかな?」


 「レーベン・デ・オルフェ……」


 「オルフェ家か。名家だね。うちはこの街の人間じゃないけど聞いたことはあるよ」


 「名家かどうかは……私には分かりません」


 「頭、お湯をかけるよ」


 リアンはお湯を優しくかけた。レーベンは声を上げることもなく静かに泣いていた。


 貴族の権力争いは珍しいことではない。通常、足の引っ張り合いの椅子取り合戦に負けた貴族は平民以下の暮らしを強いられる。それはオルフェ家のレーベンも例外でなかった。


 「にゃー……(大丈夫かレーベン……?)」


 ヴァーズが声をかけた。レーベンの両親がいなくなってしまった事は聞いていたが、ここまで感情的になることはなかったからだ。


 「今洗ってあげるからもうちょっと待ちな。まったく、お風呂が好きな猫ちゃんだねえ」


 あきれたようにリアンはヴァーズの頭を撫でると、再びレーベンにお湯をかけ、丁寧に全身にまとった泡を落としていった。


読んでいただきありがとうございます。

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