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猫と元令嬢②

 基本的には『手紙』は重要な情報のやり取りを行うための手段だ。会議や交流会の案内、契約文書や金銭の請求と多岐に渡る。レーベンも一度だけだが上級学校の授業で書かされたことがあった。


 「あ……あの……」


 落とした手紙を渡すため、レーベンは勇気を振り絞り何度も声をかけた。


 しかし、声が小さく周りの雑音に掻き消されてしまう。


(ああ……やっぱり私には無理なのかなあ)


 元々レーベンは社交的な人間ではない。引っ込み思案で大人しくて、話下手。ひとりぼっちが似合うお姫様だった。


 パーティーで男性からダンスの誘いがあれば腕が痛いと言い、同じような貴族の姫から話しかけられれば、食べ物を口に詰め込み、無理やり話せない状況を作り出した。そして、隙を見つけては会場のすみっこで身を屈めていた。

 

(もう少しだけ、もう少しだけがんばってみよう。おばあちゃんが困っちゃう)


 必死にこっそり老婆を追いかけた。もちろん老婆が気付くはずがない。


 ふと―――老婆がとある建物の中に入った。


 レーベンは困ってしまった。完全に渡すタイミングを逃してしまったと思った。流石に良く知らない建物に入る勇気はない。


 「このお手紙どうしよう……」


 途方に暮れてうつむいていると、


 「にゃ~(あきらめんなよ)」


 という猫の鳴き声がした。


 「あれ? ヴァーズだ。どうしたのこんなところで?」


 落ち込んでいたレーベンであったが、その毛玉の誘惑に負けてしまい、思わずしゃがんで撫でようとした。


 「にゃ!(今撫でんのかい!)」


 その手を猫パンチで振り払った。そしてピョンと店の看板に飛び乗った。


 「にゃにゃにゃにゃ~?」(この文字が読めないのかい?)」


 自慢の肉球で看板をポンポンと叩いた。


 「ポ……ス………ト。あ、ここ郵便屋さんか!」


 「にゃ~。にゃ!(そのとおり。着いてきな)」


 ヴァーズは郵便局の中に入っていった。レーベンは少し戸惑ったが、ヴァーズの後をついていった。その後ろ姿に頼もしさを感じていた。


 「いらっしゃいませい」


 建物に入ると男性の職員の声が響いた。

 

 「お、おじゃまします……」


 別に悪いことをしている訳でもないのに必死に頭を下げる。『手紙を出す方はこちら』という看板が見えた。


 その窓口の前では、先ほどの老婆が必死に鞄の中を漁っていた。レーベンはすぐにこの手紙を探しているのだと分かった。


(そうだっ……!もしかしたらヴァーズにお願いすれば……)


 ワラにもすがるとはこのとこだった。ヴァーズを見ると、先ほどの男性の職員に撫で捕まっていた。巧みな猫じゃらしがヴァーズの野生本能を刺激し、露わになった丸い腹がいいように撫でまわされていた。


 「にゃ~~~~(クソっ!! こんなところに罠が仕掛けられているとは!!)」


(猫ちゃんだからね……私が頑張らないと……)


 「あ……あの」


 レーベンは勇気を振り絞って声をかけた。


 老婆は驚いたように顔をあげると、レーベンの恰好を見て思わず顔をしかめた。


 その表情の変化に、レーベンは声を出せなくなってしまった。


(怖い……。なんでそんな目で見るの……)


 老婆の目線がとてつもなく怖かった。それは姫ではなくなった時から向けられるようになった目だった。


 手紙を持った左手が小さく震えていた。怖くて怖くてたまらなかった。身体が思うように動かず、老婆に手紙を見せることすら出来なかった。


「あれ? その手紙は?」


 声をかけてきたのは、窓口にちょこんと座った小さな女の子だった。


 作業服を着たその女の子は、肩までかかった金髪を靡かせながら窓口とロビーを行き来する扉を開けて二人の前へやってきた。


 「この子が持っている手紙って、おばあちゃんのじゃない?」


 「にゃ~(そうそう。その手紙を返すためににここに来たんだ)」


 野生の本能をなんとか克服したヴァーズは返事をしたが、その言葉は金髪の女の子には届かない。もちろん猫の言葉は分からないのである。

 

 レーベンは必死に首を縦に振る。


(そうです! おばあちゃんが手紙を落としたんで持ってきたんです)


 「そ……ばあ………もって……もって……す」


 「にゃ!!(何言ってるのか全然わからん!!)」


 金髪の少女はレーベンの言葉を理解することに少し時間を要したが、その必死な姿を見て状況を理解した。


 「あ、やっぱり。ありがとう、拾ってくれたのかな。よかったねえ、おばあちゃん。大事な手紙が見つかって」


 レーベンの震える左手から手紙を受け取ると老婆に手紙を見せた。


「ええ、間違いなく。私のですね。よかった」


 老婆から、先ほどまでの険しさはなくなっていた。「ありがとう、お嬢さん」とレーベンに頭を下げお礼をした。


 レーベンは手紙を無事渡せたことと「ありがとう」という言葉がとても嬉しくて、思わず顔がほころんだ。


 「にゃ~(ミッションコンプリート。やったな)」


 「ありがとねヴァーズ。帰ろうか」


 レーベンはヴァーズをヒョイと抱きかかえた。


 「あ、お礼したいからちょっと待っててね」


 窓口に戻りながら小さな女の子はレーベンに声をかけた。


 「にゃ(やったぜ)」

 

 「え……そんな……。お…おれい……なんて」


 「気にしない! ちょっと座って待っててね」

 

 勢いに押し切られたレーベンは、ヴァーズを抱えたまま近くの椅子に腰かけた。

 

5/13改稿のため分離

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