表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

猫と元令嬢①

「あれ? 君、おちんちんついてるね。私てっきり女の子だと思ってたよ」


 少女におちんちんを見つけられた彼は猫である。名前はまだない。


 その黒毛のまん丸な子猫は、元は人間の男であった。

 

 ここはメシ国フウドリア。メシ半島を支配するこの国第二の都市である。


 石造りの高い建物が立ち並ぶ、商工業が盛んな活気に溢れた都市だ。昔は魔法業も盛んであったが、魔法理論の衰退によりその面影は消えかかっていた。ドラゴン等の魔物の飼育がその名残として残っている位だった。

 夏は蒸暑く冬は寒い。今は3月の春の時期で、寒い日はあるものの、暖かい日も増えていた。


「ほんとモフモフの子猫ちゃんだね。パパとママはどこにいるの?」


「にゃ」


 半年前の11月、彼はこの国で生まれた。猫の姿であることに最初は驚いたものの、人間時代の記憶は自信がなくなるほどうっすらとしたものであり、すぐに猫としての生活に馴染んでいった。


 身体は他の兄妹よりも小さかったが、人だった時の知識を頼りに、どの猫よりも先に餌場を見つけるのが得意だった。


 彼は今、街の路地裏で少女の膝の上で抱かれていた。


「ん~私の身体ちょっと臭いよね? どう思う?」


「にゃ~」


 とても平和な少女との一時。人間の若い男性であればきっと落ち着かない状況のはずだ。ただ、今の彼はただの猫である。野郎ではあるが獣である。


 太陽は空高く、陽気は昼寝をしたくなるほど穏やかだ。人気はほとんどない。周囲の石造りの高層住宅には洗濯物が干されていて、春風を浴びながら気持ち良さそうに揺らいでいた。

 

 羨ましい状況に思われるが、実際にはそうではなかった。彼は彼女の身を案じていた。


「お風呂……入りたいなあ……」


 彼女の顔は、泥や埃で真っ黒だった。青みががかった白髪も、ぐちゃぐちゃに乱れ汚れて薄黒くなっている。まともに食事をとれていないため、身体はやせ細っていた。


 洋服もボロボロだった。彼女自身が言うように、体臭も酷かった。時々街の住人と目が合うが、見て見ぬふりだ。人々は憐れみの表情を向けるだけで、特に声をかけることもなかった。


 彼女の服装はとてもボロボロではあったが、貴族にしか着ることができない生地や装飾を使っていることが、街の人達にはすぐに分かったからだ。

 

 「お腹、空いたな。そろそろパンをさがさなきゃね……。猫ちゃん、話を聞いてくれてありがとう」


 「にゃ」


 彼は元人間であったからこそ言葉を理解できた。レーベンの話した内容は全て理解できていた。「もう独り立ちした」と返事をしたし「確かに臭いな」とも返事をした。

 

 だが、もちろん伝わるはずがない。彼はただの猫だからだ。


 彼は今日一日レーベンの話し相手だった。レーベンとは、朝日が昇る頃、この路地裏で今日初めて出会ったのだった。

 

***


 「私は名前は『レーベン・デ・オルフェ』。 猫ちゃんはじめまして」


 「……んにゃ?(なんだよ?)」


 レーベンは彼に自己紹介をすると、半ば強引に彼を撫で始めた。


 「かわいい~」


 「にゃにゃにゃ!!!!(ちょっとちょっと!! いきなり撫でるのかよ!!!)」

 

 「私ね、今日15歳の誕生日なんだ」


 「にゃ? にゃ~(だからどうした? まあおめでとう)」


 ぶっきらぼうではあったが、レーベンはその反応が嬉しくて何度も話しかけた。


 レーベンは色々なことを話した。この地方の子爵令嬢だったこと、突然家を失い、両親がいなくなったこと。頼れるような友達もいないこと。


 彼はその話を「にゃ(そうか)」相槌を打ちながら聞いていた。


***


 レーベンは立ち上がると大きく背伸びをした。昼食の時間が終わったらすぐに動き始めないと出遅れてしまう。


「そうだ、また会った時に名前が分からないと不便だよね。お名前教えてくれるかな?」


「にゃ(特にないな)」


「そうかー。うーん……そうだなあ、ヴァーズって名前はどうかな? 私が持ってた花瓶みたいにまん丸だからヴァース」


「にゃー(まあ好きに呼ぶがいいさ)」


 ヴァーズと名付けられた彼は、内心喜んで返事をした。人間時代の名前は忘れていたので、久しぶりに名前で呼ばれる感覚はとても心地がよかった。


「気に入ってくれてよかった」


 ヒラヒラと手を振ると、レーベンは路地裏を後にした。


 ヴァーズは一息つき空を見上げるとドラゴンが飛んでいた。荷物の配達も大変だなと思った。それに比べたら猫はきままでいい。


 午後の仕事が始まっていた。もうすぐここも日陰になる。春とは言え、日陰はやはり寒い。


 ヴァーズは、レーベンのことが少し気になりながらも、日当たりが良い場所を求めて歩き出した。


 *****


 レーベンは人目を避けるように裏道を通り目的地へ向かった。


 ただ一か所、どうしても広場を通らざるおえない場所があった。周辺には教会やカフェがあるため、多くの人々が行き来していた。


 (誰にも会いませんように……)


 そんな彼女の願いとは裏腹に、広場には見知った顔がいた。


 (嫌だなあ……)


 レーベンは気付かないふりをして歩き続ける。社交界で見たことあり、同じような貴族の令嬢だった。もちろん友達ではないので、名前は覚えていない。


 幸いにも相手は気付いていない。一刻も早くこの広場を抜けるため、ただひたすらに速足で歩いた。


 もう少しで広場を抜けようかという時だった。


 おしゃれをした老婆が『手紙』を落としたのだった。彼女は思わず足を止めた。


 手紙を出す人間は多くはない。王族や貴族、そして役人だ。恰好からその老婆は貴族だろうとレーベンは思った。


 手紙を拾い上げ、老婆に声をかけようとした。


だが、どうしても勇気が出なかった。


 元々の性格もあるが、浮浪者のような身なりでは、逆に嫌がられるような気がしたからだ。


 レーベンはこのまま知らない振りをしようかと思った。老婆に手紙を渡さないこと責める人間はいないからだ。


 レーベンは自分のほっぺたをつねった。


(いたい……)


 ちょっと強くつねり過ぎたことを後悔したが、レーベンは決断した。


(追いかけよう。きっと大事な手紙だもんね)


 手紙がとても大事な物であることをレーベンは知っていた。


(おばあちゃん……きっと悲しむよね)


 レーベンは走って老婆を追いかけた。



 その様子、後を追いかけてきていたヴァーズが、心配そうに見つめていた。

新連載になります。どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ