猫と元令嬢①
「あれ? 君、おちんちんついてるね。私てっきり女の子だと思ってたよ」
少女におちんちんを見つけられた彼は猫である。名前はまだない。
その黒毛のまん丸な子猫は、元は人間の男であった。
ここはメシ国フウドリア。メシ半島を支配するこの国第二の都市である。
石造りの高い建物が立ち並ぶ、商工業が盛んな活気に溢れた都市だ。昔は魔法業も盛んであったが、魔法理論の衰退によりその面影は消えかかっていた。ドラゴン等の魔物の飼育がその名残として残っている位だった。
夏は蒸暑く冬は寒い。今は3月の春の時期で、寒い日はあるものの、暖かい日も増えていた。
「ほんとモフモフの子猫ちゃんだね。パパとママはどこにいるの?」
「にゃ」
半年前の11月、彼はこの国で生まれた。猫の姿であることに最初は驚いたものの、人間時代の記憶は自信がなくなるほどうっすらとしたものであり、すぐに猫としての生活に馴染んでいった。
身体は他の兄妹よりも小さかったが、人だった時の知識を頼りに、どの猫よりも先に餌場を見つけるのが得意だった。
彼は今、街の路地裏で少女の膝の上で抱かれていた。
「ん~私の身体ちょっと臭いよね? どう思う?」
「にゃ~」
とても平和な少女との一時。人間の若い男性であればきっと落ち着かない状況のはずだ。ただ、今の彼はただの猫である。野郎ではあるが獣である。
太陽は空高く、陽気は昼寝をしたくなるほど穏やかだ。人気はほとんどない。周囲の石造りの高層住宅には洗濯物が干されていて、春風を浴びながら気持ち良さそうに揺らいでいた。
羨ましい状況に思われるが、実際にはそうではなかった。彼は彼女の身を案じていた。
「お風呂……入りたいなあ……」
彼女の顔は、泥や埃で真っ黒だった。青みががかった白髪も、ぐちゃぐちゃに乱れ汚れて薄黒くなっている。まともに食事をとれていないため、身体はやせ細っていた。
洋服もボロボロだった。彼女自身が言うように、体臭も酷かった。時々街の住人と目が合うが、見て見ぬふりだ。人々は憐れみの表情を向けるだけで、特に声をかけることもなかった。
彼女の服装はとてもボロボロではあったが、貴族にしか着ることができない生地や装飾を使っていることが、街の人達にはすぐに分かったからだ。
「お腹、空いたな。そろそろパンをさがさなきゃね……。猫ちゃん、話を聞いてくれてありがとう」
「にゃ」
彼は元人間であったからこそ言葉を理解できた。レーベンの話した内容は全て理解できていた。「もう独り立ちした」と返事をしたし「確かに臭いな」とも返事をした。
だが、もちろん伝わるはずがない。彼はただの猫だからだ。
彼は今日一日レーベンの話し相手だった。レーベンとは、朝日が昇る頃、この路地裏で今日初めて出会ったのだった。
***
「私は名前は『レーベン・デ・オルフェ』。 猫ちゃんはじめまして」
「……んにゃ?(なんだよ?)」
レーベンは彼に自己紹介をすると、半ば強引に彼を撫で始めた。
「かわいい~」
「にゃにゃにゃ!!!!(ちょっとちょっと!! いきなり撫でるのかよ!!!)」
「私ね、今日15歳の誕生日なんだ」
「にゃ? にゃ~(だからどうした? まあおめでとう)」
ぶっきらぼうではあったが、レーベンはその反応が嬉しくて何度も話しかけた。
レーベンは色々なことを話した。この地方の子爵令嬢だったこと、突然家を失い、両親がいなくなったこと。頼れるような友達もいないこと。
彼はその話を「にゃ(そうか)」相槌を打ちながら聞いていた。
***
レーベンは立ち上がると大きく背伸びをした。昼食の時間が終わったらすぐに動き始めないと出遅れてしまう。
「そうだ、また会った時に名前が分からないと不便だよね。お名前教えてくれるかな?」
「にゃ(特にないな)」
「そうかー。うーん……そうだなあ、ヴァーズって名前はどうかな? 私が持ってた花瓶みたいにまん丸だからヴァース」
「にゃー(まあ好きに呼ぶがいいさ)」
ヴァーズと名付けられた彼は、内心喜んで返事をした。人間時代の名前は忘れていたので、久しぶりに名前で呼ばれる感覚はとても心地がよかった。
「気に入ってくれてよかった」
ヒラヒラと手を振ると、レーベンは路地裏を後にした。
ヴァーズは一息つき空を見上げるとドラゴンが飛んでいた。荷物の配達も大変だなと思った。それに比べたら猫はきままでいい。
午後の仕事が始まっていた。もうすぐここも日陰になる。春とは言え、日陰はやはり寒い。
ヴァーズは、レーベンのことが少し気になりながらも、日当たりが良い場所を求めて歩き出した。
*****
レーベンは人目を避けるように裏道を通り目的地へ向かった。
ただ一か所、どうしても広場を通らざるおえない場所があった。周辺には教会やカフェがあるため、多くの人々が行き来していた。
(誰にも会いませんように……)
そんな彼女の願いとは裏腹に、広場には見知った顔がいた。
(嫌だなあ……)
レーベンは気付かないふりをして歩き続ける。社交界で見たことあり、同じような貴族の令嬢だった。もちろん友達ではないので、名前は覚えていない。
幸いにも相手は気付いていない。一刻も早くこの広場を抜けるため、ただひたすらに速足で歩いた。
もう少しで広場を抜けようかという時だった。
おしゃれをした老婆が『手紙』を落としたのだった。彼女は思わず足を止めた。
手紙を出す人間は多くはない。王族や貴族、そして役人だ。恰好からその老婆は貴族だろうとレーベンは思った。
手紙を拾い上げ、老婆に声をかけようとした。
だが、どうしても勇気が出なかった。
元々の性格もあるが、浮浪者のような身なりでは、逆に嫌がられるような気がしたからだ。
レーベンはこのまま知らない振りをしようかと思った。老婆に手紙を渡さないこと責める人間はいないからだ。
レーベンは自分のほっぺたをつねった。
(いたい……)
ちょっと強くつねり過ぎたことを後悔したが、レーベンは決断した。
(追いかけよう。きっと大事な手紙だもんね)
手紙がとても大事な物であることをレーベンは知っていた。
(おばあちゃん……きっと悲しむよね)
レーベンは走って老婆を追いかけた。
その様子、後を追いかけてきていたヴァーズが、心配そうに見つめていた。
新連載になります。どうぞよろしくお願いいたします。




