6.紗羅の力
二日酔いから回復したのは、昼過ぎであった。
回復したといっても、起き上がれる程度だった。ヒリヒリと鈍い痛みが頭を鳴らす。
倦怠感が重くのしかかってくるようだ。この気分の悪さには、慣れていた。
私は、布団から出ると身支度をして、部屋から出た。
昨夜、食事をした和室に、ナミがいるのを見つける。ナミは掃除をしているようで、雑巾であちこちを拭いていた。
私の気配に気づくと、掃除をする手をとめて、こちらにやってくる。
「お姉ちゃん、もう大丈夫なの?」
ナミは、心配そうに聞いてくる。
「少しふらふらするけど、大丈夫。アキヲはどこに?」
「良かった。お兄ちゃんは、紗羅さんのところに行ったよ」
ナミは、ほっと安堵した表情で答える。
「待っていてくれなかったのね!追いつけるかしら。早く行かないと」
「お兄ちゃん、さっきまでお姉ちゃんのこと待ってたよ。紗羅さんは、一本道をずっと山に向かって行けば、教会があるから、すぐわかるよ」
ナミは、にっこりと笑って話す。緑の木々がそよぐような、不思議な癒しを感じる。
「ありがとう!行ってみるね」
私はそう言うと、早足で家を出て、アキヲを追いかける。
玄関から外に出ると、青い空が永遠に広がっていた。春ももう半ばだ。透明なブルーから、初夏の匂いが漂ってくる。
ナミが言っていたように、一本道しか見当たらなかった。
田んぼや畑の間の一本道だった。前進すると、そびえ立つ山々の頂上が見上げられる。
私はかなりの高さ、山を登ってきたのだと感じられた。
しばらく小走りで行くと、教会の十字架が見えてくる。
かなりの人数が集まれそうな芝生の広場にたどり着く。ステージのような木で作られた壇上まで備えつけられている。
教会は、広場の奥にある、新緑の道にあった。
入り口のドアは開かれていた。
おそるおそる中に入ると、礼拝が行われているだろう集会所につながる。
奥の壁にはイエス・キリストの像が掲げられている。祭壇の前で、アキヲと女が、話をしていた。
「アキヲ」
私は、存在を知らせようと、声高に叫ぶ。
アキヲと女がこちらを向いた。
女は、青い瞳をしていた。修道女の白い服を纏い、顔には深い皺が何本も見られた。
外国人だろうか。年もずいぶん上に見える。
「こんにちは、リサさん」
女が笑うと、目尻の皺が味わい深く垂れ下がる。優しそうな雰囲気に感じられた。
「彼女が、紗羅さんだ。紗羅さんは、俺たちが来ることを知っていた。紗羅さんが、自殺サイトに記事を書いていた本人だ」
アキヲは私のほうを見て話すが、私の目から視線をはずしている。
「紗羅さんが、私たちを導いてくれたのですね」
今まで追いかけていたものにたどり着いたのだ。緊張で手に汗が滲んでくる。
「私は、リサさんがくることは、わかっていました。僧侶にも伝えてありました。でも、アキヲさんがくるとは、思っていませんでしたよ」
紗羅さんは、微笑みを崩さず、私に優しく話しかける。
「それを話していた。どうやら、俺は招かれていなかったようだ」
アキヲは苦笑を浮かべる。
「違いますよ。リサさんが、アキヲさんを導いたのです。癒しの村は、選ばれた人だけが、辿り着けるのですよ」
「私がアキヲを?」
紗羅さんの意味深い言葉が、重くのしかかってくる。何か見えない力が作用しているように思えた。
「そうですよ。私には、アキヲさんは、見えなかったけど、貴方には見えたのです」
紗羅さんは、手で空に十字架を切った。
「なんだか、よくわからない話しだね。現実的な話しがしたい。それで、俺は、ここにいられるの?」
アキヲは、冷めた声で聞いた。
「癒しの村に辿り着いた者は、誰でも歓迎します。さあ、この村のことを話しましょうか」
紗羅さんは、アキヲに優しく微笑み、神に祈るように目を閉じて言った。
紗羅さんから、何か不思議な力が感じられる。何だろうか。全ての大地を包むような、寛大な心が、私を包んでいた。