32.私の選ぶ道
アキヲから、警察という言葉がでて、その場は氷が固まるように、しんと静まり返った。どこか白けた雰囲気でもあった。
紗羅さんや山田さんに動揺はなく、悲しそうな目をしているだけだったが、弟子の二人の僧侶は狼狽えるように顔を見合わせる。
「リサはどうするんだ?!俺と一緒に山を下りるだろ?」
アキヲは私の方を向き、迫るように言ってくる。アキヲは興奮しており、顔は熱気で上気していた。
「行かないわ」
私は、きっぱりとした口調を心がけて言った。迷っていると思われたくなかった。
「なんで?いつから、洗脳されたのか?わからないのか、この人たちがやっていることは、悪だし、反社会的な偽善行為だ」
私が断ったことで、アキヲは憤慨したように、説得口調で言ってくる。
下の世界に戻っても、私の居場所はない。
私が欲しいのは、社会的な価値でも、科学的な生活でもなかった。
私が欲しいものは、愛だった。
ミサトやアイリ、ケイジさんや子どもたちの笑っている顔が浮かぶ。なぜかこの村にきて、今まで埋まらなかった隙間が埋まっている。私にとっては、その事実が真実だった。
「私は、癒しの村の生活を選ぶわ。この村には、今まで、誰も決して私にくれなかったものがある」
「なんだよ?」
「愛よ」
私は、自分でも驚くほど、自信に満ちてアキヲに言っていた。今まで、自己否定感が拭えず、決して自分の意見を言えなかった私が。私は、私に驚いている。
「バカか。あなたは、犯罪に身を染めても、淋しい隙間を埋めてくれるなら、なんでもいいんだな」
「今まで、どんなに努力をしても、埋まらなかった。あなたこそ、バカよ!この村の良さがわからないなんて、警察でもなんでも、行けばいいじゃない!」
私は、渾身の力をこめて、アキヲに言い返した。私の道は、私が選ぶ。もう、今までのように、誰かに依存した選び方はしない。
「ふん、勝手にしろよ。おまえは、共犯者だ。どうなってもしらないからな」
捨て台詞を言うように言葉を吐き、アキヲはくるりと背を向けて行ってしまう。
アキヲの背中に、母や父の背中が、なぜか重なって見えた。決して私の話に耳を傾けなかった人たち。
「リサさん、いいのですか?」
紗羅さんは、私とアキヲの決裂を見て、少し戸惑いを見せて聞いた。
「良いのです。私の家族は、この癒しの村の人たちです」
不思議と私の気持ちに、1㎜の後悔もなかった。私が生きるということは、こちら側にいることだ。
「紗羅さんたちは、正しいことをしていると思います。私は、縄を蛇に見てしまっていただけだった。でも、アキヲにとっては、今でも縄を蛇と見ている。下の世界に生きる、だいたいの人たちは、そう見てしまうのかもしれない。」
私は、自分の言葉を取り戻していた。自分の意見をしっかりと、紗羅さんや山田さんに伝えられる。
「そうかもしれない。俺たちは、この癒しの村でしか生きられない、弱い人間なんだ」
山田さんの言葉は、奥深い余韻を含んでいた。紗羅さんや弟子の二人は、感慨深く頷き合う。私も同じように、皆と共に頷き合った。




