31.プレハブの中の世界
扉を開けた瞬間、不思議な匂いが鼻を突いた。フルーツのような甘い匂いと、ドクダミのような魚の腐った臭いが、入り混ざった不思議な匂い。不思議と嫌な匂いではない。
「なんだ、この臭いは!?」
アキヲにとっては、生理的に受け付けない臭いのようだった。
プレハブの中には、辺り一面に釣鐘方の赤い花が咲き誇っていた。花々から不思議な匂いが運ばれてくる。
「リサさん、アキヲさん、待っていましたよ」
紗羅さんの声がする方へ顔を振り向くと、山田さんと弟子の3人が私たちを迎えるように立っていた。
「話は聞いたよ!あんたたち、誘拐犯だ!信仰宗教より太刀が悪い。誘拐してきた人たちを洗脳して、原始のような生活をさせている。社会の悪だ。一体この花はなんだ?麻薬の一種なのか?!」
アキヲは、咲き誇る花々を見渡し、勝ち誇ったように言った。
プレハブの中は、かなりの空間が広がっていた。赤い花々は列を作り、凛と美しく咲いていた。
「この花は、ジギタリスです。」
「ジギタリス?」
「そうです、このジギタリスの葉を陰干しした葉末が強心剤として、心不全を改善する薬です」
紗羅さんたちは、私とアキヲに向かって近づいてくる。紗羅さんや山田さんたちには、全てのことを話そうという、真剣な空気に包まれていた。
「ジギタリス。聞いたことがあるような。でも、現場では、補助剤のようなもので、完全な効果があるとは聞いたことがない」
アキヲは、ジギタリスの花についての知識を脳から絞るように思い出そうとしていた。私は、ジギタリスのことについては、無知識であった。
「ここに咲くジギタリスは、霊山の水と土、そしてある特殊な肥料を混ぜることで、品種改良したものです。継続的な内服することで、かなりの確率で心不全を治すことができます」
紗羅さんは、緊張感をもちながら、ゆっくりと説明する。
「癒しの村にも医療が必要だとわかり、金が必要になった。全てが原始に回帰することは、現代では不可能だった。救える命をみすみす見殺しにはできない。このプレハブを建て、今までの薬草の知識を紗羅さんと共有し、ジキタリスを品種改良していったんだ」
山田さんが、紗羅さんの言葉を繋ぐように、話を進めていく。山田さんの声は渋く、低いトーンだった。
「このジギタリスを病院に売ると、かなりの多額な金になります。病院の医師と個人的に草原の家の医療物品を取引することもできています。私たちが病院の周囲で目撃されているのは、取引が理由です」
紗羅さんは、ジギタリスの花々を悲しそうに見渡し言った。
「時には資産家で、心臓病を患う方から個人的な取り引きがあるときもあります。ジギタリスは私たちしか作れないので、とても価値があるのです」
紗羅さんの話は、一旦途切れて、沈黙がしばらく続いた。アキヲも予想しなかったことであるようで、混乱の色を顔に浮かべている。
麻薬ではなかったことに、心底安堵したと同時に、ジギタリスが素晴らしい薬であったとしても、認可されない薬を秘密裏に売買していることは、反社会的であることは間違いなかった。
「あなたちは、良いことをしていると思い込んでいる。あなたたちの正義や救いはただの偽善だ。社会に反して薬を売買し、原始回帰の思想を、弱い人間に押しつけているだけだ。素晴らしい薬があるなら、国の認可をとり、全ての人たちに平等に使用できるようにするべきだ!」
アキヲは、全てを知った上で反対と批判の立場を変えなかった。いや、むしろより強固に自分の意見が確立したようだった。
「アキヲさんの意見は、確かに正当です。でも、全てを公にしてしまえば、この村の人々に必ず危害が加わるでしょう。偽善かもしれませんが、私たちは、世界の多数の人々ではなく、この村にいる少数の人たちを救いたいのです」
紗羅さんは、溜め息をついて言った。アキヲを説得する風ではなく、ただ事実のみを話しているように聞こえた。
「原始回帰の理念は、押し付けているわけではないと思っている。心の病の人には、自然とより距離を近け、心の安らかさを得なければ良くなりはしない。平和と安らかさは、自然との調和にある。もちろん、全てがそうではなく、科学の恩恵も必要だと、この村にきてよくわかった。共存しながらも、科学に依存しない生き方を模索していきたいんだ」
山田さんは、幾分か口調を熱くしながら、アキヲと私に向けて語った。
「俺は、騙されない!綺麗事を言っても、あなたたちは、反社会的なテロリストのようだ。エゴの塊だよ。俺は今すぐこの村から下りて、警察に行くことに決めたよ」
アキヲは、両手で拳を握りしめて、怒りを込めた口調で言い放った。




