23.私のとる道、アキヲのとる道
私は、この先、癒しの村でどうしていきたいのか。頭をからっぽにして、ゆっくりと自分自身に問うてみる。
この村に慣れてきて、毎日穏やかな生活を送ることができている。酒も時々、こっそりと台所に忍び込み、何杯か飲むくらいだ。
明日の草原の家の仕事に差し支えないようにと、酒量は減っている。
酒量が減っているから、気分が落ち込むこともない。自分が嫌になってリストカットすることもなくなった。
ボーダーは、寛解することがあると、書物で読んだことがある。
草原の家の仕事、村に電気やガスが通っていない原始の生活が、居心地よく感じられてきている。
携帯がないから、誰かからの着信を待つ必要はない。返信がないからと気に病み、酒を飲む必要もない。挙句に無性に寂しくなり、男を求めて、彷徨い歩くこともない。
この村では、その日に会った人と、話し合えば良い。寂しくなることがない。同じように、精神疾患をもつ、うつ病の人や、障害をもつ人は、私にとって身近であり、共感できる人たちでもあった。
ボーダーという病気に、良い影響がでてきているのだ。
だけど、依存性はまだまだ私にこびりつくように、染み付いてしまっている。
私の意見、私の主張が、私にはわからない。
「私は、この癒しの村の生活が、気に入ってきている」
今は、とにかく、嘘をつかないで、アキヲにそのままの気持ちを伝える。
これも、私にとって大きな変化だった。今までは、相手の顔色を伺い、私の気持ちを押し殺し、相手が気にいるようなことを言っていた。
「麻薬を作って売る組織かもしれないんだぞ?」
アキヲは、冷たい声で問いかける。
「まだ、決まったわけではないわ。もしかしたら、違うかもしれない」
「いや、俺はあの日から、ずっと、毎朝あの森の入り口に行って探っている。日中は畑を耕し、子どもたちの面倒を見て、時間があれば、何か異変はないかを見に行っている」
アキヲの声は、闇に紛れても、なお透き通って私の心に響いてくる。
「それで、何かわかった?」
「いや、黒い衣をきた男が、大体は見張っているんだ。たぶん、あの寺の僧侶か、その仲間だ」
「見張っている?」
「そうだ。中に入ることが難しい。いつも荷車を持って入り、荷台に何かを詰めて出ていく。だけど、ある時、誰もいないから、森の入り口に入ることができた」
「入れたの?確か、色々な草花が植えられていた!」
「そうだ。でも調べてみたら、その草花は、ただの草花だった。珍しい木花だけど、野草や野花だろう」
「では、やっぱり麻薬とか変なものではなかったんだわ!」
「いや、でもそこから進むと、扉があった。その扉はかたく閉ざされ、鍵がかかっていた」
「鍵がかかってる?だって、森なのに、そんなことできるの?」
「プレハブみたいに、その空間だけ木の板に囲われている。空気が循環するように、小さな穴をいくつもあけている。ずいぶん、厳重に管理されているだろう。きっとその中で、麻薬を作っているんだと俺は思ってる」
アキヲは話しつくすと、疲れたように、私から相対して寝返りを打った。
「あの霧も変だ。あの祈りの時間、みんな目を閉じていて、何も見えなかった。きっと、あのプレハブで栽培した麻薬を使って、みんなに幻想を見せたんだ」
アキヲは確信に満ちて、きっぱりと断定をして言った。
「アキヲは、どうしたいの?」
私は、怖いものに触れるように、恐る恐る聞いてみる。
「俺は、この村の悪事を暴いて、今まで俺がいた世界に戻る。俺は、現実から逃げていた。元いた世界の、両親や友達と向き合って、乗り越えていくべきだった」
アキヲは、力強い声で、まるで自分に言い聞かせるように言った。
アキヲは、この村に来て、今まで目を逸らしていたものと対峙しようとしていた。
私が憧れる人たちは、いつもアキヲのように、逃げずに立ち向かう人たちだった。強い光を目に宿し、理不尽で冷酷な社会に立ち向かおうとする。
私は、いつもそのような人に憧れ、そして恐れていた。
なぜなら、私には不可能なことをしているから。私は決して、現実を乗り越えることはできないから。
私の現実は、病気だ。
この精神疾患からは、逃げることはできない。向き合うことだけで、精一杯だ。治療方法はない。
社会の人々に立ち向かい、戦っていくことに何の意味があるのだろう。
私は、私の心が穏やかになるほうに耳を傾けて、歩いていくしかないのだ。
アキヲから、話疲れたのか、寝息が聞こえてくる。戦士の休息というのだろうか。
月光がアキヲの背中を照らした。
私は、月明かりに光り輝くアキヲの背中を見つめながら、アキヲのとる道と私のとる道が、だんだんと分かれていくことを予感した。




