11.世話すること
サトミは、私の手を繋ぎ、ベッドのほうに歩いていく。
繋がれた左手は、温かく心に染み込んでくる。
「彼女は、ミクちゃんよ。脳性麻痺で、生まれたときから動けず、喋れず、食べれず、何もできない。呼吸をしているだけで、精一杯なの」
私は、ミクちゃんをじっと見た。ミクちゃんは、身長140cm程だろうか。背骨が斜めに曲がり、緊張と拘縮で手足は固まっていた。
しかし、黒いつぶらな瞳は私にじっと注がれる。
「こんにちは、ミクちゃん」
私が声をかけると、ミクちゃんの表情が柔らぎ、笑みが浮かぶ。
「ミクちゃん、新しいお姉さん、リサさんていうのよ」
サトミは、ミクちゃんの頭を撫でながら話す。
「よろしくね、ミクちゃん」
「あーあー」
ミクちゃんは、何かを訴えるように、声をあげる。
「ミクちゃんは、20歳になるのよ。言葉は話せないけど、リサさんのことを歓迎してるのよ」
ミサトは嬉しそうに笑って、ベッドがら離れ、隣のベッドへと歩いて行く。
「ミクちゃんはね、呼吸は安定しているの。でも、ケイコさんはね、人工呼吸器をつけていないと、呼吸ができなくてね」
私はミサトについて、隣のベッドへと移動する。
ケイコさんは、首に穴が開いていた。その部分にカニューレを挿入し、人工呼吸器が装置されている。
人工呼吸器の機械音が、リズムよく響いている。
ケイコさんは、ミクちゃんに比べて重い障害なのだろうか。体の動きがなかった。身長100cm程、ベッドに横たわっているだけだった。
「ケイコさん、新しい仲間が来たわよ。リサさんていうの。よろしくね」
ミサトは、ケイコさんに、優しく話しかける。ケイコさんの短く切り揃えられた髪には、白髪が混ざっている。
「ケイコさん、よろしくね」
私はケイコさんに話しかけると、ケイコさんは瞬きをする。
「ケイコさんはね、瞬きで会話ができるのよ。リサさん、よろしくね、と言っているわ。68歳で最長老様よ」
ミサトは、ニッコリと笑って言う。覗かれた歯が、白く光った。瞬き。言葉でないコミュニティーション。不思議な響きだった。
「電気が通っているんですね」
「ええ、ケイコさんだけでなく、あと3人の、ケイジさん、リョウくん、アカネちゃんも、吸引や時々酸素が必要だったり、点滴が必要だったりするからね。この小屋だけ、特別にね、電気が通っているの」
ミサトは、ケイコさんから離れ、隣のベッドに移動しながら答えてくれる。
「ケイジさんよ。50歳くらいかしら。よくお話してくれるのよ」
「あうー、あうー」
ケイジさんは、全身を揺らして発声をする。元気な人だった。瞳はやはり、純粋な光を瞬かせている。だからか、50歳には見えない、若く見えた。
「よろしくね、ケイジさん」
私が挨拶をすると、ケイジさんは頷き、「あうーん」と発声する。
「みんな、親に捨てられて、紗羅さんに、拾われて来たの。私と、あと4人で、みなさんのお世話をしているのよ」
ミサトは、話しながら、眉に翳りを見せる。
「あとの4人は、また紹介するね。外に出ているのと、メンタルの調子が悪くて、2人は部屋で休んでるの」
「みんな、うつ病なの?」
「そうよ。だから、時々引き篭もりがあるのよ。私は、今は体調は良いけど、冬時期は酷かった」
「それなのに、お世話して大丈夫なの?」
「不思議なのよ。ミクちゃんやケイコさん、ケイジさんの笑顔を見ると、私は何か大切なものをもらって、癒されているの。活力が出て、病気が薄まるの」
ミサトは、伸びをして、笑った。
「きっと、世話しているようで、世話されてるのかもね」
ミサトは、愛しそうに、優しい眼差しで、ベッドを見渡した。
わかるような、わからない感覚であったが、ミサトは幸せそうに見えた。きっと、うつ状態が襲ってきて、辛い時もあるのだろうが。
「リサさんも、一緒にお世話してみない?」
ミサトは、くるりと私のほうを見て、唐突に誘いの言葉を口にした。




